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虚像

大好きな街には大嫌いなやつらがのさばっていた。
「地元サイコー!!!」「ワンチャンありだべ?ワンチャンありだべ?」
犬がどうかしたのか?と視線を向けると、エロ上戸が商売女を口説いていた。彼の前頭葉の大部分は海綿体で構成されている。男性1人というより肉棒1本と客席伝票に記載したい。女も女でまんざらでもない表情だ。いつものことながらウンザリする。だが何故なんだ。肥溜めの中にいれば他人の臭気は気にならないはずなのだが。 

この街の人口減少は必然だった。大手自動車会社の工場閉鎖、財閥系造船所の閉鎖など挙げればキリがないほどの理由がある。都心に仕事を求めて若者が続々と転出する。単に働くだけならば都内へも通勤可能な距離だ。それでも何故この街を出ていくのか。非常に単純な答えだ。つまらないからだ。自発的変化無き日常は老衰だ。この街の変化はいつも他人任せだ。江戸時代はペリー、戦前は戦争軍需、戦後は米軍基地、自らの手で変えたものは何一つなかった。それはこの国の病理にも共通していそうだ。 

「ビール!!!!」
こちらを一瞥して1本の肉棒が大声で叫んでいた。俺の名前はビールではない。
大きな溜息を飲み込み、キンキンに冷えたジョッキにビールを注いで持っていく。肉棒は満足気だ。肉棒はビールを15杯ほど飲んでいた。酒の種類を知らないのか、無類の炭酸好きなのかは分からない。 

くだらねえ。 

愚痴を言っても何も変わらないことは分かっている。カウンターの外側から観察者を気取っていても自分自身もその一部を構成している事実に変わりはない。。
虚無
むなしさを埋めるべく煙を肺に入れた。 

今夜のカウンター客は常連のベテランキャバクラ嬢(?)だ。女は己の人生を呪っていた。
「自分は悪くない。精一杯に愛したのに。あの馬鹿は…」
元旦那の悪口を肴に緑茶ハイを飲んだ。いつもと違う酒を飲むのにはワケがありそう。
だが、面倒なので尋ねずに相槌を打つことにした。カウンター席で自分語りをする客は話を聞いてほしいだけで干渉されるのを嫌う。
「親も親でさ。私が働いてる時くらい預かってくれてもいいじゃない。文句ばっかり言って。孫が可愛くないのかっ」
そう言って空のグラスを渡してきた。同じのでいいかと尋ねると無言で頷いた。
「あんたも一杯飲みなよ。たくさん愚痴聞いてもらってるし。」
礼を言って女の緑茶ハイと自分用の緑茶ハイの焼酎抜きを作り、グラスを重ねた。
長丁場になるなぁ。そんなことを考えながら、満杯になった彼女の灰皿を交換しようとすると「この1杯で帰るからいい」とのこと。
そう言って帰った試しがないが、無理強いする必要もないのでそのままにした。

俺の予想は外れ、宣言通りに会計を済ませて彼女は帰っていった。すると、どこからか湧いてきた店長が満杯の灰皿を見て注意してきた。
「昨日今日働き始めたわけじゃないだろ。大学出てもそんなことにすら気が回らないのか。」

グダグダグダグダ。。

頭の中で3回ほど惨殺した後に「すんません…」と呟いた。 

閉店作業を終えて帰路についた。午前5時以降が俺のアフターファイブだ。今夜も店長を殴らなかった自分を褒めてやりたい。俺を褒められるのは俺だけだ。
うるせぇことやつまらねぇことだらけでイヤになる。はははっ!生きる希望は発泡酒を飲んでゴキゲンな音楽を聴くこと。最高だ!!
「かねーがほしくて、はたらいてーねむーるだけー」
忌野清志郎の歌詞にピッタリはまった毎日と一刻も早くオサラバしたいものだ。ぼんやりではない、はっきりとした不安を抱えつつも、雲の隙間から覗いてきた夏の太陽に就寝の挨拶をして布団に潜り込んだ。 

「根暗女‼︎根暗女‼︎お前くせーんだよ!」
小学生男子の叫びに安眠から叩き起こされた。俺の住処は木造で築40年。小学校が徒歩5分なので、ペラペラの壁から騒音がダイレクトに聞こえた。今日もうるせぇな。不快な気持ちを和らげるべくタバコに火をつけた。ガキが騒ぐのは昔から変わらない。目くじらを立てても仕方のないことだ。イジメるやつ、イジメられるやつがいるのも太古から変わらないだろう。何の気なしに外の様子をカーテン越しに見てみると、8対1、多勢に無勢で女1人をいじめている。反吐がでる。安眠妨害の腹いせに大音量で音楽をかけた。
"「傷つけたのは憎いからじゃない、僕には羽がなく、あの雲が高過ぎたから」"
曲に合わせて大声で歌った。キチガイの気配を感じ取り、クソガキどもは蜘蛛の子を散らした。雑音を取り除き、湯を沸かして即席麺を食べ、煙草をふかした。今日は週に1回の休みだ。どんなことをしてやろうか。飲みながら考えている間に眠ってしまった。安息の日を無駄にしちまった。 

