(短編)探偵と不毛のネットバトル
註:カクヨム版の転載です。ほぼ同時に更新します(計4回更新予定)。
付記:全4回を更新しました。これにて完結です。
・
「また厄介事かい」
悩む僕に、友人。
「好き好んで呼び寄せてるような言い方、やめてくれないかな」
「じゃあ厄介事じゃないんだ」
「……厄介事で合ってる」
遠慮容赦なく笑い、友人は訊ねる。
「まあ、一度聞かせてみてくれよ」
ため息まじり、僕は説明する。
・
僕が話したのは平家の、それも壇ノ浦の合戦さながらの状況だった。
違いと言えばただ、トドメを刺されていないだけに思えた。
――そもそもの事件は、ごくありふれたものだ。
インターネット上に、ある才に長けた青年がいた。
実績や肩書があるでもない、けれども純粋に、その才は明らかだった。
青年は美少女を騙り、その才で数多の取り巻きを作っていく。
その中の一人に、SNSで自撮り晒しを繰り返す女子高生がいた。
姫扱い、と言っていいように思う。
青年と取り巻きの一部は、姫を囃し物を贈る。
姫の方も、扱いにまんざらでもない。
エスカレートした自撮りは、なかなかに刺激的な代物へと至る。
――ややこしくなるのは、この辺りからだ。
事態を見かねた一人が、ついには警察へと相談する。
その者は――恐らくはほとんど無害な類の――嘘つきだった。
少なくとも、刺激的な自撮りについて忠告する程度には。
嘘つきのとった、ひどく常識的な行動。
道理か気まぐれか、それは分からない。
ともあれ警察は動き、姫は補導される。
ところがこの嘘つきは、一方で青年と親しくもあった。
前年に通販サイト経由で誕生日プレゼントを贈り、その際に住所が知られてもいた。
無害な嘘つきは追われ、一連の警察沙汰さえも、嘘であるかのように触れ回られている。
肝心の姫のアカウントは消え、自撮り写真はもはや、跡形もないように見える。
何を思ったか、そこで依頼人は、面識ある嘘つきを庇い出す。
面識を認めた上で、嘘つきだがこれは事実なのだと。
よりにもよって、最悪のタイミングで。
およそ勝ち目のあるやり方ではない。
無為にやり込められた依頼人は、しぶとく復讐の機会を伺っている――。
僕が関わる羽目になったのは、そんな時のことだった。
・
嘘つきと僕とに、直接の面識はない。
ネットでのやり取りはたぶん、一度二度のはずだ。
内容さえ覚えていない、相手が覚えているかどうかも疑わしい。
依頼人には警察に行けばいいと言ったが、それは相談済みだという。
嘘つきの方は既に警察が守っており、特に心配はない。
問題はだから、嘘つきの行為の正しさと言うことになる。
嘘つきの恐らくは、ただ一度のまともな行為。
けれども。
それが真実だったと知らしめて、どうという事はない。
嘘つきは嘘つきであり、たまにまともな事もやったと言うだけだ。
端的な評価として、そう差はない。
そもそも、嘘つきが嘘つきであることを前提として、果たして誰が信じるのだろう。そんなことはただ、面倒なだけだ。
ゆえに。
多少救われるのは見も知らない相手の、それもネット上の風評だけ。
実害は今のところなく、特に実名と結びついているでもない。
こうして見ると、前提からして不毛そのものだ。
「……でも、この依頼人がね、『気になって原稿が進まないなあ』てさ……」
悪あがき、と僕も目に見えてはいるのだけど。
浮世での関係はいかんともしがたい。
「つまり君が協力しないと、君が必要とする原稿を書かない、とこう言う訳だ」
けれども友人には、容赦というものがない。
「一体それは、強迫とどう違うのさ」
「……それは。いや、でも……」
