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2024年度セルフトレーニング問題を解いていく!(7)〜肺塞栓の診断 CPR&TTE&ACP〜

急性期病院で9年間総合内科医として働き詰めるも、ヘルスケアスタートアップに転職したため、総合内科専門医試験の受験資格がなくなってしまった10年目の総合内科医です。
出願取り消しの連絡が来るまで今年受験するつもりでいたので、セルフトレーニング問題(日本内科学会発行)を試験対策のため購入していました。
もったいないので、自分のアセスメントを加えながら解いていきます。誰かの役に立てば。


問題:73歳女性、労作時呼吸困難

問題文は一部改変し、画像は載せず、その解釈を加えて記載します。

73歳の女性、3日前からの労作時呼吸困難、動悸、右下肢(問題文ママ)の浮腫を自覚し、徐々に悪化するため来院。
4ヶ月前 原発性肺腺癌StageⅣB期と診断→外来で抗癌化学療法
1ヶ月前 治療抵抗性(PD)→BSCの方針
現症:意識清明。PR 116/分, 整. BP 94/50 mmHg. RR 24/分. SpO2 92%(r.a)
心音、呼吸音に異常なし。左下腿浮腫あり。
検査所見:CEA 25ng/mL
胸部造影CT:両側肺動脈に血栓あり。(右はA5あたり、左はA4あたり)
下肢造影CT:左膝窩静脈に血栓あり。
この患者で"見られない"検査所見はどれか。1つ選べ。
(a) PaCO2高値
(b) A-aDO2開大
(c) Dダイマー高値
(d) 心エコーで三尖弁逆流
(e) 肺血流シンチグラムで両肺に欠損像

2024年度セルフトレーニング問題 日本内科学会

アセスメント

肺癌StageⅣで、BSCの方針となっていた患者が、下腿浮腫、呼吸困難で受診したら、肺塞栓症を疑う。
バイタルサインも、頻脈、血圧低下、呼吸数増加、低酸素血症を認め、矛盾しない。
身体所見はあっさりで、下腿浮腫のみ(患者が自覚していたのは右下肢、身体所見で浮腫があったのは左下腿。誤植かな?)。

一応、頸静脈怒張ⅡP(Ⅱ音の肺動脈成分)亢進傍胸骨部での右室拍動といった、右室負荷所見が見られることもあるようだが、いずれも感度は低く、特異度が高い所見である。

ジェネラリストのための内科診断リファレンスより p270

造影CTでは、膝窩静脈と肺動脈に、血管内の造影欠損像を認めている。

診断

深部静脈血栓症および肺塞栓症

解答

(a) PaCO2高値 ❌(見られない所見)

easy問題ですね。

PEの病態

低酸素血症を起こす原因を、病態で分類すると、

  1. 肺胞低換気

  2. 換気血流比不均等

  3. 拡散障害

  4. 右左シャント

  5. 吸入気酸素分圧低下

の5つになる。

日本緩和医療学会 がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン(2016年版)
呼吸不全の病態整理

A-aDO2(肺胞気動脈血酸素分圧較差)は、
肺胞気酸素分圧(PAO2)と動脈血酸素分圧(PaO2)の差で、
肺胞レベルのガス交換障害を判定する数値である。

肺胞低換気は、ガス交換障害はないので、A-aDO2は正常(開大しない)。しかし、CO2が溜まる、Ⅱ型呼吸不全である。

その他の病態は、Ⅰ型呼吸不全で、肺胞の酸素分圧と動脈の酸素分圧の差が開大している(A-aDO2開大)。

PEの病態は、血栓が肺動脈に詰まることで生じる「換気血流比不均等」である。したがって、A-aDO2は開大する(肺胞内は酸素分圧高いが、動脈の酸素分圧は低い)。

Clinical Prediction RuleとD-ダイマー

まず、PEを疑った場合、血行動態が不安定か、安定しているかで動き方が変わる。
不安定な場合は、まずベッドサイド心エコーをする。

  • 右室負荷所見がなければ、他の疾患を考える(普通に他のショックの原因を評価していく)

  • 右室負荷所見があれば、PE scan(造影CT)を検討(CT検査に耐えられる循環動態かどうかも考慮に入れて判断)

2019 ESC guideline on Acute Pulmonary Embolism(Diagnosis and Management of)
Figure 4

血行動態が安定していれば、焦らず、Clinical prediction rule(CPR)を用いて、その患者がPEである事前確率を見積もる。

ここで用いるCPRは、Wells criteriaPERC rule(criteria)である。
JSEPTICの多施設ジャーナルクラブのスライドがよくまとまっていてわかりやすいので引用する。

JESPTIC Journal Club
肺血栓塞栓症-2019 ESC Guidelineより-
東京ベイ・浦安市川医療センター 菅谷先生

ここでのポイントは、

  • D-dimerを用いずとも、Clinical prediction ruleで事前確率高いなら、そのまま画像評価しちゃって良い。

  • D-dimerを用いずとも、Clinical prediction ruleでPEを否定できるケースがある!

