つよくて、わるい 柳葉敏郎×悪役序論
[ShortNote:2020.11.11]
強い悪役が好きです。
ここで言う「強い」の定義とは腕力があるとかそういうことではなく、いや柳葉敏郎でいえば肉弾戦でも強いと思いますが、力は力でも腕力ではなく権力の方です。権力が一番強い。人一人の腕力では目の前の相手をどうにかすることしかできないが、権力だと場合によっては社会自体をどうにかすることが可能。
そこで柳葉敏郎が演じた悪役を見てみると、やはりというかそれなりに権力を手にした人が並んでいます。ところで「悪役」の定義もまた考え始めると止まらないなかなか深いものですが、ひとまずここでは「主人公側と対立する思想・立場で主人公の行おうとしていることを阻むキャラクター」としておきます。「明日があるさ」の望月さんはエリート部署の課長で、「よつば銀行・原島浩美がモノ申す!」の島津副頭取は大手銀行の役員、ロト7の柳葉副社長はクーデターを起こして部長からナンバー2にまで登りつめた男です。
なぜこういう一定水準以上の権力者の悪役が好きなのかというと、単に肩書きに弱いということもあるんですが、何より自分だけの力で「悪」を成すことができるからです。彼らは悪役として独り立ちしています。これが大して地位も持たない人間であれば権力者に取り入って後ろ盾を得ながらチョロチョロ動くことになり、どうやっても「小悪党」から脱しきれないところがあるんですが(それはそれでトリックスター的なポジションなら好きですけど)、自分自身に力がある人はそれをしなくてもいいわけです。踊る大捜査線で和久さんは「正しいことをしたければ偉くなれ」という名言を残しましたが、悪いことをしたくても偉くならなければいけないのかもしれません。
柳葉敏郎×悪役のルーツ
純粋にやってることが悪かったりする(ヤクザとか)キャラはそれまでもいたしなんなら彼の代表的なキャラ類型のひとつではありますが、今の「悪とはもうひとつの正義」的エリート悪役路線の始祖は実は室井さんだったりします。
室井さんはもともと「本庁VS所轄」の構図において本庁を背負って出てくるキャラクターとして設定されました。だから冷徹で人間味のないマシーンだったし、青島くんの言うことを相手にもしない非情なエリートだったんですが、次第に青島くんに共感して彼らに寄り添うキャラクターになっていきました。つまり室井さんは悪役生まれ善役(今作った)育ちということで、これは室井さんが「書かれた」キャラクターから「演じ手によって育てられた」キャラクターになっていったことを象徴する出来事ですが、とにかくその後の改心などしないエリート悪役たちはこの頃の室井さんがベースになっているのではないかと思います。
悪役の「カッコよさ」とはつまりプライド
これは「善悪とは何か」という根本的な問題にも関わってくることですが、カッコいい悪役には己の信条と目標を守り抜くプライドと堅い意志があります。
柳葉敏郎の演じる悪役たちは確かに力を持っていて、さらに自分の地位を守ろうとはするものの、その動機は決して「ちやほやされて崇め奉られて美女を侍らせて札束の風呂に入りたい」とかではありません。彼らは他にやりたいことを明確に持っています。「悪役」という主人公側と相容れないポジションである以上そこがはっきり描かれることはあまりありませんが、彼らには彼らなりに自分の属する組織を守ろうとしたり(型破りな原島さんに対する島津副頭取)、組織にとって利益になることをしようとしたり(非効率な仕事をする13課を否定する望月さん)しています。私利私欲のためだけに動いていないからこそカッコいいし、後述するように主人公からも認められたりします。
さらに言うと彼らは自分のしていることやしようとしていることが「善」なのか「悪」なのかすら特に気にしていないと思います。善悪の区別がつかないということではなく、善悪という個人の価値観や時代に左右される基準をそれほど気にしていない。いいことをしてやろうとも悪いことをしてやろうとも思っておらず、ただ自分の信じることを信じるままにやろうと考えているだけ。この姿勢は悪役じゃないのに悪役の始祖ではある室井さんの姿勢にも通じるものがあります。善悪の基準を超えて、「自分が正しいと思っていることは他人からすれば正しくないことかもしれない」という視点をしっかり持ちつつ、でも自分の信念だけを揺るがない基準として臨んでいるからこそ室井さんも鳥飼さんから「あなたのしてきたことは偽善だ」と詰られても動じなかったんですね。
悪とはもうひとつの正義
