プライドは、プライドを持たないこと。
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プライドは、プライドを持たないこと。

決死の思いで、本当にもうダメだって思って、自分から捨てた「ぽわん」を、どうしても、
どうしてもどうしても、もう一度やりたくて。

元メンバーにも承諾を得て、ひとりで復活させることにしました。

やりたいならやる!行動で示す!余計な言葉はいらねぇぜ!というのがわたしのモットーなのですが、やっぱりそれだけでは伝わらないということや、自分は良くても応援してくれてる人たちがもやもやしてしまうこともあるっていうのを、浅草QuluQuluという場所を作って、ファンの人たちとゆっくり話をしたりして、あぁ私こんなにみんなを振り回していたんだな、超ごめん!!!!っておもったので・・

わたしは暴走型だから、あまり先を想像して進めなくて、経験してからじゃなくちゃわからないというか納得できないんだなぁ・・。

ほんとにごめんね。笑

でも、だから、今回のことはめちゃくちゃ長くなってしまうけれど、書き残していこうとおもいます◎

去年一年間の私の竜巻のような行動、その総てがなければわたしは、この気持ちには至ることがなかったよ。

音楽でも、音楽以外の場所でも、向き合ってきたひとつひとつや、ひとりひとりに、メイビーモエがまたエレキギターを弾いてステージに立つことが、どうして私の人生に必要なのか。それを感じさせてもらったような気がします!

わたしは、ぽわんが解散してから、ソロでしばらく弾き語りをしていました。

でも全部ぽわんの曲だし、別にアコギの弾き語りそんなに好きではないし、私は一体何のために誰のためにどうしてライブをしているのか、弾き語りなら家でやればよくない?って、その自問自答をくりかえしながら、OLをしながら、なんとなーく人前に出ることはやめないようにしていました。

恋愛に例えるなら、別れたけど、とりあえずたまにはご飯行こうよ! ってかんじ、、?笑

それでね、その時期わたし韓国のヒップホップにすごいはまってて、後期ぽわんのモテたぃ。とかハッピーミラクルラブソングのような曲をイマドキなトラックに載せて歌ってみたいぞ!?って突然思いついたので、すぐにそういう活動について計画し始めました。

あと、もうギター弾きたくなかったの。
荷物重いし、
上手に弾けないし。笑

ひとりでやるか、2人組でやるか、とか、誰に向けてやるのか、とかを色々計画して、その時ちょうどトラックメーカーのSorabeatsとの出会いもあって。

それで、色々試行錯誤したその結論が「C’mon C'mon」というグループだったんだよね◎

やりはじめて最初はマイクしか持ってないことが不安で緊張してたけど、段々これだ!って感じがつかめて、音もすごく気に入ってて、おしゃれだし、なによりぽわんではできないことができて、すごく楽しかった。

でも、ぽわんの時みたいに集客が増えなくて。

それは自分が単純に「生である意味」が有るライブができなかった。

"いつも同じ"ようなライブしかできなくて。

私は、C’mon C’monに生である意味を見出せなかったんだよね。
別にオケだからとかバンドだからとかじゃない。

私がぽわんの時からずっとずっと大切にしてきた「生」である意味は、オケでもバンドでもできるはずのこと。

こころの部分というか。

生じゃなくちゃ伝わらない感動だとしても、その場に居た人しか良さがわからなかったとしても、それでもいいから、とにかくいいライブ。

それについて考えて試行錯誤しているうちに、メンバーの事情もあってC'mon C'monはライブ活動ができなくなった。

このとき並行して浅草QuluQuluを作って運営してたわけなのだけど、お店をつくるのとアーティストを作るのはすごく似ていて、料理を作るのと楽曲を作るのはすごく似ていたの。
だから余計に毎日毎日そのことについて考えてしまってて、ものすごくシビアになっていたのかもしれない、、、な。
今思えば!

でね、カモカモがライブ活動ができなくなってから、メイビーモエのソロ名義でライブをやるようになって、少しずつ「生」である意味、選曲だったりMCだったり、オケとの呼吸だったりをつかめるようになってきてて。

それでこれからもソロ活動をつづけていきたい!頑張りたい!っておもったから写真集+音源の作品「かなしいときこそ踊りましょう/グレイプフルウツ」をつくったの。

ぽわんを失ってカモカモがなくなって、ひとりにならなくちゃ作れなかった気持ちが詰まっていたし、それでもいっしょにやろうっていってくれたSorabeatsとの結晶でもある!

