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ソラを見上げて #39 虎穴に入らずんば虎子を得ず

―野球狂の詩―

(店の看板に『本日19時から番組収録のため貸し切り』と書いてある)


〇:お疲れ様です。マスターいますか?

マ:おぉ○○、待ってたぞ! ていうか、早かったな。

〇:えぇ、研修先の社長が『早く行ってらっしゃい』って言ってくれて。

(時計の針は16時を回ったあたりを指している)


マ:そうか。急な話なのに申し訳ないな。

〇:元乃木坂のよしみ、だそうです。

マ:へ?

〇:そんな事より仕込み手伝いますよ、夜までまだ時間あるし。

マ:いや、実はな……

生:はぁ~い♪

(奥のテーブルからゆらゆらと揺れる手が見える)


〇:えぇ!? もう来ちゃったんですか?

生:なによー。来ちゃいけないのー?


マ:空き時間が勿体ないからって、早めの新幹線で来たそうだ。

〇:そうでしたか。

生:マスター。○○君、お借りしてもいいかしら?

マ:あ、はい。どうぞ!

〇:どうぞって何ですかマスター。

マ:まぁまぁ、生田さんたってのご指名だ。仕込みと開店準備は俺とセツコがやるから、○○は生田さんの相手しててくれ。

〇:何だか状況がよくわかりませんけど……わかりました。

生:はやくおいでよー

マ:はい喜んでぇ!

〇:オーダーみたいに言わないで下さいよ。

(しぶしぶ生田が座るテーブルへ向かう○○)



―野球狂の詩・テーブル席―

生:や。待ってたわよ。

〇:ど、どうも。

生:大事な研修中なのに呼び出してごめんなさいね。てっきり仙台にいるものだと思っていたから。

〇:いえ、僕も生田さんにお会いしたかったので。

生:あら奇遇ね。相思相愛ってやつ?

(無邪気にウインクする生田)


〇:あの……先日は失礼な事を言ってすみませんでした。

生:ん? 何か言われたっけ?

〇:食レポの人って……

生:あぁそのこと? いいのよ、気にしないで。

〇:あの後、雑誌とかネットで生田さんの事を調べたら申し訳なくなって。

生:調べてくれたの?

〇:凄い方なんですね、生田さんって。

生:ふふ、そうよ? 元アイドルで歌やミュージカル、ドラマに映画、ピアノから食レポまでこなすスーパーマンなんだから。

〇:はは、【自他共に認める】ってやつですね。

生:それと、普通の人には見えないモノが見えたり……とか?

〇:!!?

(○○の瞳をのぞき込むように見つめる生田)


生:私がキミに会いたかった理由。わかってくれた?

〇:やっぱり……その事ですか。

生:まぁね。

〇:まさかとは思いましたけど……

生:その様子だと、やっぱりキミはあの子と一緒にいるのね?

〇:あ……

生:隠さなくていいわ。何となく分かってたから。

(しまった。という表情をする○○に対し、自然と切り返す生田)


〇:どうして分かったんですか?

生:勘よ。

〇:はい?

生:冗談。お墓参りの時にキミと会ったじゃない?

〇:えぇ。

生:その時にね。

〇:もしかして、幽霊を見たことあるか聞いたのって……

生:うふふ。あたり♪

〇:カマをかけられてたんですね、僕。

生:キミはあの時『霊感無いので』と言った。

〇:えぇ。

生:キミの反応には違和感があったのよね。

〇:……エスパーすか。

生:まだあるわ。

〇:え?

生:私がマスターに『ここには二人だけで来たの?』って聞いた時、マスターはすぐに『俺とコイツだけで』と返してくれた。

〇:はい。

生:ここでバイトしてるならキミも分かるでしょ? マスターは嘘をついたり、誤魔化したり出来る人じゃない。


〇:……確かに。

生:以上の事を踏まえまして、キミにはあの子が見えている。ってね?

〇:アイドルってそんなに洞察力高くないとやっていけないものなんですか?

生:そうね。相手が求めている事とか、考えている事とか……読み取って行動できる力は必要かもね。

〇:(小声)三代目も同じ事を言ってたな。


生:え?

〇:いえ。独り言です。

生:そしてもう一つ。

〇:まだあるんですか?

生:キミとマスターがいなくなった後、あの子とお話したの。それで別れ際に『彼の元に戻っていいわ』って言ったら否定せずに『失礼します』って帰って行ったの。

〇:ふ、はは……そうだったんですね。

(優しい笑みを浮かべる生田と苦笑いする○○)


生:あの子から何か聞いてるんでしょ?