「まあいいさ、痛い目に遭うのは君だからね。相手の一方は補導されたし、先を予測して警察にももう届けたんだろう? 特に補導された事実、こいつは面白くこそないが、重要な情報だね」
「……と言うと?」
「警察もそう愚かじゃない、フィクションのそれよりはね。何かの間違いで未成年を補導しました、この度は大変すみませんでした、それじゃあこのご時世、なかなか通らないんだよ。特にゴシップに飢えてるような片田舎ではね。担当の名前つきで、地方紙の片隅くらいには載るかも知れない。片田舎での風評はそれなりに致命的だ。だからよほどの事がないと動かない、動いたら既に何かあったと見ていい。たとえ補導であってもね。こいつはかなりの確率で言い切れることさ」
「なるほど。まあ、向こうも仕事だからね……」
「そう、向こうも仕事、たいていは凡人が凡人を取り締まるだけの、純然たる仕事だ。その場をおさえられたか、余程に露骨な証拠があったか。いずれにせよ、何かあった、と考えるのが知恵というものだ。そしてそんな、ごく普通の可能性に思い至れないなら」
一拍の間。
「この相手に、よほど上手く誘導されてるのかも知れないな」
・
「それで、その……」
この件に助力をとは、即座に言い兼ねた。
圧倒的不利。巻き返したとして、あるのは不毛。
「嫌だね」
友人は即答だった。
「要は同類だろう」
またもや、容赦のない言葉。
「派手な自撮りを行う未成年を庇う輩たちと、仲間の常習的虚言者を庇う輩たち。建前の大小はどうあれ、はた目には立派に同類さ。あるいは、君もお仲間かい?」
「いや、僕は……」
「まあ仮にだよ、万が一これから何かやる気になったからと言ってだ、嘘つきのためでも依頼人のためでもないこと、それは忘れないでいて欲しいね」
いまはまだ気が向かない。
ひとまずは、そう受け取ることにした。
「助かるよ」
「助けになるとは思えないがね」
・
数日後。
『ひとまず掲示板に画像を張った』
依頼人からの連絡に、僕と友人はその場所を確認する。
石ころ並の武器でもいいから、ともあれ投げる気になったらしかった。
掲示板のURLを見ると、なるほど、確かに画像へのリンクが張られている。
「素人だね。ドを100個つけてもお釣りがもらえない、それどころか全然足りない」
「これで何か問題が?」
「張ること自体は問題じゃないさ。こう言う場所じゃ、誰が張ったかなんて明言でもしなければわからないんだ。でもそんな機会そうはない。だから誰が張ったか分からず、何があるかも知れない。そんなURLを、ノコノコと君は踏むのかい」
「……踏まないね」
「間抜けが踏む。間抜けは間抜けなりに画像が何かを察し、これは危ないぞとわざわざその場で書き込んで報告してくれる。その報告が何故か連鎖し、ついには相手を追い込む。恐ろしいね、恐ろしく気長だ。気長すぎてとっくにこの件を忘れてそうだ。つまり、この張り方じゃ無意味なんだ。もしやるなら、リンク先の画像が直接表示される場所にUPするんだね」
「この内容、伝えてもいいかな」
「そのことは止めないがね。しかし君、はっきりとこいつは無駄骨だぜ。この程度のレベルで誰かとやり合うの、ハイハイ歩きの赤子を世界一周させるようなものさ。それもいい歳の赤子と来る、可愛げすら無いだろう」
「うん、覚えておくよ……」
「覚えるだけじゃなくて、今すぐこいつとも縁を切るべきと思うがね。純粋に能力だけを見るなら、君が組むべきはこの相手の方だよ。まあ、こいつの投稿を見るんだね」
大井川が女子高生ファンを可愛がり(わかる)→
やがて派手な自撮りを煽るようになり(まあわかる)→
そこで死ぬほどヤケになった大井川が(?)→
ツイ文芸部総出の花火で有耶無耶にしようとした(???)
