2021/01/25(未明-p.313)


 いつもは日記はポメラというパソコンのちっちゃい版みたいなら機械で日記を書いていて、これがすごくよくて、キングジムという文房具とかオフィス用品を作って売ってる会社で、ポメラは文章を書くのに特化した機械だから、noteに投稿してる文章のほとんどはポメラで打ち込んでる。去年の夏に毎日投稿してた「カフカ式断片的日記練習帳」という、めっちゃ名前の長い、ぐだぐだぐだぐだ言っているこの名前を変えたいんだけど、もう「カフカ式断片的日記練習帳」は過去のものだから今から変えるのは約束違反な気がする。だれの約束違反? 勝手に言ってるだけで別に変えたからといってだれかに断罪されることもないんだけどなんとなく約束違反な気がするから変えたいけど変えない、というか変えたくなるようないい名前も思いつかない。そのポメラでいつもは日記を書いているんだけど今日の日記はiPhoneのメモで書いていて、なんでポメラに書いていたかというと収集癖みたいなものがあってそれは自分の文章に対してもそうで、毎日毎日日記を書いていくとどんどん日記が溜まっていく。ポメラでは同じファイルにというか、今日の日記を書いたら2行くらい空けてすぐ下に翌日の日記を書いていたので、どんどん日記が連なっていって、その様を眺めると自分の収集癖が刺激されて楽しい。だから日記とか小説とかとにかく毎日文章を書きたい! って思ってるのはこの収集癖の原因もかなりあって、「書いて何かを伝えたい」とか「吐き出したい」みたいな気持ちがまったく無いかといえばそんなことはないんだけど、でもそれだけを燃料にしていると別に何も書きたくない、何も伝えたいことがない日は何も書けなくて困ってしまう。そういう日は自分の収集癖を燃料に書く。そもそも俺に伝えたいことなんかあるのか疑問で、作者も読者も俺ひとりだから、自分がそのとき書きたいように書いてるだけで「書きたいこと=伝えたいこと」ではない。伝えないことは特にない。全部自分のために、だ。

 (…)僕は僕の読みたいようなものを書いているのかもしれない、当たり前だが僕の書くものはまるで僕が書いたもののように僕の趣味によく合う。

 誰が読むんだこれ、という問いはナンセンスで、僕が読むんだよなこれを。(柿内正午『プルーストを読む生活』H.A.B、p.113)


 お客様のために、とかそういうことを言い出すからややこしくなる。「お客様のために尽くすことが私のやりたい事です」と言えば、「あなたはそれがしたいんですね。私はこれをしたいです」とみんなそれぞれ違う(違って当然)自分のやりたいを言えるのに、「お客様に尽くすこと」を絶対善にするから反発したくなる。「俺はそうは思わないよ」と言いたくなる。とにかく“たくさん書いた”ってことに悦があって、「毎日書く」ってことにしか興味がなくて、みうらじゅんのエロスクラップじゃないけど内容がアートじゃなくて“量がアート”だから、内容なんかどうでもよくて、1年間にたとえば1日原稿用紙10枚書いたとしたら1年で3650枚書いたことになる。3650枚なんて書いたことない。そんなことが自分にもできたんだ! って喜びと、その束になって分厚い原稿用紙3650枚分の紙の束を見て僕はニヤニヤが止まらない。1日で3650枚書くことはできないけど、1年かければなんとかなるかもしれない、でも俺は1日に10枚書くのはなかなかむずかしいので、1日5枚にしている。それでも1825枚だからとんでもない数だ。でも「今年は1825枚書こう」と目標を立ててしまうと数が大きすぎてやる気がでないから、とにかく「今日一日、5枚書く」ってことだけ。今日のことしか考えない。それが365日経ったら勝手に1825枚になってる。

 佐藤正午が、毎日小説を書いたらそれをプリントアウトして机のひきだしにしまう、という話を雑誌のインタビューでしてて、俺も真似しようと思って、書いた日記を即プリントアウトしはじめたのが去年の4月だった。それから毎日そうしてて、パソコンから原稿用紙になって、今は小学生用の漢字練習帳に日記を書いてる。冗談と思うかもしれないけど、本当に漢字練習帳に書いてる。原稿用紙はもったいないし、ファイルにいれて保管してるんだけど重たいし分厚いしで管理が大変なので、その点ノートは軽いし薄いし、原稿用紙は5枚重ねて、ポケットのファイルに5枚重ねて「1日分」として入れるから、1枚目の文章しか読めないけど、ノートなら日記を一望できる。

 ポメラにこの日記は書いてたんだけど、これからはiPhoneのメモに書いていけばいいかなってただそれだけの話でオチもなんなのもない。いま書いてる小説もオチがない、オチがないどころか何もまだ始まってないのにもう書くことがないかな? みたいな気持ちで、でも時間が経てばそのうちまた書きたくなる。

 自転車がパンクした話は何日か前に書いた。から駅へはバスで行ってるんだけど、帰りに乗ってたとき、「毎度ご利用いただきありがとうございました」は間違いじゃないか? と思った。「毎度ご利用いただきありがとうございます」じゃないと変じゃないか?
「毎度」ってのは「いつも」ってことでしょ? 「いつもご利用いただきありがとうございます」は分かるんだけど、「いつもご利用いただきありがとうございました」は変な感じがする。

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