〇:はい。『私のこと見えてた』って驚いてました。


生:ふふ、そう。

〇:しかも『変な質問された』と。

生:あぁ、あれね。

〇:やっぱり知ってるんですね、彼女の事。

生:キミよりは知ってるかもね。

〇:やっぱり彼女は、久保史緒里さんなんですか?

生:ん……どうかな。

〇:そうじゃないかもしれないって事ですか?

生:わからない。話をした時、私の事は知らなかったみたいだし。

〇:そう、ですか。

生:キミはどう思うの? 一緒にいるんでしょ?

〇:僕にもわからないです。僕は今の彼女しか知らない。久保史緒里さんの生前の活動や性格とか何も知らないので……名前を知ったのもつい最近ですから。

生:そっか。

〇:すみません。せっかく仙台まで来ていただいたのに。

生:もう一つ聞いてもいい?

〇:え? はい。

生:一緒にいるのよね?

〇:えぇ。

生:あの子は普段何をしているの?

〇:朝から晩まで楽天イーグルスの試合を見て、スタメン予想して、あとは……食べて寝てますね。


生:うふふ。そうなのね。

〇:はい。

生:あの子は自分の事を話したりする?

〇:いえ、野球好きって事と仙台に住んでいた事以外は何も憶えていないみたいで。

生:そうなの。

〇:変ですよね、地縛霊の癖に生前の記憶がないなんて。

生:ふふ……そうね。ん、ちょっと待って!

〇:どうしたんですか?

生:野球と仙台の事以外は覚えてないって言ったわよね?

〇:言いましたけど?

生:名前は? 自分の名前は憶えてないの?

〇:はい。『ホとシは入ってた気がする』と言ってましたけど

生:ホとシ……

〇:けどこのままじゃ困るので、新しい名前を考えようって事になって。

生:新しい名前?

〇:はい

生:どんな?

〇:ソラって呼んでます。

生:そら?

〇:はい。青空のソラ。

生:どうしてその名前にしたの?

〇:ホシ子にしようって言ったら『死んでますってアピールしてるみたい』って猛反対されました。

生:ぷっ、あっははは! そりゃそうよ、ホシ子は可愛くないもの。

〇:苦し紛れにソラ。って言ったら気に入ったみたいで。

生:ホシ(星)は嫌なのにソラ(空)は気に入ったのね。

〇:えぇ。

生:そっか。青空のソラ(空)か。いい名前ね。

〇:本当は僕、今日生田さんに聞きたい事があったんです。

生:あら、なにかしら?

〇:どうしてソラの事が見えるのか聞こうと思ってました。でも……

生:でも?

〇:こうやって生田さんとお話してみて、何となくわかった気がします。

生:そう? 私だって分からないわよ?

〇:いえ、生田さんが見えてる事には、きっと意味が……理由があるんだと思います。

生:ありがとう。でも、それを言うならキミも同じよ。

〇:え?

生:キミとあの子が出会った事にもきっと意味があるわ。

〇:そう、ですね。そうかもしれません。

生:頑張ってね。勉強も、あの子の事も。

〇:はい、ありがとうございます。



(4時間後……)

生:今日は突然お邪魔したのにありがとうございます。

マ:いえいえこちらこそ。いつもありがとうございます!

マ妻:ウチで良ければいつでもおいでください。

(生放送を終えた生田がマスター夫妻にお礼をしている)


生:今日はありがとう。お話出来て良かったわ。

〇:僕もお話出来て良かったです。

生:急遽呼び出しちゃったお詫びとお礼も兼ねて……これ、渡しておくわ。

〇:ん、名刺ですか?

生:うん。私で力になれそうな事があったら連絡して。

(手渡しされた名刺には手書きで生田の携帯電話の番号が書いてあった)


〇:いいんですか?

生:出来る事なら、ね? ファッションデザイナーや衣装関係の知り合いを紹介するくらいならお安い御用よん♪

〇:え、知ってたんですか? 僕の事。

生:マスターから聞いたわ。

〇:そうですか……

生:じゃ、またね。

(手を振りながら店の出入口へ向かう生田)


〇:生田さん!

生:ん?

マ:おいどうした? そんなデカい声出して。

〇:(小声)これを逃したら……やってみるしかないんだ。

生:どうしたの?

〇:急な話で申し訳ないんですが……

生:まさか……愛の告白?

マ:えぇぇぇ!?

〇:違います!

生:ふふ、でしょうね。

〇:力になるって話。それって今でもいいですか?

生:いま!? この状況で?

〇:はい。今その力が必要なんです。

生:面白そうじゃない。サプライズは大歓迎よ?

(目を輝かせた生田が○○の元に戻ってくる)


〇:会わせてほしい人がいるんです。

生:言ってみて。

〇:梅澤、美波です。

―つづく―



【おまけ】

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