だからね、ぽわんをまた始めてもこれからもたくさんの人に届いてほしい作品なんです。

あ、あとね、
メイビーモエとしてのソロ活動は続けます。

恋愛に悩んだり、仕事に悩んだり、人生を考えたり、これからもみんなと同じように年をとっていく29歳の女の、気持ちを超超リアルに歌うには、メイビーモエの看板とSorabeatsのトラックが必要なのです。

だから、ライブはほとんどやらないと思うけど作品は作り続けたいなとおもっています◎

ああ、ちょっと話が逸れちゃった!笑

それでね、その音源「かなしいときこそ踊りましょう/グレイプフルウツ」を持って、ツアーに出た時。

わすれもしない!
2018/12/20 北堀江clubVijonでのライブの日。

対バンであった、
かみやあいのちゃんのライブを見て、
ぼけちゃんのライブを見て、
カトキットのライブを見て、
メイビーモエとして30分のライブをしていく中で、「わたし、ステージの上ではやっぱりギターを弾きたい!!!!!」
と思ったの。

わあああああってなる気持ち、
湧き上がってくる衝動、(おなじやん)
そのエネルギーを
歌声だけじゃなくてギターにもぶつけたい!
って心の底からおもった。

ライブが終わってアンコールをもらったとき、気づいたらアコギを持ってステージに戻ってて、泣きながらしゃべった。

あんまり何を話したかは覚えてないんだけど、ここに書いたこと、思ったことを全部はなした。
ダサくても、
支離滅裂でも、
その時の気持ちに素直に生きる、
絶対にそのステージに嘘をつかないとゆうこと
それがわたしの「生である意味」だったし、久しぶりにちゃんとそれを実感できて、伝わってることが実感できて、うれしかったんです。

そして、気づいたらMCで「ぽわん来年復活します」って言ってしまってた。

わたしは楽しいことがやりたいのに、全然エンターテイナーじゃないし、余計なことばっかりゆっちゃうし、ほんとにいつも下手くそでわがままな生き方しかできないんですけど、
またぽわんとしてエレキギターを持って、
ぽわんでつくってきた曲を持って、
ステージに立ちたいっておもったその自分の気持ちを大事にしたいなと思いました。

事後報告になっちゃったのに、
快諾してくれた元メンバーにも感謝です。

そんな経緯をもって、
ぽわんは復活しました。

この間ね、久しぶりにスタジオに入るってなったときギターを背負ってエフェクターボードを持って歩きました。

相変わらず重いし、
電車で嫌な顔されるし、
ずっと弾いてなかったギターは上手くなってるわけもなく。

それでもすっごく、楽しかった!

ギターを鳴らした瞬間、
楽しくて楽しくて、
もやもやが一気に晴れる感覚がした。

わたしは15歳からずーーーーっと、
ギターを弾いて歌って、
ステージで叫んできたんですけど、
その原動力の正体がわからないまま
29歳になっていました。

でもね、
やっとわかったの!

たのしいことがしたいだけ!!!!!!!!!

ただ、それだけ!!!!!!

わたし世界変えたいとか全然なくて
たのしいことがしたいだけなんだ。
楽しすぎて泣けちゃうような、
悲しいも寂しいも吐き出したあと
ちゃんと笑えるやつ。

ぽわんはちゃんとそれできてたのになぁ、って、思い返せば思い返すほど、解散したことをすっごく後悔した。

でもね死にものぐるいで
無我夢中でやっていた時には、
どうしたって気づくことができなかったんだ。
本当に必死だったんだ。

過ぎてしまったことやものは
もう変えられないから。
わたしはまたいちから、
たのしいを追い求めようと思います!

ぽわん=たのしい

たのしいという感覚を、
たくさんの人にあげれる人になれますように!

2019/2/23 メイビーモエ

長いのに最後まで読んでくれてありがとう

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ぽわんのギターボーカル、作詞作曲担当。 メイビーモエとしてソロ活動、楽曲提供もしています◎ 浅草QuluQuluというピンク色のカフェも経営してます。