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永々し世の

注意!:この作品は歴史ものを意識した完全フィクションです。エセ歴史知識しかないアホが書いてるのでおかしいところが多々あると思います。戦闘シーンは若干えぐいかもしれません。また、一応シリーズ化を考えていますが、今後話が進むにしたがって実際の歴史からずれることも出てくると思います。それでもOKという方はどうぞよろしくお願いいたします。

またこのテキストは投げ銭形式です。本文は無料で最後まで読めますが、投げ銭してくださった方には本当にちょこっとした時代背景とか、用語説明が読めるようにしてあります。
では長々と失礼しました。本文へどうぞ。


津田は、湿った道を歩いていた。 道は細く、辺りは木々に覆われている。
街を出てすぐは道幅は広く、周囲ももっと開けていたから、それなりの距離を歩いてきたことになる。
歩いているのは津田だけではない。
他に数十人の男たちが歩いている。
それもただ歩いているのではない。皆肩には長鉄砲を担いでいた。つまり、行軍しているのだ。
男達の歩調は揃っている。
表情も引き締まっており、それはこの部隊の士気が決して低くないことを示していた。

思えば遠くに来たものだ。歩調は変えず、津田はそう思った。
津田は百姓の次男坊だった。家は兄が継いだ。行き場のなかった津田は、軍へ入ることを志願した。どこかの商家等に奉公にでるよりも性に合っていた、と今は思っている。

そうして津田は、今祖国から遠く海を隔てた大陸にいる。

大陸にあるこの国は、少なくとも津田が幼少の頃は、祖国よりも強大な国であるはずだった。それが列強の国々に屈し、さらには数年前の戦争で、祖国にも負けた。

それからのこの国の有り様は悲惨だったと聞く。
野犬の如く群がる列強の国々に貪り尽くされ、主権など主張出来るはずもなく、民心も乱れに乱れた。
その結果としてこの国で排外運動が起きたのは、ある意味当然の成り行きといえた。

しかし、これを他の国々が黙って見ているはずもなかった。

排外運動を掲げる集団が首都に溢れ、自国民が襲われる事態になると、列強の国々はこの国の王朝に強い圧力をかけ、排外運動を抑圧させようとした。
それは列強に混じってこの国の利権へ手を伸ばしていた祖国も例外ではなかった。

ところが、義和団、と名乗った集団は自らの国の王朝を支持する構えを見せた。
それを見た皇后は義和団を擁護した。そしてそれだけにとどまらず、あろうことか他の国々に対して宣戦布告を行ったのだ。

それまでも自国民保護を名目に軍を展開していた列強だが、この宣戦布告を受け、本格的に首都攻略に向けて進軍を開始した。
その軍の中に、津田はいたわけである。


戦闘は列強の連合軍に有利に進んでいた。
前日の戦いで、義和団が占拠していた都市をひとつ攻略したが、装備の点で劣る義和団は散り散りに敗走した。
今津田の部隊が行なっているのは、逃げた残党の追撃である。
装備が劣っているからといって、部隊に相手を侮る空気はなかった。
確かに、近代兵器の数は少なく、それを使いこなせる兵もおらず、多くの兵は刀や槍で武装しているだけだった。しかし、こちらを迎え撃つ相手の士気は高く、油断はできなかった。

そして何より、気がかりなのは義和団はおかしな術を使うという情報だった。その情報は、この国の首都にある祖国の公使館から齎されたと聞く。

術。
それは津田の祖国にも存在する不思議な力だった。
祖国では専ら陰陽師と呼ばれる者たちが使う力である。
先の幕府が存在していたころは使用が厳しく制限され、朝廷に仕える陰陽師のみが細々と伝えてきたとされている。
今の政府が出来てからは、陰陽師達の組織も整理され、政府の支配下に入ったという。
政府が急ぐ西洋化と同時にこの不思議な力を武力に使う試みがなされているという噂もあるものの、目立った成果があったという話は聞いたことがなかった。

