夫以外の精子を…実際は数万人に上る可能性も。7大学で夫以外の第三者精子提供 公表に消極的、専門家「検証を」

 夫以外の第三者から提供された精子を用いる人工授精(AID)について、実施を公表している慶応大のほかに、京都大や広島大など、少なくとも7大学病院で過去に行われていたことが、精子提供者らの証言や専門誌への報告で16日、分かった。これまで不明だった大学病院の実施状況の一端が明らかになった。

 一方、共同通信が全大学病院を対象に行ったアンケートでは「過去に実施していた」と回答した病院はなく、公表に消極的な姿勢も鮮明になった。出自を知る権利を訴える人が増え、関連する生殖医療法案が検討される中、専門家からは過去の実施状況の検証が必要との指摘が上がっている。

 AIDによる出産は、1949年に慶応大で初めて誕生して以降、1万人以上が生まれているとされる。一部の民間クリニックも行っており、実際は数万人に上る可能性がある。

 取材によると三重県立大(現・三重大)、京都大で精子提供者が、大阪市立大(現・大阪公立大)で出生者が、広島大で担当医が証言。札幌医大、新潟大、京都府立医大で実施を報告した専門誌が見つかった。

夫以外の第三者から提供を受けた精子で人工授精する不妊治療(AID)で、元厚生労働相の坂口力氏(90)が17日までに共同通信のインタビューに応じ、三重県立大(現・三重大)の医学部生だった1950年代に「一度精子提供した。『ほとんど(妊娠に)成功しないから』と産婦人科から頼まれた」と当時の経緯を証言した。実名での提供は極めて珍しく、専門家は「国内では初めてではないか」としている。 

 AIDを巡っては、実施を公表している慶応大病院以外に少なくとも7大学病院が過去に実施していたことが共同通信の取材で判明しており、三重県立大はこのうちの一つ。AID実施について三重大病院は取材に「回答を差し控える」としている。  

坂口氏は同大医学部在学時に担当科に依頼され、AIDのために一度精子提供したと証言。「当時謝礼として2千円を提示されたが、受け取らなかった」という。 担当科はほかの学生にも募集。問題にならないか学生側が問うと「めったに成功することはない」として「成功したときのみ報告する」と告げられた。

2014年6月26日(木) 12:00
第三者から精子や卵子の提供を受けて子どもをもうけたり、代理出産してもらったりする不妊治療のルールづくりをめぐる議論が本格化しようとしている。自民党のプロジェクトチーム(PT)がまとめた生殖補助医療法案が今秋の臨時国会に提出される見通しだ。横浜市の医師加藤英明さん(40)は、そこに抜け落ちたままになっている視点を指摘する。「生まれてくる子どもには遺伝上の親を知る権利がある」。加藤さんこそは非配偶者間人工授精(AID)で生まれた一人である。

真実は偶然、知らされた。

横浜市大医学部生だった2002年、加藤さんは実習を兼ね、自分と両親の血液を調べてみた。

1週間後。検査技師が結果を出し渋っている。データを確かめると、父とは遺伝的なつながりがないことは一目で分かった。

この時点では、さほどショックはなかったと加藤さんは振り返る。「頭をよぎったのは自分は養子だったのかな、ということだった」。親戚付き合いの多い家庭だったこともあり、さまざまな親戚の顔が浮かんだ。

父の不在を見計らい、母に結果を伝えた。母が少しずつ話し始めた事実は、医学生でも耳にすることのない話だった。

公務員だった両親は30代で結婚したが、子どもに恵まれず、検査したところ父が無精子症と診断された。紹介された慶応大病院でAIDを勧められた。主治医からは「慶応大の医学生の精子を使うが、匿名で名前や身元は教えられない。生まれた子どもにはAIDのことは教えない方がいい」と諭されたという。

母は2年間の治療を経て妊娠し、地元・横須賀の病院で出産。AIDの事実は祖父母や親戚にも知らされなかった。

親子関係を疑うことなどなく生きてきた29年間。自分のルーツの片方が一瞬で空白になってしまった。「自分の人生が土台から崩れ、空中に放り出されたような浮遊感を覚えた」

■取り戻したい「半分」

加藤さんは言う。

「遺伝上の父が匿名の誰かだということが、とても怖い」

死別や離別によって父の顔を子どもが知らないケースはあっても、少なくとも母は子どもの父を知っているものだ。AIDは、母ですら出産した子どもの遺伝上の父について情報を持っていない。

それでも、加藤さんには「慶応の医学生」ということしか分からない遺伝上の父から受け継いだものが確かにあるという実感がある。

高校を出て地方国立大の理学部に進み、地質学を専攻し、在学中に起きた阪神大震災の現場調査にも行った。だが卒業後、医学部の再受験という道を選ぶ。「理由は、何となく興味があって。これは、何か遺伝の力なのではないかと感じざるを得ない」

空白となった自身の「半分」を埋めるため、遺伝上の父を探し続けている。

両親が慶応大病院で受診した飯塚理八医師(故人)に会って直接尋ねたところ、1973年3月に同大医学部の3~6年生だった男性と推定された。卒業生名簿を頼りに約10人と連絡を取ったが、提供者は見つかっていない。

