力を欲する時

2008年現在、関東某所の社員寮の食堂で夕食を摂っていたら「ピーピー」とか細い音が聞こえた。
『機械音?動物の鳴き声?・・・音が定期的に聞こえるかどうか確かめてみるか。』

静かに耳を澄ませてみると音は不定期なものだった。

『うわっ、かなりの確率で動物、鳥だろうな。気付かないほうがよかったんだがなぁ。まずい予感・・・。』

音源を探り耳を澄ませる。どうやら窓のすぐ外らしい。はたして、そこには鳥の雛が2羽転がっていた。ムクドリの雛だ。

2羽のうち1羽はうずくまって動けない様子。もう1羽がそれを守るようにこちらにむかって立ちはだかり、羽毛を逆立てている。こちらが少し近づくと立ちふさがっていた方は・・・ビビってバックステップ。うずくまっているほうは動かない。というか、動けないようだ。

彼らも困っているのだろうが、こちらも困る。「かわいいヒナだ。飼おう」と即決できる身分ではない。むしろ、その苦労や手間、挙句にやってくるであろう悲しい結論が脳裏をよぎる。

『とはいえ、気づいちまったもんなぁ。何もしないのも後味悪いし、無視はできんわな。』

上から落ちてきたのだろうとアタリをつけて彼らの情報を探すが鳥の巣らしきものは見当たらない。

『巣がわからなければどうしようもないぞ。これはまいったなぁ。』

途方に暮れる私を無視してマイペースでさえずるヒナ×2。

巣から落ちた鳥の雛×2に気付いたばかりに、自分が何かミスをしたわけでもないのに精神的ピンチに陥った。

『管理人さんに相談してみるくらいしか思いつかん。』

少し危険な判断だが、仕方がない。危険性を感じるのは「管理人さんがヒナに気付いたうえで無視していた場合」である。食堂の横には当然に厨房がある。毎日調理をしている管理人さんご夫妻がヒナに気付いていない可能性は低い。もし、気づいた上で無視していたのなら、その話に触れるのはお互いにに気まずいことになるだろう。

『もし、そうだったら管理人さんには悪いが他に方法が思いつかん。』

判断が遅れれば遅れるほど、ヒナの命が危ない。地表にいる鳥の雛なんて野良猫の恰好のエモノとなる。意を決して管理人室を訪れ事情を話した。

管理人さん「ああ、あのヒナのことね。」
私「あ、ご存じでしたか。なんとかなりませんかねぇ。」

極力相手に不要なプレッシャーや失礼が無いように尋ねてみる。

管理人さん「今までにも似たことが何度もあってね。巣に戻してあげたことがあるんだけど、人間のにおいが着くと親鳥に見捨てられて助からないんだよね。」申し訳なさそうにおっしゃる管理人さん。

「動物に人間のにおいをつけてはいけない」という話は小学生の頃、父に聞いたことがある。すぐにヒナを拾ったりしなかったのは賢明だった。今の話で注目すべきは別の情報だ。

私「え、巣の場所わかります?私、見つけきれなかったんですが。」
管理人さん「ああ、立木の中ですよ。ヒナからは数メートル離れてますからわかりづらいかもしれませんね。」

・・・真下に落ちたのではなくて、横にずれているということはあのヒナどもは飛行訓練でもしていたのか?確かに1羽は軽快なバックステップを見せてたな・・・。とりあえず場所を教えてもらい、ついでに脚立を借りる。

とりあえず管理人室を辞した。さて、色々と考えねばなるまい。

こんな時こそ、自分がもう少し権力やら経済力やらが豊富にあったらと思ってしまう。一介のサラリーマンとしては会社を休んで鳥の面倒を見ると自分が干上がってしまう。代わりに世話をしてくれそうな人も地元ならともかく、関東では思いつかない。

事あるごとに書いているフレーズである「やりたいこと」と「やれること」のギャップだ。割り切っているつもりだが、今回は単なる「やりたいこと」ではなくて「『何とかして』やりたいこと」だ。単なる「やりたいこと」ならば影響は自分だけで済む。こらえるだけで良い話だ。だが、その「やりたいこと」の前に「何とかして」がつくと事情が変わってくる。自分一人ならもともと楽天家な私だ。どうとでもなると思っていられる。だが、自分以外の気に入った存在を守ったり助けたりしようとする時ほど力不足を痛感する。「成長しないとな」と思う。

たとえば今回はそうすると2羽は死んでしまうだろう。天然記念物でもなんでもない2羽のヒナ。気付かなければなんてことはなかった。不可知のことにはたとえ神だろうと対応できないし、何ら痛痒を感じることもない。私が気付かないところでこの何倍もの命が失われているはずだ。だが、目にしちまった以上は責任を感じざるを得ないというのが「情」というものだろう。「天然記念物だったり、賢い動物だから保護する。」「害鳥だったり、賢くない動物だから排除する」のではどこぞの過激な環境保護団体(というか彼らは環境も保護していないんだが)に任せておけばいい。いや、任せてはいけないか(どっちだよ)。

部屋に転がっていた軍手を持って敷地に隣接する空き地の土と草にまみれさせる。時間の目安が思いつかない、正解なんてない。それこそ、神ならぬ身である私に無限投入できるリソースなどないのだ。

『うーん、正解がないなら好きに決めるか。・・・許容できるのは2時間くらいかな。』

軍手を草と土にまみれさせて放置。その間、しばらくはヒナのそばで見張り。この2時間で野良猫あたりにヒナがやられては「単に軍手を汚しただけ」になってしまう。で、2時間後に草と土にまみれさせた軍手を回収。

『これで人間の匂いがどれくらいごまかせるのか知らんが・・・。』

ヒナの場所に戻り捕獲にかかる。1羽のうずくまってたほうを回収し、管理人さんに聞いていた巣にそっと戻す。もう1羽の動き回れる方は無視する。それだけ飛べるなら大丈夫だろ。


思いつく最善はやった。あとは親鳥次第だが・・・。


翌日、朝食時に確認をすると警戒して巣を離れていた親鳥が普通に巣に戻ってきている様子。まあ、あんな浅知恵でも通用して良かった。

外で親鳥かヒナかわからないが鳥の鳴き声がした。
『2回目は無いからな。』
朝食のフライドチキンを食べながら心の中で呟いた。

『フライドチキン、うめぇ』 完

CIA(内部監査人)や行政書士資格から「ルールについて」、将棋の趣味から「格上との戦い方」に特化して思考を掘り下げている人間です。