事実、不思議な術を使うという義和団も、先の列強の近代兵器の数々によってなす術もなく蹴散らされている。
西洋の力というのは、それほどまでに圧倒的なのだ。

しかし、問題となるのはこういった掃討戦の時だ、と津田の部隊の部隊長は言った。
都市の攻略の時は確かに大砲などの圧倒的な火力によって術を使う間も無く蹴散らすことができた。
しかし、森や山などに逃げ込んだ敵の掃討はそういうわけにもいかない。
細い道は近代兵器の運搬を困難にし、生い茂る木々は敵の潜伏を容易にする。
敵の使う術について詳しいことはわからないが、公使館からは銃の弾を生身で弾いたという俄かには信じ難い報告もあるという。
特に今津田のいる小隊の任務は大隊に先行しての斥候である。必然的に敵との遭遇確率は上がる。
油断はできなかった。

その時

「ぎききいぃぃっ!!」

まるで猿のような奇声が上がった。部隊の前方からだった。
咄嗟に銃を構えた津田は異様な光景に固まった。
茂みから飛び出してきた者は確かに東洋人の顔だちをしていた。
しかし、その髪と目は燃えるような金色に彩られていた。
手にはおそらく鉄製の棒が一本。武装と言える武装はそれだけである。
しかしその体から出る気配は只事ではなかった。まるで野生の獣のようだった。
その獣が、一瞬で距離を詰めた。
一陣の風が吹き、次の瞬間一番前にいた兵の頭部が棒の一撃で潰されるのが見えた。

「前方に敵を確認、第一班、てーっ!」
後方から部隊長の号令がかかる。
部隊の前方に位置する兵達が、一斉に射撃を加えるのが見えた。
それで、遭遇戦は終わる。はずだった。

キンキンキンッと高い音が響いて津田は目を瞠った。
確かに弾は命中した―――しかし、それが弾かれたのだ。
敵の生身の体によって。

これが義和団の使う術か。

背筋を冷たいものが伝う。

「騎兵、本隊へ報告!それ以外の者は退却せよ!」

再び部隊長の声が響くのと金色の敵が動くのとはほぼ同時だった。
それはまるで風だった。
しかし、ただ風と言うにはあまりにも暴力的だった。
その旋風が駆け抜けると味方の兵が次々と薙ぎ倒されていった。
頭を潰される者、一薙で胴を寸断される者。
血風が巻き起こったようだった。
銃が効かぬならば、と銃剣で迎え撃った者もあったが、体に突き刺したはずの銃剣の方が折れ、迎え撃った本人は高く空へ弾き飛ばされた。
阿鼻叫喚、という言葉が相応しい。
前方の班は総崩れになった。
退却、退却という声が聞こえる。
隊の中ほどにいた津田も踵を返して下がろうとした、その時。
後方の森の中から一斉に鬨の声が上がった。
待ち伏せ、という言葉が津田の脳裏をよぎった。

挟み撃ちにされた部隊は総崩れになった。
津田は咄嗟に脇の森へと走った。
途中、目の前に刀を持った敵が立ちふさがったが反射的に突き出した銃剣が相手の体に刺さった。
必死に銃剣を引き抜き、相手を突き飛ばすようにして茂みの中へ転がり込んだ。
地べたにへたり込んだまま背後を振り返ると、他にも敵の死体が転がっているのが見えた。
どうやら、全員が術を使えるわけではないらしい。

しかし、最初に現れた敵の強さは尋常ではなかった。

銃は効かない。剣も弾かれる。
その上動きが人間離れしている。
次々と味方が倒されて行くのが見える。

斥候に出された小隊程度ではどうしようもない。
津田は途方もない恐怖を感じた。
それは人智を超えたものに相対した恐怖だった。
心臓が早鐘のように鳴っている。
早く逃げなければ。
這いずり、もっと森の奥へと逃げようとした時。

金色の獣がこちらを振り向いた。

「!!!」

しまった、と思った時にはもう目の前に金色が迫っていた。
間にあったはずの距離を一瞬で詰めた獣の目は殺意に満ちていた。
振りかざす棒がやけにゆっくりと見え、死、という言葉が頭を埋め尽くした時。

