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カフカ式断片的日記練習帳(26)

26.
 朝起きた途端、どっと疲れてる、体がだるい、面倒くさい、わりあいいろんなことがいつも面倒くさくて、「面倒くさいなぁ」と思いながらやっていることばかりなんだけど、いつもより面倒くさい。体が重い? 何もしたくない、でも何もしないと退屈で気が狂いそうになる、
「そういうことをグルグル考えるから具合が悪くなるんだよ」
 布団をめくったら、布団の下から、ぶ厚い文庫本が出てきた。ちょうど首のあたりに挟まっていて、朝、手に取ってみると、形が歪んでいた。今日の体調のすぐれなさは、この文庫本のせいで寝ている体勢が悪かったことが影響しているのか? そんなことを考えていた。
「どういうこと?」
「だから、文庫本が挟まってたんだよ」
「そうじゃなくて、考えてるから具合が悪くなるって話」
「ああ。よく、頭の良い人が、考えすぎて気分が滅入っちゃうこととか、よく聞くじゃん、鬱っぽくなっちゃうとか、そういう感じ」
 今日はどうしても書きたくないみたいだ、でも毎日投稿しているnoteは今日も投稿しなきゃ、と思う。手書きの原稿はある、もう推敲もしてある、あとはパソコンに打ち込むだけ、この作業が面倒くさいんだけど、でも良い点は、何も考えないで済むからやってみる。
 手を動かして思ったんだけど、今日は面倒くさいというより、今やっていることが無駄に思えて仕方がないからつらいんじゃないか。打ち込んでいる原稿には「無駄でも、自分が楽しめるならそれでいいじゃないか!」とたくさん書いてあって、文章を書くのがニガテだと言っていた友だちがいたけれど、そいつに「今しゃべっていることをそのまま書け、文章にしようとするな、そうすれば書ける」と、ずいぶん偉そうな口調で言っている。全部違う、これはオレの書いた文章だし、その日の主張はこれだったから、ひとつの解釈ではあると思うけど、辟易する。今日は違うことを考えているみたい。
「それ、なに書いてるの?」
 オレたちはまたいつもの喫茶店にいた、いつもここに来ている、他に場所はないのか、あるけれど、いつもなんとなくここになってしまう。友だちは、テーブルに置かれている紙ナプキンを一枚取って、一度広げ、二つ折りにしてから、カバンの中に入っていたボールペンで、そのナプキンに何かを書きつけていた。
「一千万円あったらやりたいことリスト」
 顔を上げずに友だちは言った。その間もずっと、手は動きつづけている、そんなに書くことがたくさんあるのか。
「ずいぶん、たくさん書くね」
「うん……」
 友だちは、心ここにあらず、といった感じだった。
「しかも次から次に、たくさん書いて…」
 オレは背もたれに深く寄りかかり、全体重をソファーにあずける恰好になりながら、
「そんなにやりたいことがたくさんあって、羨ましい…」
 と言った。
 友だちはそこでようやく手を止めて、ボールペンを置いた、手がこすれて皺くちゃになったナプキンの四隅を指でつまんで整え、アイスコーヒーをストローで一口飲んだ。
「やりたいことがたくさんあるわけじゃないんだ、これ、昨日も書いたのと、同じことを書いてるだけなんだよね」
 えっ。どうやら友だちは、毎日「一千万円あったらやりたいことリストを作っているようで、しかも、毎日ほとんど変わらない「やりたいことリスト」を繰り返し書きつづけているだけらしかった、
「俺も、新しくやりたいこととか興味がどんどん湧いて、このリストが作るたんびに新しくなったり、項目が増えたりしたらいいな、とは思うんだけど、そんなに人の興味って拡がらないよね」
「じゃあ、これ、昨日書いたのと、まったく同じ内容なの?」
「うん。でも1つ、『近藤とテニスに行く』ってのが増えた」
「オレと? 別に一千万なくても行けるよ」
「なんでもいいんだよ、浮かんだら書いておくだけだから」
「テニスかぁ、いいね、行こうよ」
「俺もう、何年くらいやってないかな?」
「中学以来? いや、高校でやってたじゃん」
「高校やってた、でもそれ以来やってないから、5年くらい? 近藤は?」
「中学はやってて、高校はやってなくて、アレ? 中学以来かなぁ、でも誰かとやってたぁ?」
 家族と、近くにある遊園地に併設されてるテニスコートに行って、テニスをしている記憶が浮かんできた、でもその記憶はだいぶ昔のことで、相手は母だった、母の持病が悪化する前の記憶だ、オレが中学生のころのことだと思う、
「ああ、大学でやってたわ」
「大学? 部活? あそび?」
「授業。そう、そうなんだよ、大学で体育の授業があんだよね、最初、大学行ってもまだ体育やんなきゃいけないのかと思ったけど」
「へぇ」
「本当は、一年生のうちに単位取って、出席さえミスらなければ、テストもないから、ほとんど自動的に単位もらえるんだけど、面倒くさくなっちゃたりして、結局、卒業のギリギリ前に取った。だから、4~5歳離れてる人と一緒にテニスする羽目になっちゃって、自業自得なんだけど。ちがうよ、そんな話じゃなくて、そのリスト、昨日とおんなじこと書いてんでしょ?」
「そう」
「毎日」
「そう、毎日」
「ほとんど変わらない内容を」
「そう、ほぼ一緒」
「なんで?」
「え?」
「なんでそんな、毎日同じものを、飽きずに書いてんの?」
「う~ん…」友だちは、あごに手を当てて、考えはじめてしまった、オレも、そんな意地悪な質問をしなくてもよかったのだが、それでも、なんで同じリストを毎日書きつづけているのか、その理由を聞いてみたかった。
「別に理由はないかな……、書かなくてもいいっちゅうか…、無駄っちゃ無駄なんだけど、書いてるとたのしいんだよね、だから書いてるって感じかな」


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