私は人類の多様性最高と思っている人類ですので、相容れない価値観同士が並立しているのを見るのは大好きです。さらに主人公側が悪役側のことを認める展開も大好きです。こっちにはこっちの、あっちにはあっちの考え方があるのだから自分も相手も無理に変えようとしない、でも相手の価値観があることは認める。望月さんは浜田課長からやり方は違っても一生懸命それこそ命がけでがんばっていたことを認められていたし、島津副頭取も原島さんに銀行を守りたい気持ちを見出されました。柳葉副社長に対しては特に誰も何も言ってませんが、彼にも彼なりの美学があったのでしょう。たぶん。
どうせ負けるならカッコよく
ドラマが主人公の視点から展開している以上、どうしても主人公が勝って悪役が負ける展開というのは避けられません。が、悪役ギバキャラはそんな時でもダサい負け方はしません。潔く散ります。いや、正確に言うと散ったように見せかけて返り咲きます。
その典型例が柳葉副社長であり、「万が一ロト7が10億になったら辞任でもなんでもいたしましょう」(このセリフカッコいい)という自らの言葉の責任を取りますが、その直後10億円当てて大勝利しています。10億あるしたかだか一企業の副社長のポストごときもうどうでもいいわ、という感じでしょうか。部長だった頃は「心配するな、お前のことは俺が守る」と言った舌の根も乾かぬうちに妻夫木くんを裏切るという鮮やかなゲス野郎ぶりを見せていた彼にしてはちゃんと自分で言ったことの始末をつけているのは大したものに見えますが、ひょっとしたら退任劇の時にはもう既に10億当てていたのかもしれない、と妄想を膨らませると楽しいです。というか柳葉副社長はきっぱりと退場したように見せかけカッコいい印象だけを残して実は裏でちゃんと保険をかけているというズルい大人であってほしいという願望です。
柳葉敏郎の悪役適性
ギバちゃんそのものはかなり「陽」寄りの人であることは疑いないでしょう。明るくコミカルで、優しくて、人情に厚くて、部下・家族思いの責任感溢れるあんちゃん、パブリックイメージを素直に投影するとこうなるでしょうが、そんな人がゲスい悪役をやった時の輝きぶりといったらそれはもう格別です。
正義の味方キャラで正の方向に使う精悍なお顔立ちとキラキラ天然ハイライト入りの大きな瞳を負の方向にフル活用することで、ヒョロっとして生っ白くていかにも非戦闘員なステレオタイプがありがちなエリート悪役がまるで違う魅力を持つヴィランとして立ち上がってきます。
特に目がいい。一度見入られたら逃げ出せない魔眼のような目。しかもまばたきしないのでさらに魔力が上がる。人間界のバジリスクみたいな感じです。彼は目で語るのもうまいけど目で一切何も語らないのもうまいので、本性や本心を巧妙に隠す悪役でそれをやられるとぞくっとするほど似合います。何の感情も乗せない目をじっと見つめ返してその奥に潜む心を探ろうと必死になっているうちにいつしか深みにはまってしまう、そんな怖さがあります。それ以外はギバちゃんの纏う鷹揚な雰囲気がオープンでフラットに見せているだけに余計怖い。
あと声もいい。その気になればいくらでもドスを利かせられる。ゲスギバをやる時の重低音は声帯にサブウーファーが搭載されてるのか? という感じで鼓膜をビリビリ震わせてきます。大好き。
激情にかられるのではなくあくまで冷徹に立ち回って、その裏には人間くさいものを隠しつつそれを表に出して同情を買うようなこともなく、ただただ人にどう見られようが関係なく責任も恨みつらみも妬みも全て一人で受け止める、そういう度量の大きさもあります。
あとスーツが似合いすぎるというのも大きい。ギバちゃんはいつも腰が細くて脚がすらっと長くてそれほど上背はないけどしなやかにまとまっているという体格にぴったりなスーツを着こなしてくれるのでスーツフェチ大満足です。スーツって「こういう形だったらカッコイイ」とかではないんですよ。その人の体型にぴったり合うスーツが一番いいスーツなんですよ。そしてエリートキャラがシンデレラフィットスーツを着ているということは、「自分に完璧に合うスーツを誂えることができる財力と余裕がある」+「自分のことをよくわかっている」というわかりやすい記号にもなります。結果、ますます敵に回したくない男に見えるというわけです。
柳葉敏郎×悪役の私が思う魅力はこんなところですが、なにより一番素敵なのは悪役をやっている時のギバちゃんがなんとなく楽しそうなところです。いやいつも楽しそうですけど。人生が楽しそう。もちろんいろいろあった今もあるんでしょうが、いい仕事をしてくれれば視聴者側としてはこれ以上のことはありませんので、どうか今後とも楽しそうに悪いヤツをやっていただきたいと思います。
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