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2人同時に?別々に? 〜ダブルチェックのエビデンス〜

地域医療ジャーナル 2020年12月号 vol.6(12)
記者:kangosyoku_no_ebm
看護師/保健師

 
 医療、特に病院の現場では様々な薬剤が用いられており、診療科毎に病棟が分けられているので、同じ疾患の患者が同じ場所に集まりますし、同じ薬剤が使われることも多く、そういったことから薬剤に関して、患者間違いや薬剤の種類間違い、量の間違いなど多くのエラーが生じているという現状があります。
 
 そこで多くの施設でバーコードスキャンなどのテクノロジーを用いたり、専門職2人でダブルチェックしたりしてエラーを検出しようと腐心しているわけです。
 
 特にダブルチェックは様々なシチュエーションで実践することが出来、手軽に行える(と思われている)ことからエラー対策として頻繁に用いられています。
 
 ただ、「ダブルチェックは絶対的に有効である」と言えるのかというと(私自身そう考えていた部分がありましたが)、実際の報告を読んでみるとどうもそうではないかもしれないと感じる部分も出てきました。
 
 しかし「(報告を読む前の自分と同じように)多くの看護師はダブルチェックの効果を絶対視しているのではないか?」そんな風にも感じます。
 
 「ダブルチェックは有効であるはずだ」というドグマに陥っている部分、刷り込まれている部分もあるのかもしれません。
 
 本稿では、「ダブルチェックは有効である」というドグマから一度離れて、実際の報告をもとにダブルチェックのエビデンスについてまとめていきたいと思います。


【ダブルチェックは2人同時に?別々に?】

 薬の種類・量の間違いや患者の間違いなどの医薬品関連の事故は医療の現場ではとてもよく起こる事象です。
 
 小児に焦点を当てた英国の研究[1]では、誤薬事故で8年間に29人が死亡していると報告されています。
 
 また、中東諸国における誤薬の発生率と種類に関する研究を検索し、関連する主な要因を特定することを目的としたシステマティックレビュー[2]では、エラー率は処方で7.1%~90.5%、投与では9.4%~80%と幅があり、報告された最も一般的な処方ミスの種類は、不正確な用量、間違った頻度などが挙げられていました。
 
 誤薬の原因としては、患者・薬品等の誤認と処方箋等の読み違えが最も多く、次いで知識に基づくミスと不注意によるミスが多かったとされています[3]。
 
 また、公益社団法人 日本医療機能評価機構が行っている医療事故情報収集等事業で様々な医療事故が報告されており、2018~2019年の間に合計9097件の事故が報告されています[4]。
 
 「事例検索」を活用することでその時の事故の状況などの詳細が調べられるのですが、試しにキーワード「ダブルチェック」で2018〜2019年を検索すると1877件(20.6%)がヒットしました。
 
 つまりそれだけダブルチェックに関連した事故の報告が多いということが分かります。
 
 体感としても医薬品関連のインシデントやアクシデントはその他の事故と比べても最も多い部類に入るように思います。
 
 そんな、医薬品の事故を防止するために最も一般的に行われている対策であろうダブルチェックですが、意外と人によってやり方にばらつきがあるように感じます。
 
 例えば、「2人で同時にダブルチェックするべきなのか?一人一人別々にダブルチェックするべきなのか?」といざ聞かれると答えに窮する人もいるのではないでしょうか?
 
 ISMP(Institute for Safe Medication Practices)という投薬過誤の防止のために様々なデータをまとめたり発信したりしている団体によると、ダブルチェックで重要なのは「独立して確認すること」であるとされているようです[5]。
 
 つまり、「1人目が2人目の判断に影響を与えることがないようにする」ことが重要であると。
 
 例えば、スライディングスケールを使用している患者に血糖測定をした時「血糖値200mg/dlだったのでヒューマリンR 2単位なんですけど」等と1人目が2人目に言ってしまうと判断に大きな影響を与えてしまっていて、「独立して」ダブルチェックしているとは言えないので問題があるといえます。
 
 1人目が一つ一つのことをチェックしながら準備したように、2人目も独立して一つ一つのことをチェックしていく必要があるというわけです。
 
 ただ、例えば「ピコスルファートナトリウム水溶液を10滴」というような指示の場合、2人目が独立してチェックすることはおそらく困難な為(独立してチェックすると何滴入ってるのかが分からないので)、実際には2人同時にダブルチェックするしかない状況もしばしばあるとは考えられます。
 