視界の隅で影が動いた。

「啊――!」

敵の上げた声で我に返った時、津田は何が起こっているか理解できなかった。
津田の頭を打ち砕くはずだった棒は頭上1尺ほどのところで止まっていた。
その棒に黒い影、のようなものが絡みついている。
敵の棒を持つ手が震えている。どうやらこの影のようなものが棒を押しとどめているらしい。

いったい何が―――

わからない。わからないが、逃げるなら今しかない。
震える足を叱咤して逃げ出そうとした瞬間。

うぞっ…と異様な気配が足元から立ち上った。
見ると、津田の足元から、無数の触手のような「影」が伸びていた。
「ひっ…」
乾いた声が漏れる。
足が動かない。

しかし、動揺したのは津田だけではなかった。
「操!」
影に絡め取られた棒を取り戻そうとしていた敵が、自分の方に向けて伸びる無数の「影」を見て目を見開いた。
次の瞬間には絡め取られたままの棒を手放し、一足飛びに後退する。
それを追うように、触手も動いた。
敵もありえないほどの速さだが、それに匹敵する速さで影が駆ける。
そしてさらに逃げようとする獣を、影がとらえた。

「哎呀っ!」

影に腕を絡め取られて敵が悲鳴を上げる。
みるみる影が絡まる腕が血に塗れていく。
よく目をこらして見てみると、それは触手ではなかった。
無数の蛇の形をした影が、腕に食らいついていたのだ。

なにが、一体なにが起きているのか。

先ほどから頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。
敵は見る見るうちに蛇の群れに飲み込まれていく。
必死で引き離そうとしているようだが逆にさらに深く噛みつかれているようだ。
銃弾すら弾いた皮膚も、蛇相手には無力らしい。

もはや茫然と立ち尽くすだけだった津田の後ろから、突然物音がした。
弾かれるように振り返るとそこには闇が立っていた。
そう思った。
長い黒髪に軍帽を被り、夏だというのに真っ黒な外套を着ている。
外套の下からはわずかに着物の裾が覗いている。
軍帽を目深にかぶっているため顔はわからないが、身長からしてまだ子供だ。10代半ばといったところか。
あまりにも異様な風体に思わず一歩後ずさる。
ふ、とその子供が顔を上げる。

鍔の下から覗いたその目は真っ赤に輝いていた。
そして、津田は気づいた。
敵に食らいついている無数の蛇は、その子供の足元から伸びていることに。

たんっと子供が地面を蹴った。影と格闘している敵に向かって。
もはや影は蛇とも、人間の手ともつかない形になって敵を拘束している。
そこへ、人間離れした速さで一瞬で距離を詰めた子供が手を突き出す。
その動きに合わせて、絡みついていたものとは別の影たちが1本の太い錐と化して敵を貫いた。

「―――――!!!」
声にならない声を上げ、敵は崩れ落ちた。
一瞬でその髪は黒色にそまり、瞳の金色の輝きも消えた。
術が解けたのだ、と津田は思った。

大将が死んだのを見た他の敵たちは浮き足立ち、逃げようとした。
しかし、そちらにも影の蛇が回り込んでいた。
あるものは首に食らいつかれ、あるものは錐状になった影に貫かれ、あるものは首を締め上げられ、次々と絶命していった。

そして立っているのは子供ただ一人になった。

いつの間にか、こちらの味方もいなくなっている。
そこかしこに部隊の仲間の遺体が転がっているが、人数が足りない。
おそらくこの場にいない者は逃げ切れたのだろう。

津田はいまだ震える足を叱咤して森から抜け出た。
子供が何者かはわからない。
しかし、義和団の構成員のみを斃しており、被っている軍帽は津田の祖国のものと同じである。
ならば、味方ではないか。
味方ならば、いったい何者なのか。
さっきの影はいったい何なのか。
問いただしたいことはたくさんあったが、口の中が乾いて言葉が出てこない。
この子供も先ほどの獣と同類ではないのかという思いが振りはらえない。

