私を絶対に好きにならない人

ノンセクゆえからもしれないが、私は私を絶対に好きにならない人を好きになりがちだ。
特に異性と話していると、なんとなく相手の下心の有無が分かってくる。言葉選び、視線、距離感……そういう相手の一挙手一投足から、この人は私をそういう対象には見ていないなと感じると、私は勝手に安心してしまう。

例えば、友達というより仲間である大学の同期。二人で飲んでも絶対変な雰囲気にならない友人。
そのまま良い友愛、信頼を築ければいいが、私はアロマンティックではないので、私の中でそれが恋に変わることがある。

一度だけ、そういう相手を好きになってしまったことがある。

社会人も板についてきた頃、私は仕事先である人と出会った。
私が入社したときからとてもよくしてくださった方で、あるとき異動で私はその人の直属の部下になった。
人当たりがよく、音楽が好きで、仕事もできて周囲からの信頼もある人だった。
そして、既婚者だった。

前提として、私は浮気や不倫に否定的な考えを持っている。ただし、知らなければないことと一緒という考えでもあるので、やるなら絶対に墓まで持っていけと思っている。まぁ、世の中のたいていの浮気や不倫はバレるものだが。

私は一緒に働くうちにその人を好きになってしまった。
もちろん、告白も、接触も、不純なことはなにもなかった。
むしろ、なにもないからこそ好きでいられた。

上司は会社でもよく配偶者の話をしていた。私もそれを聞いていたし、こちらから惚気を聞き出すようなこともしていた。
この人には大切な人がいるという事実が、私を安心させた。年齢が離れていたこともあり、立場的にも社会的にも、上司が私を好きになることはありえないことだった。
だから、安心して好きでいられた。
上司が私を性的に見ることは絶対にない。
私が上司を誘うことも、絶対にない。

半分憧れのような恋だった。
認められたくて仕事を頑張ったし、この人のように働きたいと思った。仕事上でのお手本にしていた。

しかし、配偶者の方からすれば、いくら私にその気がないとはいえ、知ればいい気はしないことかもしれない。
そう考えると、既婚者を好きでいること自体への後ろめたさがあり、そのうち気持ちにふたをするようになった。

それでも、あんなに穏やかな恋はなかったように思う。
私を絶対に好きにならない人。
傷つけることも、傷つけられることもない。
その代わり、距離が縮まることもない。
ただの部下。でも、それが居心地がよかったのだ。

私はその会社を辞めてしまったので、もう関わりはない。しかしその上司と一緒に働いた期間は、今でも大切な時間だ。

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