失言恐れ「メモ嫌がる」「話は長い」 近くで見た森喜朗氏

「文教族のドン」とも呼ばれた東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)が女性蔑視発言の責任を取って辞任し、後任選びが続いている。そのドタバタの中で「森さんが一言発すれば皆が黙る」というスポーツ界の時代錯誤も明るみに出た。元文部科学省事務次官として森氏の影響力を知る前川喜平さん(66)に、今回の「辞任劇」を解説してもらった。

「親分―子分」関係を広げた
 ――森さんは長く文教行政の中心人物として関わってきました。どのように影響力を行使してきたのでしょうか。

 ◆森さんは、1970年代から文教一筋。「子分」というべき人を要職に就け、文教行政を動かしてきました。特にスポーツ行政には、多大な影響力を持っていました。

 たとえば第2次安倍政権から菅政権にかけ、下村博文さんから現在の萩生田光一さんまで6人の文科相がいますが、林芳正さん(2017年8月~18年10月在任)以外はみんな旧森派です。特に馳浩さん(15年10月~16年8月在任)は、ロサンゼルスオリンピックにレスリングで出場した経験があり、同じ石川県出身ということもあり、息子のようにかわいがられていました。

 日本だけでなく、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長とも仲良しだし、世界各国のスポーツ界のトップとも個人的なつながりがありました。ほかに、日本の五輪担当相やスポーツ庁長官も森さんの息がかかっている人ばかりです。

 ――どうしてそんなことが可能だったのでしょうか。

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の評議員会と理事会の合同懇談会に厳しい表情で臨む森喜朗会長=東京都中央区で2020年2月12日午後2時57分(代表撮影)拡大
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の評議員会と理事会の合同懇談会に厳しい表情で臨む森喜朗会長=東京都中央区で2020年2月12日午後2時57分(代表撮影)


 ◆森さんという人は、面倒見がいいのです。陳情されたことを実現してあげるし、要職にも就けてあげるのですから。そういう「親分―子分」の関係を文教行政の中に張り巡らし、森さんがひとこと言えばみんな黙っちゃう、という体制を作り上げていました。

 それに、話が楽しい。私も何度か政策の説明をしたことがありますが、座談の名手でした。冗談を交えながら、おもしろくいろんなことを話す。世間話を聞く分には、いい人でした。ただ、文科省の先輩からは「森さんはメモを取るのをイヤがる。話はメモを取らずに聞き、必要なことは覚えておいて、外に出てから書き留めろ」と言われていたので、私も実践していました。失言が多いことを森さんが自覚しており、書き留められたくなかったのかもしれません。ちなみに毎回、話は長かったですね。

戦前の教育勅語の世界
 ――そんな森さんの問題は、どこにあったと思われますか。

 ◆オリンピックの招致などという大きなことをやり遂げるには、森さんのような求心力が必要な面もあったと思います。問題は、彼の世界観、人生観が相当古かったことです。戦前の教育勅語の世界そのものです。お国のために滅私奉公する精神を、自分は軍人だったお父さんから受け継いだ、と話しているそうです。

 実際、現在見られる日本の教育の右傾化は、森さんから始まりました。00年3月、当時の小渕恵三首相の私的諮問機関として教育改革国民会議が設置されました。審議を始める前に小渕さんが倒れてしまい、急きょ森さんが首相になりました。森さんの元で完成された報告書は、道徳の教科化や奉仕活動の義務づけ、教育基本法の改正を提言するなど、森さんの考えが強く反映されたものになりました。

 これまでの失言を見ても、その考え方の古さは明らかです。首相就任後の00年に、神道政治連盟国会議員懇談会で「日本は天皇を中心にした神の国」と述べたり、03年6月には少子化問題の討論会で「子どもをつくらない女性を税金で面倒をみるのはおかしい」と言ったり。森さんにすれば、ただ本音を話しただけなのでしょう。しかし、戦前の封建的な価値観が丸出しなため、現代では通用しない「失言」になる。今回の「女性蔑視発言」もまったく同じです。本人は非常に古い感覚のまま悪気なくモノを言ったのだと思います。しかし、それは明らかに女性差別であり、あまりにも時代錯誤だった。

 森さんの周囲の人たちはなんとか許してもらえると思ったかもしれませんし、森さんに辞任を促せる人などいません。しかし、時代が森さんに引導を渡しました。

風通しの良いスポーツ界に
 ――時代にそぐわなくなったトップが東京五輪を進めてきたのですね。

 ◆そうです。2月4日の謝罪会見で森さんが自分で、粗大ごみになったのかもしれない、それなら掃いてもらえればいい、などと言っていましたが、過去の遺物とも言うべき人物が、日本のスポーツ界に君臨してきたのです。2020年東京オリンピックは、1964年東京オリンピックより、戦争によって実施に到らなかった1940年東京オリンピックに近いと言えるのかもしれません。

 今回の失言は、海外からも強く批判されました。東京五輪組織委のトップが、ジェンダー平等という世界共通の価値観を共有していなかったからです。12日の森さんの辞任会見も、結局何も反省していないように見えましたが、時代についていけてなければ、何を責められているのか理解しづらいと思います。

 今回の辞任にあたり森さんは、古くからの盟友ともいうべき川淵三郎さんに後事を託そうとしました。しかし、密室での決定というやり方などが世論の批判を浴びました。これも、古いやり方が通用しなかったと言え、川淵さんも固辞に追い込まれました。

 現在、新しい会長選びが進んでいます。日本の若いスポーツ関係者にも、リーダーシップのある人はたくさんいるはずです。古い考えの人がようやく退場しようとしている今、真っ当な人権感覚を持ち、多様性を大事にする人たちがリードして、日本に差別や排除がなく風通しの良いスポーツの世界を構築していってほしいですね。