「リンクが張られるでもないし、単なる投稿に見えるけど」
「いや、これはなかなかのやり口だよ。あくまで君曰くのだが、君の味方とは大違いだ」
もう一度、投稿を見る。
僕には本当に、何気ない投稿に見える。
「済まないけど、解説を頼めるかな……」
「まず、今やっているネットバトルという奴、これは個人によって把握していることが全く違う上、全体像を把握するのも著しく困難だ。数ヶ月経てば忘れる類のしょうもない出来事に、仔細な記録係がつくことはほぼ無いからね。この大前提をおさえた上で、こいつは的確にそこを突いてるんだよ。審判も記録係も不在のところに、自分からその役を買ってみせてるのさ。最初の内は本当だが、後の方になると言ってもいないことに疑問符をつけ、自分の正当性を演出してる。雑魚を大げさに叩く、一種のワラ人形論法って奴だね。そして面倒事でも最初の方なら、まだ何とか追える人間は多い。そこで書いていることが本当なら、後の方もそうと信じたくなるのが人間というものだ。手慣れたものだね、一朝一夕で身につくものじゃない。短期間で身につけたのだとしたら、それはそれで大した才さ。もっとも、この手の煽動にしか使えない技術だが」
僕は驚いていた。
真偽をはっきり言えるからには、この短期間に全体像を把握したことになる。
それはつまり、各人の投稿を読んだと言うことなのだろうか。
あまりに雑多な、気の遠くなる量の文を。
「いや、そこまで分からなかったな……」
「リンクを張るなんてまどろっこしい真似も、こいつはしてないだろ。分かってる奴と、全くダメな奴の違いだよ。まあ誰しもに察されるようじゃ、真に手練とは言えないからね。こいつは邪悪だ。しょうもない悪事をもみ消すため躊躇わず一人追い込む程度には邪悪で、頭が切れる。その辺りを熟知してないと、いい様にあしらわれて終わりさ。熟知していても大抵は無理だがね。相手は手練で、君の側は――とひとまず言っておくが――知能も状況も既に百歩は出遅れてる。先に悪印象を作られちゃ、言い分すらまともに聞いてもらえない。今さら何を悪あがきしているのか、そう思われるのが関の山さ。つまりはほぼゲームセットって事だよ。こいつをひっくり返すには、余程明らかな証拠がないとダメだぜ」
探偵の予想した通り。
石ころは、石ころのままに終わる。
・
それから数日というもの、僕はずっと頭を抱えていた。
そしてそれは、全く無理もない事と思われた。
事件当時の姫のアカウントは数ヶ月前に消えている。
といって今さら、表で過激な自撮り写真をやり取りする者はいない。
その位の想像は、いかな僕でも容易につく。
無論と言うべきか、新しい姫のアカウントは非公開だ。
こんな状況で、依頼人に都合のいい変化があろうはずもない。
一応の凪、穏やか状態なのがかえって不思議なくらいだ。
ただ首謀者たる青年だけは油断せず、過度に嘘つきの危険を触れ回っている。
嘘つきは嘘つきでしかなく検証するまでもない、相手にさえしてはならない――。
そんなもっともな理屈で、嘘つきの一度きりの事実は葬られようとしていた。
八方塞がりの状況を打開するだけの、誰にも明確な事実。
そんなものは既に、どこにも無いように思えた。
依頼人はそれでも、何を根拠にか、世紀の策謀を練ったつもりでいる。
これを徒労と言わないなら、徒労とは辞書に不要な言葉なのだろう。
僕が当て所ない捜索をいくら続けようと、まるで実りはない。
事件にも約束の原稿にも、やはり進展はない。
・
さらに数日後。
依頼人はまた、新たな策を思いついたらしかった。
『大井川は●す』
『ビビって内通者が複数出たから、ひとまずブログを作ってる』
『ブログ主・蕪村さんの正体は、新進気鋭の評論家・木野さんでした~』
「救いようのない馬鹿だね」
「悪くない人選、と思うけど……」
本当に、そうは思うのだけど。
この頃になると、僕の方の自信はほぼ無くなりかけていた。
「馬鹿なのは書いたこいつだよ。仲間だ何だと油断して、いい気にブログの書き手までしゃべる必要はないのさ。そもそも手元の情報のいくつかは、相手側に内通者たちがいたから入手できたものだろう? 自分たちが違うという保証などない、固い絆などとでも言い切るなら、それは一切が自惚れに過ぎないよ」
