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誰かのために作るということ

子どもたちに、モノづくりを教えることがよくある。

自分のための作品作りにおいても大切だけど、特に誰かのために作る作品には必要不可欠な心掛けについて、語りたいと思う。

私は元々美術の教師なので、「子どもに作品をつくらせる」まではよくやるし、割といい物を作らせるんじゃないかと自負している。

が、今回の話は、その作品作りを少し超えたところの話。

「誰かを思って作る」作品には、例えば、皿や時計等の実際に用途のあるもの、ポスターやCDジャケットのような見る側に一定のイメージを連想させたり印象づけたりするもの等がある。

小学校でそれにあたる身近なものは、活動班や係ポスターや、式典の装飾など。

私なんかは図工が大好きだったから、こういうものを作るときなんかは、(引っ込み思案だったから進んではやらないけど)頼まれたら誠心誠意尽くして制作にあたった記憶がある。

その時も自分なりに気をつけていたのは、「見る人が喜んでくれるように」ということ。

具体的にどういう所に気をつけるかというと、

・相手の好みを考える
・できる限り丁寧に
・期日に間に合うように
・単純にキレイ、可愛い、かっこいいなど

である。

こういう感覚って、自分が自然にやっていたので、元々備わっているのかと思っていたけど、実はなかなかどうしてみんな出来ない。

下手したら、自分のための作品なら一生懸命作るけど、誰かのために作る作品だったら適当…なんてこともある。

個人主義的な考え方が増えて、誰かのために…という感覚が薄れているのか、それとも、身の回りに本物のデザインや工芸が無く、一流に触れる機会が少ないため、物事の価値基準が著しく低いのか…

優れた工芸デザインや伝統工芸品は、使う人のことを最大限に考えていて、とても使いやすく、とても美しいでしょ?

あと、成績等で評価されないものに対して、思い入れが出来ない子も増えている気もするし。

理由は何であれ、作り出すもののレベルと身の回りにあるもののレベルはリンクしていることは確かなようだ。

子どもの作品作りの技術やセンスにも、少なからず周囲の大人たちの影響が出てくると言わざるを得ない。

絵を描いたり、工作したりなんて、将来役に立たないんだから一生懸命しなくてもいいでしょ?と考える親御さんたちも多いと思うけれど、「プロセス」を学ぶためには、作品作りはとても勉強になるのだ。

ビジネスにおいても大切なコンセプト、企画、プレゼン…こんなものが沢山詰まっている「誰かのための作品作り」。

今すぐには誰にも評価されないけど、他者への思いやりを育むと共に、後々に大いに役に立つスキルを身につけることが出来る。

年齢に応じて、お子さんの日々の工作に取り入れてみてはいかがだろうか。

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