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岡田奈々ちゃんへの思いの丈。

お元気ですか。
私はお元気です。絶賛風邪っぴき中で私の高くて可愛い声が、生きてきた中で経験したことないほど低いです。「あ」が「あ”」って感じ。やめてよ!!返してよ私のプリンセスボイス!!!!!

さて、本日2023年11月7日、推しの記念すべき26歳の日に、1stアルバムが発売されました。おめでと~~~!!めでたき日~~~!!!
歌を聴くまで、試聴会の感想も含め、推しが発信して来た言葉含め、なんだかちょっとドキドキしていたんです、私。不安80:期待20みたいな。
でもいざ解禁されて全曲聴いてみると、なんとも失礼な人間だったねあたしゃ、と推しに謝りたくなりました。

MVに飛びます


めちゃくちゃええやんけ・・・・・・・・・・!!!!!(似非関西人)

エッエッ~~~~~~~!!!凄い良い~~~~~!!何が良いって選曲のセンスが良い~~~~~!!!!
推しが書いた歌詞はちょっと私はまだンフフしちゃうんですけど(大失礼)、それでもやっぱり歌になると、なんだろうな・・・あの・・・伝わるかな・・・・・・ガンダムのOPとEDに流れてきそうっていう・・・・・・。

エッごめッエエッ伝わりにくい!?ほんと!?!?(すっとぼけ)
要はアニメのOPかEDに使われてもおかしくないよね!!っていう意味です。凄いな~~~だってなんか名立たる作曲家さんたちですもんね。凄い・・・凄いな・・・(語彙力無し)

疾走感もありつつ、ロックも交えて、かと思えばTik Tokとやらで流行りそうな歌もあり。多種多様な歌を歌えるのが推しの強みだゼ☆って勝手に思ってたんですけど、本当にそうでした。

アルバムの話をするならば、某インタビュー記事の話もすることが必然なのかな、と思うんですけど。まぁそのなんていうか、幸せならそれで良いし、救われたのならそれで良い、生きているならそれで良いって感じ(漠然)

あのインタビューの記事を読んで、ああ、この子は自分は持てる!と過信していた荷物を結果的に抱えきれなくて、持って歩むのを諦めたのだな、と思いました。悪い意味ではなく。

私は、生涯人が持つことができるモノって、数が決まっていると思ってるんです。あれやこれや抱えきれないじゃないですか、何事も。すべての人に優しくありたいけどそれは無理だし、あの才能もこの才能も欲しいけど全部の才能なんて持てなくて。
そんな風に生きれているひとなんて私はこの世でアンパンマンだけだと思う。すげーよなアンパンマン。腹空かしてる他人に自分の顔むしってあげれるんだぜ。慈悲がすげーぜ。

だから推しがAKBで持とうとしていたモノが、ファンや運営からの期待もそうですけど、自分はこうでありたい、という願望や夢・希望も大量にありすぎて、持ちたいけど持てなくて、自分ひとりじゃ歩んでいけなくて、助けを求めた手の先にいた存在に縋ったのだろうな、と。

それはね、悪いことじゃないと思うんですよね。そのカタチが恋愛だっただけで、何でよりによってそれを選んじゃうかな!?と思うのもまた正解なんですけど、そんなの自分で制御できるものではきっとなくて。

推しが置いて行ったモノは、きっと今誰か違う人が持っていて、だからこそ推しがいなくてもAKBというグループは続いているし、言うたら代わりはいるってことなんですけど。

だからと言って、じゃあ恋愛しても良かったの!?となったら、別にええやんって人もいれば、駄目でしょって思う人もいて・・・。難しいよね~~~。私はええやんの方なんですけど、それが正解じゃないですもんね。
でも推しが恋愛というもので救われたのだと言うならば、それはもう、それ以上のものはないというか。ああ、良かったねぇ・・・そうかいそうかい・・・っていうことしか私は言えないのであった・・・(遠い目)

