2021/07/30(ガープ-p.107)


 証明写真を撮ってきた。外は雨が降っている、昨日のうちに洗濯しておいたスーツはちゃんと乾いていた、湿気も多いし、昨日の夜からちょっと雨がパラついたりもしていたからもしかしたら乾かないで生乾きで行かなきゃいけないかもしれないと思っていたけど大丈夫だった、10時に予約していたのに家を出たのは10時だった、9時58分の時点でまだ靴下を履いていなくてそのときに、
「遅刻確定」
 と思った。
 そういえば去年の証明写真を撮った日も雨が降ってて、もうあれから1年経つのか、そのとき撮ってくれたスタジオのおっちゃんは、
「必ず採用されるよ」
 と言ってくれたが採用はされなかったなぁ、どの写真にするか選ぶとき、硬いイメージの職種なので、フォーマルな硬い、キリッとした、しっかりした印象の写真にするか、ちょっと口角の上がっている柔らかい印象の写真のどっちにするか、となったとき、
「僕は体から出る雰囲気が暗めなので、柔らかいこっちの方がいいんじゃないかと思うんです」
 と言ったらおっちゃんは、
「あぁ! そうやってちゃんと自己分析できて、自分の意見もあるならそっちの方がいい。硬い方が王道ではあるけど、君がそう思うならそっちにしよう」
 と、言ってくれた。でもそのおっちゃんのせいではない、そのスタジオは小学校、中学校のとき、運動会とか合唱祭とか修学旅行、移動教室のときに写真を撮りにきてくれるスタジオだった。いつも来る「モッチー」というあだ名の、たぶん「持田さん」はメガネをかけていて、坊主っぽい髪型で、たらこ唇で、明るいというより騒がしい、元気なおっちゃんで、みんな、モッチーが好きだった。「はい、チーズ」の代わりに「モッチー!」と叫んでいた。「チーズ」を写真を撮るときに未だに使うけど「チーズ」では、「チー」のときは「イ」の口の形だから口角が上がるけれど、「ズ」と言った瞬間に口をすぼめてしまう。なんで「チーズ」が鉄板の掛け声になったのか、それで言ったら「モッチー」は「イ」の伸ばし棒で終わるのでこっちの方がいい。「俺の名前なにぃーー? せーのっ!」『モッチーー!!』みたいな掛け声だったんじゃないか?
 10分近く遅れて行った。中には同じくスーツを着た若い男の人が待合室で待ってて、たぶんこの人も就活の写真を撮りにきたんだな、と思った。
「ちょっと待っててくださいね」
 待合室のイスに案内されて座った。急いで来たわけではないけど蒸し暑くて、スタジオの中は冷房が効いてきて涼しかったけど、汗が止まらなかった。やっと止まったのは写真を撮った後だった。
 呼ばれて、スタジオに入って写真を撮る。僕は長年の姿勢の悪さが影響してるのか、もともとそうい体格なのか、顔を正面に向けたつもりでも左に斜めってるらしい、写真を撮ってくれたおっさん(ちょうどおっさんとお兄さんの間ぐらいの人だった。年齢をみればおっさんなんだけど、若々しかったので「おっさん」と形容するのはちょっと抵抗がある)に何度も、
「ちょっと右向いて、左にちょっと戻して、そう!」
 と言われた。その辺がうまいな、と思った。大きく行かせて戻るとバッチリ合う。二段階踏んだ方がいい。一段階だけだとなかなか合わない。写真は6、7枚撮った。待合室のモニターで今撮ったばかりの写真を見た。
「この2つはなしなんで、消していいですか?」
 たぶん最初に撮った2枚だ、なんでもアイドリングは必要だ、おっちゃんがマウスを操作して目の前に4つの自分の顔が並んで、
「こっちの2つがいいと思うんだけど」
 と右側2つの写真を示して、僕も選ぶのはその2つのどちらかだな、と思っていた、1つはフォーマルな硬めの印象の写真、もう1つは目が少し大きく開いてて柔らかい印象のもの、この写真を撮ったときのことは覚えていた、おっさんに、
「ちょっと目をギューっと開けてみよう、そう!」
 と言われて撮った。僕はこっちの柔らかい方がいいかな、と思った。おっさんは硬い方がいい、と言った。そのとき去年は柔らかい方にして採用されなかったのを思い出した。もちろん写真だけのせいではなくて面接の出来が悪かったのやけど、おっさんも硬い方がいいって言うし、去年は柔らかい方であかんのやったし、今年は硬めで試してみよう、と硬めにした。

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