2021/04/13(ガープ-p.24)


 保坂和志『小説の自由』

 この本はたしか絶版になっているので、古本屋に行かないと手に入らない。図書館で借りて読んでいるけれど、手もとに置きたい。小説論シリーズではないけれど、『考える練習』もこの前借りて、ものすごく面白く読んだ。『考える練習』も手もとに置きたいけれど、『小説の自由』を手もとに置きたい理由とは違って、『小説の自由』はとても借りている2週間では読み切れない。ちょっと、今の僕にはむずかしいんだけど、「難解」とは違って、松本人志が任天堂の宮本茂と「ピクミン」の新作についてちゃぶ台を囲んで話しているYouTubeの動画で、
「仕事している時に、『あれって、こういうことか?』と思ったりする。
 そう思うと早く家に帰って、思いついた方法を試したくて仕方がなくなる」
 と言っていたけれどそんな感じ。

 面白いところもあって、それこそ、喉が渇いたときにごくごく水を飲むみたいに「分かる! 分かる!」と、大きくうなずきながら読めるところもあるんだけど、今の僕にはどう対処したら良いのか分からないところの方が多い。だからといって「つまんねぇ本」とは思えなくて、とても2週間で読めるような本ではなくて、折々に開いて読んで、ちょっとづつ分かるところが増えてくる。
「分かる、なんて大したことじゃないよ」
 みたいなことをどこかに書いていたような気がする。僕は細野晴臣が黒ラベルのCMで言っていた言葉を引用したくなっているけれど、
「引用しても、問題を考えたり、解決させたような気になっているだけ」
 とも、これも保坂和志がたしか言っていた。

 こんなに保坂和志の忠告を真剣に守らないといけないのか。でもこんなに熱狂しているのは今だけで、あと5年もしたらこの熱は冷める。今は保坂和志から発せられる言葉はすべて、ほぼ無条件に受け入れて、「そうだ! そうだ!」と首が千切れんばかりに頷いているけれど、どんなことを考えていても全部同じ人の話に戻ってきてしまうのもどうなのかな、と思うし、べつにどうでもないことなのかもしれないけれど、まさに保坂和志に感染して発熱している状態だから、保坂和志の言葉や小説について考えるのはものすごく楽しい。

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