今年3月には、病院関係者に精子提供者の情報開示を求める文書を送ったが、カルテは保存期間の20年間を過ぎて廃棄され、精子提供者の台帳も確認できなかったと回答された。

自分の気質や方向性が分からなくなることがある。何かに迷いが生じ、「父だったらどうするだろうか」と考えるとき、「遺伝上の父を無性に知りたくなることがある」

遺伝上の父に会い、何かを求めるつもりはない。「ただ、どんな人間かを知りたい。自分の中のえたいの知れない『半分』が分かる気がする」。そして「一緒にビールを飲んでみたい」。

■後回しの「知る権利」

自民党のPTが議員立法で提出を検討している生殖補助医療法案では、第三者による卵子や精子の提供を認め、代理出産も条件付きで容認するとしている。一方、子どもが出自を知る権利については検討課題にとどまっている。

加藤さんは「出自を知る権利と生殖補助医療は表裏一体。卵子や精子の提供を社会として受け入れるのか、倫理面も含めた議論がないまま、医療技術だけ法律で認めるのは非常に危険だ」と警鐘を鳴らす。子どもが生まれさえすればいいのか。「偽りの人生」を送ったとしても、気付きさえしなければいいのか。子どもの視点はいずこ-。

AIDの事実を両親の離婚や父の遺伝性の病気の発覚といった家族の危機的状況で伝えられるケースは少なくない。隠してきた事実を抱えられなくなった母から「実はお父さんとあなたは血がつながっていない」と突然知らされる。人生の一大事という時に「親にうそをつかれた」「人間ではなくモノから生まれたような気分」と二重の苦しみを味わう。隠し続けたことで結果的に家族も不幸になるというのが当事者の思いだ。遺伝子解析技術とインターネットの普及でこの先、隠し通すことは難しくなることも考えられる。

米国ではDNA解析サービスが広がり、AIDで生まれた人たちが解析結果を基に遺伝上のきょうだいを見つけて交流している。スウェーデンでは84年から提供者の名前と住所を知ることができる法律ができ、英国ではさらに公的組織が子どもと親のカウンセリングを行う仕組みもある。

加藤さんは訴える。「出自を知る権利を法律で明文化し、適切な事実告知と、提供者情報へのアクセスを担保できる公的な情報管理システムの構築が必要だ」

実名で発言を繰り返す加藤さんを母は快く思っていないようだ。それでも訴えを続けていく。「それはAIDで生まれた自分にしか分からない思いだから」

◆非配偶者間人工授精(AID) 無精子症などで男性不妊に悩む夫婦を対象に、匿名の第三者の男性から提供された精子を使って人工授精する不妊治療の一種。国内では1948年に慶応大病院で初めて実施され、49年に最初の子どもが生まれた。正確な統計はないが、これまでに1万5千人以上が生まれたとされている。子どもと父親の間に血のつながりはないが、民法上は産んだ母親の夫が父親とみなされる(民法772条の嫡出推定)。

生殖補助医療法案自民PTが提出へ 出自開示は検討継続

法的な位置付けがないまま国内の一部の医療機関で行われている生殖補助医療をめぐっては、自民党の「生殖補助医療に関するプロジェクトチーム」(PT、座長・古川俊治参院議員)が生殖補助医療法案の今秋の臨時国会への提出を目指している。

PT案は、医学的に夫の精子、妻の卵子で妊娠できない夫婦に対して、第三者からの精子・卵子提供による人工授精や体外受精などの不妊治療を容認。提供は匿名を原則とし、出自を知る情報を生まれた子に開示する制度については、引き続き検討するとしている。

第三者が関わる生殖補助医療の実施医療機関は認定制とし、精子や卵子の提供を受ける夫婦の同意書は80年間保存する。精子や卵子の売買は禁止し、罰則も設ける。

代理出産については、妻が先天的に子宮がない、または治療で摘出したりして妻が妊娠できず、夫婦間の精子と卵子で実施する場合に限り容認する案が検討されているが、反対論も根強い。

法制化の背景には医療技術の進展による事実の先行がある。AIDが1940年代から実施されているほか、近年は海外に渡って卵子提供を受けるケースも出ている。代理出産は日本産科婦人科学会が禁じているが、国内の民間クリニックが実母や姉妹を代理母とした代理出産の実施を明らかにしている。

かとう・ひであき 1973年、横須賀市生まれ。2004年、横浜市大医学部卒。横浜市内の病院に内科医として勤務。同市在住。11年から実名を公表して講演活動などを行う。新著に、AIDで生まれた子どもの自助グループ「DOG」のメンバーらとつづった「AIDで生まれるということ」(萬書房)。

****
AIDの問題は、まず親が子供にその事実を隠すことから始まる。加藤はこう話す。「日本でよくないのは、AIDについて真実を語ろうとしないことです。誰もが隠しておけばみんなが幸せになると仮定して、AIDをずっと実行しています。親も医師も、もちろん提供者もだまっている」

 加藤が実名で私の取材に応じたのも「隠す」ことに対する限界を感じたからだ。「親が傷つくかもしれないから実名を出さないとか、子供が親に対して配慮しないといけないということ自体が、そもそもおかしい」。AIDで子供を産んだことを隠すのは、親が負い目を感じているからだと加藤は言う。