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室井さんがありあまる②

[ShortNote:2020.5.10]

(「その格好、新宿じゃ浮くぜ」)

・室井さんのあんちゃんポテンシャルについて考える

 室井さんのことを「あんちゃん」と呼んだのは「容疑者」の工藤さんですが、室井さんにはどこか「あんちゃん」っぽいところが隠し味のように入っています。

 もともと柳葉敏郎という人はかなり兄貴属性を持っている人なのですが、もともと室井さんというのは当初「悪役」のキャラクターとして登場したので、お兄ちゃん感を出されたら困るんですよね。お兄ちゃんっぽさとか熱血さとか笑顔とかスチャラカな感じとか、これまでの柳葉敏郎の武器を全部封じてやらせた役柄なので、そういうの出すのは本当は禁止です。禁止のはずだったんですけど、封じても封じてもなんとなくじわっと滲み出てしまいます。だから亀Pもおっしゃっていたように結果的に湾岸署のことを「しょうがないな」って見守ってるあんちゃんみたいになっちゃったんですね。

 そんな予定にないあんちゃんっぽさが出てきてしまった室井さんですが、最高潮にその感じが出たのが歳末だと思います。

 室井さんはほったらかしにされた青島くんをあれこれ手を尽くして湾岸署に戻したり、刑事課が占拠されたからというよりただSATを見たかっただけの真下くんの要請に応えて奔走したりします。謎の仕事量。どれも室井さんの業務ではないんですがそれでもがんばります。警視庁と警察庁の間で翻弄されたり、なかなかSATが到着しなくてじりじりしたり、完全に世話が焼ける弟妹たちをひたすらフォローしていく面倒見のいいお兄ちゃんです。イメージとしてはちょっと年の離れてる長男でしょうか。

 ただ歳末では終始振り回されっぱなしだった室井さんですが、15年後の私が勝手に「歳末2012年Ver.」だと思っている(ノリとかコメディシーンの多さとか)「LAST TV」ではちょっと違っています。

 まず歳末では刑事課が占拠されたことを電話で聞いた室井さんは「一体何をやってるんだ」と焦りを含ませて呟きます。あのクールな室井さんが感情を露わにするぐらいなので相当な修羅場です。しかしLAST TVでは湾岸署の王さんが国際的犯罪者と結婚しそうになるという湾岸署お得意の失態に対して室井さんは「何をやってるんだ、湾岸署は……」という歳末の時と似たセリフを呟きますが、その口調には歳末のような焦りめいたものはありません。いたって淡々としています。本当にもう慣れたんでしょうね。

 第3話で「ここは街中より騒ぎが起きるとこだな」というセリフがありますが、たぶん室井さんは15年間ずっと湾岸署に対してそう思っている気がします。なのでこの程度の(?)失態では今さらもう驚きません。またかみたいな。いつも何か起こすなみたいな。何回目だみたいな。でも好きだよみたいな。いや好きかどうかはわかりませんけど、「お兄ちゃん」の余裕が感じられてとても好きなセリフです。

 あと室井さんは「交渉人」でも上層部はおろか本人たちですらいまいち信用しきれていない交渉課準備室を信頼して責任は全部俺が取るから力見せてこいって送り出しましたね。室井さん本人としては気苦労が絶えないのかもしれませんが……。直属ではないですがガラの悪い新宿北署の刑事たちに「本部長!」「本部長!」ってめちゃくちゃに慕われているのもかわいい。不良たちからも一目置かれている先生のようでもあります。工藤さんはこういうところも含めて「あんちゃん」って呼んだのかもしれません。

 お兄ちゃんお兄ちゃんって言いましたけど室井さんって設定上妹がいる本物のお兄ちゃんです。というかそもそもギバちゃん自身も妹さんがいるんですよね。それはもうプロのお兄ちゃんがやってるんだからそうなるよなという感じです。

・室井慎次、あるいは柳葉敏郎の説得力

 ODFで室井さんが「バナナだ」って言うシーン、踊る大捜査線史上に残る名シーンだと思うんですが、これは室井さんにしか言えないセリフですね。室井さん以外に言われても「は?」としか思わないけど室井さんが言うことにより何が何だかよくわからないけどとにかくバナナなんだ、と思わせてくれます。有無を言わさないこういう説得力が室井さんにはあります。

 それももともとはギバちゃん自体にあるものです。声とかしゃべり方とかそういうところもそうなんですけど、何より基本的にこの人は嘘は言わないだろうなという信頼感があります。人間的にちゃんとした人だったら誰でもそういうところはあるんでしょうけど、ギバちゃんの気持ちのこもった低音ボイスで何か言われると異常に説得力があります。何でもするっと信じちゃいそう。だから怪しい壺とか売りつけないでほしい。買っちゃうから。あの声で売られると30万くらい払っちゃうから。怪しい壺を売る仕事は一切説得力のないペラッペラな声の人しかしないでほしい。

 ただでさえ柳葉敏郎がそうなのに室井慎次はさらに冗談すら言わない本気のことだけを口にする男なので説得力が10倍くらいになります。室井さんが「バナナだ」と言ったら「バナナなんだ」と思うし、「通販だ」と言ったら「通販で買ったんだ」と思うし、「腐れ縁だ」と言ったら「腐れ縁……いや名コンビでもあるでしょ」と思う。最後は微妙に説得しきれてませんがそれは置いておいて、室井さんももう絶対に壺売らないでほしい。室井さんなら100万まで出しちゃうから。

・室井慎次VSスリーアミーゴス

 踊るのシリアスの化身VSコメディの権化。異種格闘技戦というか同じ土俵の上にいないもの同士の戦いのような感じです。戦わせたらいけないような気もします。しかし作中ではたびたび発生します。そしてだいたいギバちゃんが劣勢に立たされます。なぜかというと彼はびっくりするほどツボが浅いからです。ただしギバちゃんが笑ってしまうと室井さんにはなれませんので、彼は耐えなければなりません。こちらからはがんばってくださいとしか言えません。

 まずRound1、容疑者の面会シーン。あれはつらいです。密室で1対3です。観てる方はこの映画での数少ない笑うチャンスなので過剰なほど笑ってしまいますが、耐えなければならない室井さんは大変です。

 「お元気そうで……」「元気なわけないじゃないですか」が既におかしいし秋山副署長の「雪乃さんも悪い男に捕まってしまって、イヒヒヒヒ」もおかしい。笑ってる場合ではない。なんといっても突然携帯で写真を撮ってくる袴田課長が一番おかしい。この映画の室井さん勝手に写真撮られすぎではないでしょうか。このくだりが小野さんのアドリブなのもすごい。神がかっています。後にギバちゃんがスリアミのアドリブについて「こっちが『……』なのをいいことに……」と言っておられたのもかわいかったです。実感がこもっています。

 Round2はODFでの室井本部長へ向かって神田元署長がビシッと「指導します」と決めてみせるシーン。ここでギバちゃんがどうしようもなく笑ってしまいます。いくらなんでもツボが浅すぎる。よく15年も笑わない役できたな。スリアミがキリッとしてるだけでなんとなくおかしいので気持ちはわかります。

 こうして見てみると1対3というかギバちゃんがスリアミのコメディ攻撃とも室井さんの「笑っちゃダメ」という縛りとも戦っているので実質1対1&3ですね。15年間お疲れさまでしたとしか言えません。

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