ある夕暮れ時、ベテランキャバクラ嬢は子連れで店に来た。定位置のカウンター席には座らず、テーブル席に座った。何枚か写メを撮り終えると、こちらに目配せをしてきた。すぐに席へ向かった。
「カサブランカ。みつきはオレンジュースでいいね。あっ、この子うちの娘、みつき。」何が飲みたいかくらい本人に聞けば良いのだが、家庭の事情に口を挟むのも野暮だ。客席から戻り、ドリンクの作成にとりかかった。味も分からねぇくせに面倒なカクテルを頼みやがる。カサブランカはホワイトラム40ml、パイナップルジュース60ml、ココナッツミルク20ml、グレナデンシロップ2dash、アンゴスチュラビターズ1dashをクラッシュトアイスとともにブレンダーにかける。まぁ手間がかかるのだ。めんどくせぇ。今日は客が少ないからいいが。
注文された飲み物と笑顔を作っていくと、ベテランキャバ嬢の子供が俺をジロジロ見ていた。「お腹減ってるかい?」俺の問いかけに対し、モジモジするだけで何も言わない。母親が何もかも決める家庭の子の典型だ。
「今何歳なの?」俺の質問に対し、両手を出して答えた。
「10歳ってことは5年生か。」頷く。
「何か好きなもんある?」ここで初めて声を出し質問に答えた。「本を読むのが好き」「そうなんだ。俺も本を読むの大好きだよ。書くのも好きだよ。」すると目をキラキラさせながら、「どんなお話?」と尋ねてきた。錯覚かもしれないが、やっと心を開いてくれたらしい。だが残念ながら子供に伝えられるような内容の話を書いていないので、昔見たブラジルの童話の内容をテキトーに話した。 

ベテランキャバ嬢には作家志望のバーテンダーである身の上を話していなかったので
「いつまでも夢見てないでしっかりしなよ。」なんてことを言われた。応答替わりにヘラヘラ笑ってると、わらわらと客が来店してきた。そのうちの1人がカウンターへ座った。30代半ば、金髪、作業服姿の男の姿を認めると大声で「霜田さーん」と呼びかけ、ベテランキャバ嬢はテーブルからカウンターへ移り、挨拶がてらの乾杯をしていた。男はベテランキャバ嬢の太客らしい。営業トークに花が咲く。子供はすっかりほったらかし。みつきはその様子をじっと見ていた。オレンジジュースが無くなっていたのでテーブルへ向かった。何か欲しいものはあるか尋ねると、みつきは首を横に振った。
「わたしもお話を作りたい。おもしろい話を聞かせてくれてありがとう。とっても楽しかった。」
「じゃあ、みつきちゃんもおもしろい話が出来たら聞かせてよ。楽しみだなぁ。」
自作と偽った話を聞かせたことに罪悪感を抱いたが、楽しかったのならいいだろう。ここはそういう場所だ。嘘か本当か分からない話を大人がするところ。この場所では子供も例外ではない。そう自分を納得させた。ベテランキャバ嬢が戻ってきた。
「ママはお仕事だから、バァバに迎えに来てもらったよ。」みつきは黙って頷いた。少女は抵抗が無意味であることを理解している。10分後に店内へ入ってきた50代の女性に連れられて店を後にした。ベテランキャバ嬢はそれに目もくれず営業トークを続けていた。 

ベテランキャバ嬢はその日から店に訪れることがなかった。俺は相変わらず、読まれもしない文章を書いては捨てを繰り返し、夜はバーテンダーをしていた。
忘年会シーズンは多忙を極めた。年の暮れは給料以上の働きをしなければならない憂鬱な期間だ。クソ客が多いのだ。飲み慣れない酒で喧嘩をするもの、不粋なナンパをするもの、キャパオーバーでトイレにこもるもの、泥酔し眠るものetc、挙げればキリがない。その中でも厄介なのは夜の人間の忘年会だ。キャバ嬢たちは日々の鬱憤を晴らすべく、客の悪口やボーイの使えなさ、給与に対する不満など、ありとあらゆる愚痴を大声でしゃべり倒す(叫ぶ)。会話内容を外に漏らすことが出来ないので、いつも貸し切りで宴会を催した。声も態度もデカいうえに、退店後の店内は豚小屋のようになった。金払いは良いがヤクザ並かそれ以上にタチが悪かった。今回も例年通りの展開であったが、この店で一等うるせぇ例のベテランキャバ嬢がいなかった。2、3ヶ月ほど顔を見ていなかったので比較的酔っていないキャバ嬢に話を聞いた。秋頃に店を休むようになってから連絡も取れなくなったということだ。
「噂だけど、娘が自殺したらしいよ。」
仕事終わりに検索をかけた。噂好きの戯言であって欲しいという気持ちとは裏腹に、地元の新聞記事がヒットした。「小学生、投身自殺。」記事の内容によれば自殺当日のランドセルには一冊のノートが入っており、その最終ページには詩が書かれていた。 

'わたしは おとなになったら サッカになりたい。こまって いる ひとが いたら おもしろい ハナシを きかせて あげる。わたしは みんなを たすけて あげる。 わたしは しごとが とても すきに なる。きっと たのしいだろうな。でも それは おわったんだ。おかあさんは よく うみに つれて いって くれる。いつも シャシンとか ドーガを とって くれる。「みつき こっち むいて。みつき こっち むいて。」うまれてから ずっと つづいて いるんだ。わたしは きづいたんだ。おかあさんは わたしが すきなんじゃなくて シャシンとか ドーガが すきなんだ"って。だから きょうは いちばんの シャシンとか ドーガを とらせて あげる。'

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