見出し画像

2024年度セルフトレーニング問題を解いていく!(2)〜化膿性脊椎炎のお作法とMNZの副作用〜

急性期病院で9年間総合内科医として働き詰めるも、ヘルスケアスタートアップに転職したため、総合内科専門医試験の受験資格がなくなってしまった10年目の総合内科医です。
出願取り消しの連絡が来るまで今年受験するつもりでいたので、セルフトレーニング問題(日本内科学会発行)を試験対策のため購入していました。
もったいないので、自分のアセスメントを加えながら解いていきます。誰かの役に立てば。


問題:66歳女性、意識障害

66歳女性が意識障害のため搬送された。
2ヶ月前に、発熱と背部痛をきっかけに腰椎化膿性脊椎炎と診断され、かかりつけ整形外科に入院。椎間板穿刺で培養を提出し、LVFX(500mg/日)内服とMNZ(1.5g/日)内服で治療開始。脳脊髄培養検査でBacteroides属が検出されたため、MNZのみ継続。1週間前に腰椎MRIで病巣縮小傾向であった。歩行訓練を開始したがふらつきあり、吐き気や食思不振、喋りづらさも出現していた。看護師の回診時に、嘔吐、意識障害を認めたため、転院搬送。
既往歴:糖尿病、インスリン治療中
現症:JCSⅡ-10. BMI 17. 発熱なし、心拍数 112/分, 整. 血圧 102/46 mmHg. 呼吸数 20/分. SpO2低下なし。結膜に貧血と黄染なし。心音、呼吸音に異常なし。腹部に圧痛なし。下腿浮腫なし。皮膚に異常なし。
項部硬直なし。瞳孔 4.0mm/4.0mm、正円同大で対光反射は迅速。眼球運動正常。筋力低下や表在感覚低下も認めない。四肢の運動失調はないが、体幹の運動失調あり、歩行できない。腱反射は、両側アキレス腱で低下
検査所見:血液検査では、ごくわずかな貧血、WBC 4,200/μL、PLT 正常、PT延長なし、D-ダイマー上昇なし。ビリルビンや肝逸脱酵素の上昇なし、γ-GTPが微増、アンモニア正常範囲、随時血糖 120 mg/dL、腎機能と電解質に異常なし。ビタミンB1 正常範囲。CRP上昇なし。
頭部単純MRI(DWI 軸位断):両側小脳歯状核と脳梁膨大部に高信号域あり。
この患者への対応として適切なのはどれか。1つ選べ。
(a) L-ドパ投与
(b) レボフロキサシン再開
(c) メトロニダゾール中止
(d) グルココルチコイド投与
(e) 免疫グロブリン製剤投与

2024年度セルフトレーニング問題 日本内科学会

アセスメント

診断

メトロニダゾール脳症

長期間のメトロニダゾール投与後に、小脳失調症状が出現したという病歴だけで、すぐメトロニダゾール脳症を疑えますね。
まず身体所見で、小脳失調所見があることと、他の経路(錐体路や深部覚)の障害でないことを確認します。メトロニダゾールで末梢神経障害もきたし得ますが、このケースは糖尿病があるため、両側アキレス腱反射低下は、糖尿病性ニューロパチーの影響かどうかわからないですね。
採血では、ほとんど異常なく、ウェルニッケ脳症じゃないということを言いたいのだと思います。入院中で食事が取れていれば、ビタミンB1が欠乏する可能性は低そうです。
MRIで典型的な所見を確認できれば、確定です。

MIE

J Hospitalist NetworkのClinical questionのスライドがよくまとまっているので紹介します。

メトロニダゾール脳症(MIE: Metronidazole induced encephalopathy)とは
メトロニダゾールによる中枢神経障害のこと。
症状:小脳失調(75%)、意識障害(33%)、痙攣(13%) など
メトロニダゾールの代謝産物によって神経組織の損傷が生じるのではないかとされている。

MNZの総投与量

メトロニダゾール脳症を発症した7名のMRI画像を分析したこちら(AJNR Am J Neuroradiol . 2007 Oct;28(9):1652-8.)の文献によると、

  • メトロニダゾールの平均総投与量は、平均 38.7 日 (14~90 日) の間に 58.1 g (21~135 g)

