午後6時30分。

この街には、特徴的なモノレールが走っている。
世界一般に言えばモノレールといえば一本のレールの上に電車が走っているものをさすが、ここでは1本のレールの下に電車がつりさげられているのだ。
もっとも、この町で育った咲はついこの前までこのモノレールこそ世界標準なのであろうと思い込んでいた。

この町ではJR線の通り残したところにモノレールが侵食する形をとっている。モノレールが最寄り駅である咲にとっては、市街まで出るのに唯一の交通手段である。

無人駅の周りには大量の自転車の山が出来上がっていて咲は目を眇めた。
取りに来る気はあるのかないのか…そんなことはどうでもいいことかもしれない。
駅の下にたどり着き、傘を傾けると雨粒が振り落ちてきた。すでに雨は上がっているらしい。
塗れた髪を手で払っていると、改札の階段を待ち人が降りてきた。
見事な黒髪。ビスクドールのような白皙の肌。鋭い双眸。外見だけで見ればまるで何処かの王子様のようだ。
もっとも咲はその完璧な姿を持つ彼が意地っ張りでツンデレで大層情けないところのある男であることを承知していたから、特に気負うでもなく話しかけた。

「今日は遅かったですね、怜さん」
「ちょっと教師に呼び止められてな…」

咲と怜は同じ学校に通う同級生だ。そして怜一家がこの街に引っ越して以来の幼馴染でもある。
しかし、中学、高校と学校が進むにしたがって学校内での二人の接点は少なくなっていった。どうしても目立つ怜と、目立つことを極端に嫌う咲との折り合いをつけた結果がそれだった。
そのかわり、この最寄りのモノレール駅に帰ってきた後は一緒に過ごす。
これがいつからか二人の間にできた不文律だった。

「それより咲、目どうした」

先に立って歩き出しながら、怜はそう問いかけてきた。
なぜなら咲の片目には真っ白な眼帯が当ててあったからである。

「いえ、憂鬱がグサグサささるので…」
「憂鬱?」
「ええ、ズキズキ痛いんですよ」

川の側を歩きながら問答のような問いかけを繰り返す。
時刻は午後6時30分。
薄暗がりの中、ヒラヒラと蝙蝠が飛ぶのが見えた。

ふいに、怜が立ち止って振り向いた。
咲も訝しげに首を傾けると、つ、と伸びた指先が眼帯をとらえた。

次の瞬間、れろり、と濡れた感触が瞼から眼球にかけて滑りひゃっ、と声を上げてしまった。
何をするんですか、と睨み付けてみれば、
「俺が直してやるよ。ものもらい」
と傲岸不遜に言ってのける怜がいるのだった。