その台詞に、思いがけず僕は不安を覚える。
友人は果たして、どんな場をくぐり抜けて来たのだろう。
僕のところへ流れ着く前に。
「この調子だと、たとえば君が、はっきり乗り気でなかったことも既に忘れてるだろうさ。君と嘘つきとにほぼ接点がなく、義理立てする動機がないのもね。依頼人の側は君のことなんてどうでもいい、ただ安く使える、有能な奴の手助けが欲しいだけだ。これだけでもう、どうしようもない奴らと分かるさ」
さすがに僕も意気消沈する。
たぶんその通りなのだろうと察したからだ。
「このブログにしても、状況をひっくり返すだけの材料に乏しい。いくら本当であっても、それだけじゃダメなのは君なら分かるだろう。この話はもうこれで終わりさ」
そしてまた、その通りになった。
事態は表向き、何も動かなかった。
・
「あまり言いたくはないけどさ、いい加減にしたらどうだい」
3ヶ月後。
僕はまだ、この下らない事件に付き合わされていた。
事態としては何も進んでいないからだ。
依頼人は飽きることなく、日々日々無駄骨を重ねている。
もはや徒労との意識もない、ただただこの苦行を止めたかった。
「僕にだね、君まで愚かとは思わせないで欲しい」
「ごめん……」
友人を失望させたのは確かだろう。
さすがにそれは、認めざるを得なかった。
「謝る必要はないさ。だが正直なところ、見るに耐えないのは確かだ。うん、一度だ、一度きりだけ、手を貸す。でもこの件はこれで終わりだ、以後何も見ない、何も言わないものと思ってくれ」
「……約束するよ」
「君の方の約束なら信じられるね。よし、じゃあ、片付けるとしようか。全員あわせても切れるのはこいつ、邪悪な一人だけなんだ。消えた姫のアカウントのIDは分かっているんだろう? 他からいくらでもボロは出てるさ」
「でもこのサイト、使ったことは? そりゃ、見てはいたんだろうけど……」
僕の問いに。
ややあきれた顔で、友人は言う。
「何のために君がいるんだい、早速頼むよ」
・
説明には僕のアカウントを使うことになった。
舞台であるサイトについて、一通り主な機能を説明する。
140字以内の文章を投稿すること。
各人の投稿の集合でTLが構成されること。
1対1や複数での会話もできること。
DMという簡易メッセージ機能があること。
諸々を説明するそのたびごとに、どうにもな生返事が来た。
「消えたIDなら分かってる、なら中身も追えるはずなんだ」
そんな友人に変化があったのは、しばらくTLを眺めていたときだった。
「これ、どう言う意味なんだい」
大草原である
RT @XxxYyyZzz 草不可避
@の文字と半角英語、それに文。
ただし、@の後はリンクになっていない。
「ああ、これはリプライ、相手にだけ飛ばす会話文だよ。@の後がIDで、通常はここが相手アカウントへのリンクになる。でも、会話の後に相手がIDを変えたりするとこうなるんだ。色が変わってないのがその証拠」
「自動では消えないのかな」
「自分で消さない限り、そのはずだけど」
わずかに目を見開き。
遅れて現れる、思案する顔。
「なら、裏が取れる」
「どういう事?」
「説明は後、と言うより見れば分かる。そのキーボードを貸してくれ。これでこう、検索すると、だ」
タイプ音と、一瞬遅れてのEnterキーの打鍵音。
ほどなく、検索結果が現れる。
「見たまえ」
絶句する文章が、モニターに広がっていた。
「相手の親玉、こいつはね、邪悪ではあるが頭はまあ回る。ただやり方がどうにも感心しないだけでね、才の行き場所が見つかるといいんだが。だが周囲、これは本当に凡人、所詮は烏合の衆さ。自分で善悪を判断するだけの頭もない、調子合わせがせいぜいのね。こう言うときに足を引っ張るのは、えてしてそう言う奴らなんだよ」
「いや、でもこれは……」
凡人だから、ではたぶんない。
思いつけない。いや思いついたとして。
こんなの、防げる訳がない。
「剥がされた化けの皮って奴だね。どんなに酔っていても最低限、大通りで裸にならない程度の知性は欲しい所だ」
@konohayawa 私はこのローターになりたい
@konohayawa いっそ全部脱いで!!!
@konohayawa 時間3万! 円光!!!