 とは言うものの、基本的には「2人同時でのダブルチェックは避けるべき」と言えるでしょう。
 
 ちなみに、カナダのアルバータ州のヘルスケアサービスの提供を担当しているAlberta Health Servicesが公表している「独立したダブルチェック」というタイトルのガイドライン[6]によると、独立したダブルチェックの好ましいプロセスは以下のようなものであるとしています。少し長いですが引用します。

1.1)2人の医療専門家が独立して確認する
 a)最新の処方箋または投薬記録。
 b)患者の関連する検査値および/または診断結果。
 c)必要に応じて投薬量の計算を行う。
 d)薬のチェック
  (i)適切な患者
  (ii)適切な薬
  (iii)適切な量
  (iV)適切な時間
  (V)適切な投与経路
  (Vi)適切な目的・理由
  (Vii)適切な文書の作成
 e)ポンプのプログラミング
 
1.2)1人目の医療従事者は、1.1 項に定められた検証を行う際に、2人目の医療従事者に何を見ることを期待しているかを伝えてはならない。
 
1.3)2人目の医療従事者が検証を終えた後は、各医療従事者の結果または結論を共有し、正確性または不一致を判断するものとする。
 
1.4)1つのシリンジに複数の薬剤を調剤する場合は、各医療従事者は薬剤を作成する前に必要な用量をそれぞれ独立して計算し、すべての薬剤の結果を比較するものとする。
 
1.5)矛盾が発見された場合には、1人目の医療従事者と2人目の医療従事者が再び独立したダブルチェックのステップを行う。
 a)それでも不一致が発見された場合は、3人目の医療従事者に相談して、投薬前に不一致を解決する。
 b)3人目の医療従事者の確認後も矛盾が解決されない場合は、1人目の医療従事者は、投薬指示内容を明確にするために処方者に相談する必要がある。

 このように、やはりダブルチェックをするなら独立性を担保する必要があるとされていることが分かります。


【看護師のダブルチェックに対する認識は?】

 では、実際の看護師のダブルチェックに対する認識はどうでしょうか。
 
 3つの病院の腫瘍内科に勤務する看護師を対象にダブルチェックについて横断的に調査した研究[7]があります。
 
 この研究では274名の看護師が参加しています(回答率70%)。
 
 参加者に「ダブルチェックの本質的な特徴は何か」と尋ねると、

「2人が一緒に薬をチェックすること」が本質的な特徴であると回答したのが54%
「2人が連続して同じチェックをすること」22%
「1人が前の同僚の結果を知らずに、1人が独立して作業を繰り返す」24%

という結果になりました。
 
 つまり、ISMPが言うような「独立性」を遵守していたのは看護師のうちの1/4程度だったということです。
 
 そして、多くの看護師がダブルチェックをしている同僚をサポートするために、自分の業務が頻繁に中断されていたことも報告されています。
 
 具体的には1日に1~5回の中断を39%の看護師が、1日に5回以上の中断を20%の看護師が経験していました。
 
 業務の途中でダブルチェックの依頼を受けて一旦中止する、というのは確かに現場レベルではよくあることですが、ミスを防ぐためのダブルチェックをするが故に別のミスに繋がるリスクがある、というジレンマがあると言えそうです。
 
 実際に、作業が中断された時とされてない時でエラーの発生率に差があるかをシミュレーションにて調査した研究[8]によると、中断があった時に統計学的に有意にエラーの発生が多かったことが示されています。 

【参考文献】
 [1]Cousins D, Clarkson A, Conroy S, et al. Medication errors in children – an eight year review using press reports. Paed Perinat Drug Ther 2002;5:52–8.
[2]Eur J Clin Pharmacol. 2013 Apr;69(4):995-1008.[PMID:23090705] 
[3]Drug Saf. 2013 Nov;36(11):1045-67.[PMID:23975331]
[4]医療事故情報収集等事業 第60回報告書 (2020年10月1日にアクセス)
[5]Independent Double Checks: Worth the Effort if Used Judiciously and Properly (2020年10月1日にアクセス)
[6]Alberta Health Services 2016 - INDEPENDENT DOUBLE-CHECK (2020年10月1日にアクセス)
[7]BMJ Open. 2016 Jun 13;6(6):e011394.[PMID:27297014]
[8]BMJ Qual Saf.2014 Nov;23(11):884-92.[PMID:24906806]


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