  • Clinical prediction ruleとD-dimerを組み合わせると、造影CTを実施せずに、PEを否定できるケースがある!

というところだ。

Wells criteria
- DVTの臨床所見 3pt
- PE以外の診断の可能性が低い 3pt
- HR>100 bpm 1.5pt
- 1ヶ月以内の手術or安静 1.5pt
- DVTやPEの既往 1.5pt
- 喀血 1pt
- 半年以内の悪性腫瘍 1pt
0〜1pt:low risk
2〜6pt:moderate risk
7〜pt:high risk

PERC rule
- >50歳
- HR≧100 bpm
- SpO2<95%(r.a)
- DVT既往
- 最近の外傷・手術歴(4週間以内の入院・挿管)
- 血痰
- 外因性エストロゲン
- 片側性の下肢浮腫
1つでも当てはまるかどうか

Wells criteriaでlow/moderate riskかつ、PERC ruleで1つ以上当てはまれば、D-dimer検査を行う。

この時のカットオフは、年齢調整したものを用いる。
スタンダードの基準は、500 μg/Lだが、
50歳以上の患者では、年齢×10 μg/Lをカットオフとする。

病院によっては、D-dimerの検査項目オーダーが2種類あるかもしれないが、選ぶのは、Dダイマー(ELISA)と書いてある方なので、注意。もう一方の方は、単位が違うので、このカットオフ値が使えない。

心エコー所見

PEで見られるエコー所見はESC guidelineのシェーマがわかりやすい。
この中でも、特にMcConnell signと60/60 sign、右室血栓は特異度の高い所見である。

2019 ESC guideline on Acute Pulmonary Embolism(Diagnosis and Management of)
Figure 3
  • McConnell's sign(マッコーネルサイン)

右室自由壁の壁運動が低下しているにも関わらず、右室心尖部がペコペコ動いているように見えること。右室は圧負荷に対して弱く、拡大して壁運動が低下するが、右室心尖部は左室の収縮に引っ張られて動く。

こちらの動画がわかりやすい。動画内では、短軸像でのD shape(右室拡大により、左室が圧排され、心室中核が平坦化している所見)についても触れられている。

  • 60/60 sign

    • 右室流出路波形の開始から最大流速までの加速時間(AcT: acceleration time)<60msと収縮中期のnotch

    • 三尖弁逆流圧較差(TRPG)<60mmHg

この2つの所見が同時にあることを60/60 signと呼ぶ。
こちらの動画がわかりやすい。TRPGと右室流出路のAcT計測方法が解説されている。

せっかくなので、他のPE関連エコー所見で私が好きなやつも紹介する。

  • TAPSE(タプスィー:三尖弁輪収縮期移動距離)

右室の長軸方向の収縮機能を評価する方法の1つ。
心尖部四腔像で自由壁側三尖弁輪をMモード で描出し,その移動距離を計測する。 16 mm未満で右室収縮機能低下と判断する。
この動画が最高にわかりやすい、最高。余計なものは入れない、超熟的動画。
4ch viewが綺麗に描出できて、TAPSE計測できたときは、気持ちいい。

TAPSE計測できたらS'も計測できるので、このままついでにS'も見ていってください。

  • S'(エスプライム:三尖弁輪収縮期最大移動速度)

四腔断面像で、組織ドプラ法で自由壁側の三尖弁輪の収縮期最大移動速度を計測する。10 cm/s以下で右室収縮機能低下と判断する。
この動画主は最高すぎる。英語がわからなくても大丈夫。端的で超絶わかりやすい。

肺血流シンチグラム

Acute PEを疑っている状況では、肺血流シンチは、造影CTが禁忌の症例や、CTを撮影しても結論が出ず追加の検査が必要な症例で行われる。
わたし自身は、Acute PEを疑っている状況で撮影した経験はなく、肺高血圧症の鑑別で、CTEPH(慢性血栓塞栓性肺高血圧)を調べるときに使ったことがあるくらいである。
この問題のケースでは、両側の肺動脈に血栓があるように見えるので、
(e) 肺血流シンチグラムで両肺に欠損像 ⭕️
と判断する。

でも、PEを疑いすぎていると、本当は血栓なんてないのに、造影CTでなんでも血栓に見えてくるんですよね。一人が「これ、血栓じゃね?」と言うと、他の医師も「た、確かにそんな気がしてきた…そうですね!PEですね!」と言い出す不思議。あれ、なんなんですかね?(アンカリングバイアスですね。)経験ある方いませんか? 