子供は、ただ無表情に転がる死体を眺めていた。
と、動きを止めていた影たちがずるっと一斉に動いた。
それは先ほどまでとは違い、ゆったりとした動きで敵や味方の死体を取り囲んでいく。
死体に影の蛇が触れたところから、なにか黒い蒸気のようなものが立ち上っている。それを、蛇たちが食んでいる。
嫌な夢を見ているようだった。

「食事よりも先に報告だ、真上」
立ち尽くす津田の背後から男の声がした。
驚き、振り返るとつい先ほどまで津田がいた森の中から軍服を着た男が出てくるところだった。
まだ若い男だ。30歳にはなっていないだろう。
着ている軍服は津田と同じ夏衣だったが、袖章を見た津田は反射的に敬礼の姿勢を取った。

袖章は、その男の階級が津田よりもはるかに高いことを示していた。
敬礼をした津田を見て、男もかるく返礼をして子供の方へと歩いていく。
まかみ、と声をかけられた子供は男の方へ向き直った。

「敵は全滅しました。逃げ延びた者もいません。味方はみな逃げ、こちらの目撃者はそこにいる方だけです。」

声を聴き、津田は耳を疑った。
その声は、子供の性別が女であることを示していた。
声変わり前の男子の声ではない、ある種の艶がある。

なぜ、戦場に子供、それも女子がいるのか。
津田はますます混乱した。
そんな津田を放り出して、彼らの会話は続く。

「義和団の術はどうだった」
「やはり、生身の体で刃や銃弾を弾いていました。動きも人間離れしていました。おそらく、斉天大聖あたりを使ったのでしょう」
「だがお前の影は防げなかった?」
「はい」

ふむ、と男が考えるような仕草をとった。
そして直立不動のまま動けないでいる津田の方を振り返ると再び敬礼をし、名乗った。

「渋川晴名大尉だ。君は?」
「津田基次郎一等兵であります。袴田殿の小隊で、斥候の任にあたっていたところであります。」

背筋を伸ばし、答える津田に頷き、渋川は敬礼を解いた。

「では津田一等兵。ここで起きたことは他言無用だ。」

は…と津田が声を出しかけるのを手で制し、渋川は言葉を続けた。

「ここで起きたこと―――、まあ義和団の術についてはいずれ知れることとなるから、そのことについては報告していい。しかし、その後の―――この子の行ったこと、我々がここに来たこと、すべて他言無用。これは命令だ」

よほど自分が納得のいかない顔をしていたのだろう、渋川は少し表情を和らげた。

「なに、森の中に逃げ込んで無事逃げ延びたことにすればいい。他にもそういう者はいそうだからな。本隊ならここから1里ほど戻ったところに来ている。
お前は本隊に合流し、事情は分からないが現場に戻った時には全て終わっていたとでも報告しろ。」
まあ、この惨状を見たら装備を整えるために一旦退却になるのではないかな、と渋川は笑った。
尉官からの命令に、逆らえるわけはなかった。
しかし命令に従ったのはそれだけが理由ではなかった。
渋川の背後からこちらをじっと見ている子供の赤い目が、ただ、ひたすらに恐ろしかった。

津田は命令通り来た道を引き返し、先に戻った者からの報告に混乱している本隊と合流した。
森に逃げ込んだあとのことはわからないが、戻ってみれば残党は全滅していたと報告し、色めき立つ本隊を案内して惨劇の現場へと戻った。

そこに先ほどの2人の姿はすでになく、敵味方関係なく倒れる死体の山があるだけだった。

長い文章をここまで読んでいただきありがとうございます。
真上はこの間のイラスト(http://urx.nu/8zQ7)の子です
ここから先は用語の説明や時代背景の説明になりますがお読みいただかなくても今後のストーリーに支障はありません。投げ銭いただけた方へのお礼の意味でつけてあります。

術や、陰陽師についてなどは今後のシリーズの中でちょっとずつ小出しにしていけたらいいなあと思っています。

ではではつたない文章につきあっていただき、ありがとうございました!


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