@konohayawa 高校卒業したら相場は2時間2万だよ……
@konohayawa 撮る角度工夫すれば見方かなり変わりそう
@konohayawa これはギンギンですわ
@konohayawa 本当、いつも綺麗な胸だねー
@konohayawa ニーソで応えてくれてありがとー! 何か贈るわ
反応があまりに多かったため、ここでは比較的マイルドなものを抜粋する。
「派手に残してくれたもんだ。この様子だとたぶん、他にもいろいろ残ってるだろう。問題の画像も見つかるかも知れないぜ」
「ど、どうやって?」
「それはだね」
――この時とった方法についての非公開を、読者の皆様にはお許し頂きたい。
友人と相談した結果、こちらの方法にははっきり害があるとの結論になった。
ただ結果として、数々の収穫があったとだけ述べておく。
「画像の加工は厳禁だよ。こちらの方は事実なんだ、後は疑われないための細心さだね。やるとすればせいぜい、線を引いて強調するくらいだ。それもあまり好ましくないが。丸、そうだね、丸のマークがいい。もしくは楕円で強調すれば、字面を一切加工してないと分かるんじゃないかな」
・
「証拠としてはこれで十分だね。さて、君はどうする?」
「そりゃ、この情報を渡すさ」
言って友人は、やや複雑な顔になる。
その選択はどうなのかと、疑問視する顔。
「すぐにかい? そいつはお薦めできないがね」
「……どういう事?」
「まだ分からないのかい、それとも分からない振りをしてるのか」
友人の言い方は、あくまで穏やかだった。
「この情報を渡したら、だ、君はもう用済みなんだよ。この依頼相手、あくまで君曰くの味方にとってはね」
「……そんな」
「違うかい? 違わないことくらい、薄々でも察してるんじゃないか。君はせめて、先方の仕事とこの情報を引き換えにすることだよ。無論、先渡しなんて論外だ。この件に関して、君が渡そうとしてる相手は純粋に愚かなんだ、愚か者にはこんなこと、100億年かけても思いつけやしない、だからこのカードで交渉としては十分さ。もしそれが無理というなら、そうだね、せいぜい仔細に記録しておくことだね。いつの日かこのことを思い出したなら、君の原稿の足し位にはなるだろうさ」
無言。
そんな発想などなかった、とは言っておかねばならない。
この時の僕はただ、一刻も早く、この馬鹿げた争いから去りたいだけだった。
「繰り返すようだが、僕はさっさと縁を切ることをお薦めするね。倫理で言えば、両方ともはっきりロクなものじゃない、相手にすればするだけ、損するのがオチさ。そもそも能力で言えば相手側、すなわちあの一人の方がはるかに上だ。それにこんなこと、勝ったとして何もないんだよ。下らないことには最初から現うつつを抜かさないことさ」
「そんなことはない、と思うよ……」
今にして振り返るなら。
僕の側のそれは、単なる願望だったのだろう。
・
ええっと、なぜか自分も登場してますが、
ちょっと大変なことになってますね……
http//ooigawasinjit.jp
10:39 - 2016年9月12日
依頼人の白々しい台詞とともに、第二の幕は上がった。
一幕目との違いは、動かぬ事実という爆弾があったことだ。
今度のそれは、文字通り痛打だった。
存在した確たる証拠。そして内通者たちから寄せられた、作戦会議の現場写真。すべては嘘つきの戯言――そう言い張り誤魔化すには、証拠の多さは限度をこえていた。界隈への外部からの視線は、ほぼそのまま白眼視へと変わる。
性的な単語が踊る赤裸な会話に、秘密会議での特定住所への訪問示唆写真。それらを一体、どんな理屈で正当化できるだろう。もう一度言おう、「全部嘘だ」は通らなかった。
捏造だとの声も上がらなかった。より正確には、上がる前に消えた。事態に耐えかねた一人が、あれは本物だが云々と口を滑らせたからだ。追い打ちにと入手していた露骨な自撮り画像は、相手が未成年であることを考慮し扱わないことになった。
相手側は大混乱に陥り、自白する者まで出たとは既に述べた。首謀者の青年のアカウントを含め、現在までに少なくとも7つが凍結されている。無論この件だけのことではないだろうが、関係した内の大勢が消えたのは事実だ。依頼人側の凍結者はゼロだったことも、この際つけ加えておこう。
界隈は、全面的には瓦解しなかった。一切賛同しかねる存在ながら、やはりあの首謀者は頭が切れていたという事なのだろう。行方知れずの者から新アカウントを作った者まで、その現状は様々である。
混乱のその時、僕は関わりたくない人間を遠ざけ、また遠ざけられもした。そんな中、本当に仲がよかった一人がネットから姿を消したのと、時間の浪費を遠因に二十数年来の友人との仲が切れたのはかなり辛い経験だった。今でもまだ、その時の傷が癒えたとは言いがたい。
害のない方の嘘つきは、新アカウントで細々SNSを続けていると聞く。恐らくはまた、他愛のない嘘をつき続けているのだろう。
補導された女子高生のことは知らない。何事もなかったなら、どこかの大学に進んでいるはずだ。願わくば、持ち上げた人間たちの元を離れ、ごく平凡な生を歩んでいることを。
後日談として。
諸々の見立てに関しても、友人が正しかったと付け加えておこう。
「邪悪であるが頭は回る」青年は、創作に力を入れ小説を出し続けるようになった。肩書としては正真正銘の新進気鋭、レーベル期待の星と言ったところだ。
依頼人は相変わらず、日々日々ネットバトルに明け暮れている。
僕と探偵への報酬は、2年後の今なお支払われてはいない。 (了)
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