感想

この問題、解答出すのは、秒でできると思うんですが、もう少し、ケースについて考察を深めたいと思います。
試験問題の作問って本当に大変だと思うんですが(色んなところに気を回さないといけない)、個人的にはちょっとここ気になるなぁ〜ってところが3つあります。

① 血行動態不安定だし、high-risk患者だし…

このケースは、バイタルサイン見ると血行動態、やや不安定っぽいですね。なので、すぐエコーして、造影CT行くパターン。造影CTするかどうか、D-ダイマー測って待ってる余裕はないですね。
仮に循環動態安定してたとしても、Wells criteriaのうち以下を満たすため、
- DVTの臨床所見 3pt
- PE以外の診断の可能性が低い 3pt
- HR>100 bpm 1.5pt
- 半年以内の悪性腫瘍 1pt
合計:8.5点でhigh riskになります。
上のフローチャートを見てください。D-ダイマーは測るまでもなく、画像評価に進んで良いです。
重箱の隅つついている自覚ありますが、選択肢に「Dダイマー高値」を入れるなら、問題文は「この患者で」ではなく「この疾患で一般的に」とする方がしっくりくる。まぁ、この患者でもし測ったとしたら絶対高いんだけど(それを見て「うん、そうだよね〜」ってなるだけ)、そもそも測らなくていいんだよな。

②なんでCEA測ったん?

D-ダイマーは3歩くらい譲って、全然測っていいわ、もう。上記のいちゃもんは忘れてください。急いでるときに、つい、ええいままよ!って感じでクリックしたり、最初から項目をセット登録してあることもあるし!(ええやんか、D-ダイマー1項目くらい測ってたって!PEやし!うん、うん、自分もやってもうてるときある)

でも、CEAは!CEAだけは!今、このタイミングで、測らなくていい!
もう肺がんって診断ついてるし!BSCだし!
誰も知りたくない!この数値によって、今後の治療方針変わらない!
その検査コスト、勿体無い!

③ PEの疾患知識を問いたいだけなら、BSCの患者じゃないケースにしてほしい(個人的な思い)

がんの末期で、BSC方針になっているケースは、確かにPEのハイリスク!を象徴するのだが、それだったらピル飲んで長距離フライトした若い旅客者とかでもいいじゃんか…と思う。

完全にいちゃもんだという自覚ありますが、BSC方針の患者が登場すると、Goal of careについてちゃんと患者さん・家族と医療チームとで話されてるかな?って気になってしまう。
問題文だけでは、この患者の日常生活の様子や好み、大事にしたいこと、避けたいことなどは全然わからないのだけど、話し合って決めたGoal of careによっては、

検査しない

という選択肢もあり得る。
動脈血採血や造影CT検査などは結構負担大きい。特に化学療法やってきた方だと、造影用の静脈ルート確保が難しかったり、普通の採血ですら、何度も針を刺され、とてつもなく苦痛だったりする。ましてや鼠径からの動脈採血なんか、めちゃ痛い。

痛くないように、苦しくないように、緩和治療をしましょう。
と言っておきながら、いざPEかも!というときには、痛い検査、苦しい検査をする。そこに矛盾がないか、ちゃんと考えたい。
心エコーは非侵襲的だ、というイメージがあるかもしれないが、「あっち向いて、今度はこっち向いて」と体位変換させられるしんどさ、冷たいゼリーをぐりぐりされるしんどさ、人によってはありマス。

いや、誤解しないでいただきたいのは、BSCだから何も検査しなくていいだろってことではない。BSCでも、検査、全然していいです。すべき時もあります!

  • Goal of careのために、必要かどうか

  • 患者さんが自分で決めたそのゴールのために、辛い側面を許容できるか

ちゃんと考えて、話し合うのが大事だってことを言いたいんです。

こんなシンプルな問題でも、思い馳せることがたくさんありますね...。
Clinical prediction rule、心エコー、アドバンスケアプランニング、自分の興味あるところ全部触れていったら、めちゃくちゃ長くなりました。

最後まで読んだ方はすごい、ありがとう。ありがとうございます。

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