  • 神経症状発現までの平均投薬期間は 25.4 日 (11~52 日) 

とあります。
このケースの場合は、
投与期間は、2ヶ月(およそ60日)
総投与量は、およそ90g(=1.5g/日×60日)
神経症状発現までの投薬期間は、およそ50日
となります。
メトロニダゾール脳症を起こしてもおかしくない投与量・投与期間ですね。

頭部MRI画像

AJNR Am J Neuroradiol . 2007 Oct;28(9):1652-8. Figure 1A FLAIR
AJNR Am J Neuroradiol . 2007 Oct;28(9):1652-8. Figure 1B DWI
AJNR Am J Neuroradiol . 2007 Oct;28(9):1652-8. Figure 1C ADC map

解答

(c) メトロニダゾールの中止

治療

多くは、メトロニダゾールを中止するだけで改善します。
不可逆性の脳症をきたした報告もあるようですが、試験的には「可逆性」と覚えていて良いでしょう。
MRIの所見も基本的には可逆性ですが、部分的に(特に脳梁部は)残ることもあるようです。

感想

問題文で、「椎間板の培養を採取した」とあるのに、「脳脊髄液培養の結果」が出ていて、???となった。実は、ルンバールもしていたのか? こ、硬膜外膿瘍もあったのか?

化膿性脊椎炎の起因菌として、一般的なのは

  • 黄色ブドウ球菌

  • 腸内細菌科(特に大腸菌)

  • 腸球菌

  • コアグラーゼ陰性ブドウ球菌

約30%の症例で病原体を分離できないことがあるとされている。
嫌気性菌は稀だし、大腸菌などと共感染していることが多いらしく、嫌気性菌単独の場合は、先行抗菌薬投与の影響も考えられるそう。糖尿病患者は、嫌気性菌感染のリスクである(このケースも糖尿病既往あり)。

治療期間は最低でも6週間以上とされており、不必要な広域抗菌薬を長期投与しないためにも、起因菌の同定は重要
専攻医時代、当直帯で入院した化膿性脊椎炎のケースで、血液培養採取後、広域抗菌薬投与を開始したことがあった。翌朝のカンファレンスで上級医に「あ〜投与しちゃったか〜」と頭を抱えられたことがあったのを思い出す。
その時、病変部位からの培養検体を採取してから、抗菌薬を開始するべきと習った。血液培養だけでは起因菌を同定できない場合があるためである。
もちろん敗血症を疑うバイタルサインや全身状態であれば、待つべきではないが、化膿性脊椎炎は、患者さんの訴える痛みが強くても、全身状態は比較的良く抗菌薬投与を待てる場合も多い。(抗菌薬は待つとしても、鎮痛薬はすぐ、しっかり使う)

このケースは、病変部位からの培養検体を採取してるのは良いなぁと思う。
糖尿病だから嫌気性菌も最初からカバーしておきたかったのか。とはいえ、LVFXで腸内細菌科、MNZで嫌気性菌はカバーできてるけど、起因菌で最多のグラム陽性球菌カバーが弱すぎない
SBT/ABPCでいいんじゃないか、という気がする。私だったら、PICC入れてSBT/ABPCを選ぶ。
嫌気性菌が起因菌と判明した後も、そもそも長期間投与することが決定している中で、脳症のリスクがあるMNZは選択しづらいと思う。
このケース、LVFXとMNZ、両方内服だったってことは、点滴継続が難しい感じだったのだろうか。せん妄でルート抜針しちゃうとか…?

メトロニダゾール脳症とは関係ないが、このケースで気になるは、Bacteroidesがどこから侵入してきたか?である。血液培養の結果はどうだったのだろう。
化膿性脊椎炎の痛みが治り、検査の姿勢が取れるようになったら、下部消化管内視鏡検査で、腸内のバリアが破綻しているところがないか(実は大腸がんがあった、など)検索することをお勧めしたい。
もし、Bacteroidesじゃなかったとしても、66歳なら、大腸癌検診受けてますか?は確認するけども。

参考文献

Bacteroides fragilisによる化膿性脊椎炎のCase report
Am J Case Rep. 2022 Jun 16:23:e936179.
このケースでは、カルバペネム系&メトロニダゾールを12週間も使ってた。脳症起きなくてよかったね…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?