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高校生の記録 数学マヂ意味無い

21/09/24

自分は数学がこの世で嫌いなものトップ3に入るレベルには嫌いである。だって二次関数とか不等式とか連立方程式とか、社会に出てどの場面でどう使う機会がやってくるんだ。今やらなければいけないのは評定をもらう為とテストでそれなりの点を取るために必死こいて参考書と何時間も睨み合っているわけだが、きっとこの知識は評定3.6が取れた瞬間に自分の数少ない脳のメモリから1番最初に削除されるファイルであるだろう。文系の自分にとっては古典の単語だとか、小難しい評論の単語とかの方がまだ頭に残り続けると思う。そうは言えども、もちろん自分とてこの世にバブった瞬間から数学及び算数が嫌いなわけではなかったと思う。そこで、自分はいつから数式を見ると目が霞むようになったんだろうと約10年前の記憶を手繰ってみたところ、最初に算数に苦手意識を抱いたのは小学校1年生の繰り上がりの計算だった。早スギィイ!!!
繰り上がりの計算ならば、恐らく入学して1~2ヶ月後にはもうやってるぐらいの範囲ではないだろうか。その時点から既に自分は算数、はたまた1桁の計算というものに対して苦手意識を持っていたらしい。まあ1桁+1桁で繰り上がりがある計算なんて限りがあるので、多分あの頃は、「こんだけなら覚えた方が早いわ!」と覚えたか、やっていくうちに慣れて答えを覚えたか、どちらかである。未だにたまに9+7を間違える。
よく数学が得意で国語が苦手な人間がこう口にする「答えが明確な方がやりがいがある。それに比べて国語は記述だと明確な答えが無いし、四字熟語とか漢字とか覚えるのがダルい」と。数学アンチの自分にとっては、答えが明確な分違った時にかなり心にダメージを受けてしまうから嫌いなのだ。国語の記述だとどこかには引っかかっていたりするので多少心のすり減りを防ぐことができると思っている。そして何より数学の公式は頭に入らん。漢字とかは1度覚えてしまえばなかなか抜けないのに、数学のサインコサインタンジェントだとか、直角三角形の比の公式だとか、何回覚えても1週間後にはもう忘れている。啓蒙主義のなんたらを早口で説明されてもそれなりに聞き取れるのに、三角比の仕組みをゆっくり丁寧に説明されても脳が理解するのを確固たる意思で拒むのだ。何度血涙を流しながら数学に寄り添おうとしたかわからない。しかしその度に全て拒絶された。もうしらん。数学が来い。ここまで幼稚な屁理屈とただの不満をぶちまけたが、答えが1発で合っていたときは普通にめっちゃ嬉しいし、普段「数学できるぜ~へへ~ん」とイキリ散らかしている奴より良い点数が取れた時にはもう脳内パーティー開催待ったなし。そういうときには、分からんと半泣きになりながら机に向かった時間も無駄ではないと思える。数学って死ぬ気で勉強したらほかの教科より取れるんだよね。すごい!私が!よし、ちゃんと褒めたんだから寄り添えよ数学

ーー下より日記ーー

今日は卓球をした。高校生が全力で卓球をするとなかなか盛り上がって楽しい。しばらくして誰が始めたか、一人ひとりに国の名前をつけてシングルスをするというオリンピックごっこが始まった。ちなみに私は中国だった。対戦している友人に対して上手いとか調子悪いとか、野次と声援が飛び交う中でプレイするのは少しオリンピック感があって楽しかった。今回のご本家オリンピックは無言だったが。次回はそれぞれの国の言語だけで会話したいらしい。無理だろ
今日は四限のみだっため帰宅。午後から何か勉強でもしようかと思ったが睡魔に勝てず午睡。目が覚めたら夕食の時間だった。

今回の数学へのヘイト文のように、自分が普段思っているけどなかなか口に出せないことをこうやって昇華できるのがこういう記録の良いところだと思う。自分の場合共感はいらないからただ吐き出したいだけのことが多いので、文章にするのは結構楽しい。ネットに投稿するというのもあって個人名や具体的な内容が書けないのが少し惜しいけれど、どうやっても「不特定多数」に向ける文章の形になるのでとても書きやすい。あとから自分で見返した時に日記アプリなんかで書いてると、誰に向けても書いてないから黒歴史になって、見返さないままアプリごと闇へ葬られる運命になってしまう。「考えたことをそのまま文章にする」という作業をしたい人間ーアウトプットしたいがそんなことできる人がいないぼっちともいうーにはnoteに日記を投稿することをおすすめしたい。まだ始めて3日だけどね。じゃあね👋

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