自分たちの言葉で救われてほしかった、なんてそんなもんこちらのエゴだと思うのよね。わたしは誰かを救える大層なもんなんて持っちゃいないし。

AKBにいた時の全部のことが辛かったわけでは無いだろうけど、卒業の時に行っていた「辛い思い出ばかり思い出してしまう」という言葉は、酷く重いなと再び感じました。
楽しいと悲しいは常に隣り合わせにあるから、例えば共通の思い出を思い出した時に、私は楽しかったと思っても、別の人から見れば辛かったと思うこともきっとあるじゃないですか。その感情を生み出された時の比重が人によって違うんでしょうね。
推しはきっと悲しいの比重が重すぎて、そればっかりが記憶に深く深く刻まれてしまっているのかなと。あんなに笑顔だったじゃん!とか、あの言葉は嘘だったの!?とか、ある意味裏切られたと悲観してしまう人の気持ちも重々理解するんですけど、でも推しの気持ちも受け取ってあげたいと私は思うのです。受け取ってすぐに重たすぎて投げるかもしれんけど(台無し)

きっと私は推しに対して大層甘いんでしょう。だってこんなに叩かれるようなことをしたのか?と今でも思うもんね。うふふ。でもそれさえもひとによって比重が違うので。

歌詞の言葉ひとつひとつは壮絶なんですけど、でも人間誰しもこういった感情はあるのでは?とも思えて。正直物事についてこんなに感情が揺れるような出来事がある、ということがとても羨ましい話です、私にとっちゃ。私は本当に平坦な道のりを歩んできたのだわ・・・BL漫画ばっかり読んできちゃって・・・ハッ!!!どうしよう!?推しがBLアニメの主題歌とか歌っちゃったらどうしよう!?!?(?)

そんなこんなで、ネットニュースとか誰かから聞いた話で岡田奈々という人間を評価している人は、一度歌を聴いて欲しいな~~~。勿論それで評価がひっくり返るなんて思ってないですし、貼られたレッテルが剥がせるものだとも思ってないですけど。
推しだって反省すべき点はたくさんあって、ええい!赤点じゃ!!補習じゃ補習じゃ!!と怒っている人もたくさんいるので、その点はちゃんと咀嚼して飲み込んでくださいねっていう。でもそれはあくまでも"あなたのため"を思っての言葉だけで良いですよって誰か伝えて(他力本願)

誰かの心に響くと良いな。そんな歌が詰め込まれた1枚のアルバムでした。

アルバムに収録されていたドキュメンタリーもオススメです。
推しは生き方は下手くそだけど音楽に対する物事の自己プロデュースは満点だと思う。見せ方とか、もし自分がお客さんだったらとか、ステージで行われることを俯瞰して見れているような、そんな感じがします。
もしアイドルをプロデュースしたら、なかなか良いグループになるのでは?と思ってしまうほど。まぁその前に自分の生き方を上手になって欲しいですけど。

でも周りのスタッフに好かれて可愛がられてるのも良くわかったし、何より音楽を楽しんでいた。ああ、本当にやりたいことがやれてるんだなと感じ取れました。

推しの言う通り、この数年で彼女の中で何かが変わったのは確かで、でも変わってないこともちゃんとあって。その場の勢いとか考えて言葉を発してるわけじゃなくて、ずっとこれだけは譲れないっていう軸があって。
それが彼女の音楽なのかな。

総じて、私は歌を聴いてやっぱり岡田奈々が好きだと思ったし、応援したいと思いました。
あの子は自分が軽率な行動をしたこともちゃんと解ってるし、きっとファンはこんなこと聞きたくないだろうなってこともちゃんと理解してる。それでも私はこういう人なのだけれど、それでも好きって言ってくれるだろうか?と問うように、言うなればこちらに甘えて縋ってるのだと思う。
好きだよ。全てを好きと言えないかもしれないけれど、岡田奈々が好きだよ、あたしゃ。

家族のことも恋人のことも友達のことも100全て好きになれるわけない中で、推しだけ100好きになろうなんて到底無理な話で。
だから良いの、受け入れられないところもあって良いんだよ。漠然と、まるっと好きだわ!くらいで丁度良いんだよ。

どうか負けないで、自分の歌を、音楽を作っていけるあたたかな人生でありますように。
幸せになるんだよ!!!!!

わたしより。

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