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はじめてのCD

幼稚園の頃、とある替え歌が流行った。

「心配ないからあげ きみのおもちが……」

みんな歌ってるのに、何の歌なのか分からない。
わたしは途端に不安になって、知ってるふりをして何となく歌って、面白くないけれど周りに合わせて笑った。

そして家に帰ると、母親に泣きついた。

「お母さん!心配ないからあげっていう歌、何?めいこだけ知らないの!だから教えて!」

いきなり娘に、心配ないからあげの歌を教えろなんて言われて、母も困っただろう。

でも母は、幼稚園児の話す数少ない情報から、その歌を探し出したのだ。

心配ないからあげ。
夜テレビでやっている。
何かの替え歌。

スマホはもちろん、インターネットすらない時代、

早く歌覚えたい!みんな歌ってる!歌えないから幼稚園行きたくない!

というワガママな娘のために、母はその時持っていた最大限の情報網を使って(かどうかは分からないが)、それは「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」という番組の中で歌われているということを探し当てた。

「ほら、歌詞書いたよ」

そう言って母は、テレビを見ながら書いたであろう走り書きされた歌詞の紙をわたしにくれた。

「愛はチキンカツ」という題名と共に書かれた替え歌の歌詞を、うろ覚えのメロディーに乗せて歌ってみた。

うまく歌えないところもあるけれど、歌詞さえ知っていれば安心だった。
あとは周りの友だちに合わせて歌えばいいのだから。

そして歌詞を完璧に覚えて、幼稚園へ行った。

しかしもうその頃には、替え歌ブームは去っていて、その歌を歌う子はいなくなっていた。

残念だとは思わなかった。正直ホッとした。
だって、この替え歌がそこまで面白いとは思えなかったから。
ただみんなが面白いと笑っていたから一緒に笑っていた。

わたしはそんな子だった。

ただ、一生懸命テレビを見ながら歌詞を書いている母の姿を想像すると、胸がきゅーっとした。


しばらくして、父が1枚のCDを買ってきた。

KANの「愛は勝つ」

「愛はチキンカツ」の原曲だ。

「めいこがこの歌好きって言ってたから、CD見つけて買ってきたよ」

また胸がきゅーっとする。

違うんだよ。みんなが歌ってたからなんだ。

父がプレイヤーにCDを入れて再生した。

綺麗なピアノの音色が響く。

♪心配ないからね、君の想いが…

信じることさ、必ず最後に愛が勝つ♪

この歌が好きだと思った。

「もう一回聴くか?」

父の問いかけに、わたしは笑顔で頷いた。

これが、わたしが人生で初めて手にしたCDだった。

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