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タイギゴ(26)

 乳首の毛を剃ってくればよかった、いや剃ってはいない、いつも抜いている、毛がない乳首を見るたびにどうやって処理してるんだろう、と思う。男にはまったくない。しかし訊かない。相手が気持ちいいのか分からない。しかし相手が、乳首して、というからしてる。いや、したい気持ちもある。というかしたい。したいからしてる。
「ことごとく全員、腹出てるな〜」
「腹も出てるし、乳毛ぼよよん」
「乳毛ぼよよん」
 松本人志と高須光聖の「放送室」というラジオがあった。今はYouTubeで違法アップロードされている。一番最初に聞いたのは「オナニーの遠藤様」と「エアーセックスの三又又三」の話だった。友だちの前でその音源をパソコンから流したら「うるせえよ」と言われた。木下だった。
「松本紳助」でも乳毛の話をしていて、
「おっぱいの毛抜いたらアカンって、昔中村雅俊さんがな、おっぱいの毛は抜いたらアカン、これは男の財産なんだ!って言って。海岸で、紳助、男の乳毛は財産なんだ。ほら、夕陽がきれいだ、ゆうて。ほんで、見てみいってべろん見せて、このいちばん長いのが全労済のコマーシャルだよ、この短いのが俺たちの旅だとかわけわからんこと言って、それ聞いて抜かんようにして、それで去年、雅俊さんに会って、ありがとうございましたと、ぼくもお金貯まりました、おかげです、ゆうて、海岸で男の乳毛は財産やから抜いたらいかんって見せてくれましたよね?って言ったら、なんの話だ?って」
 わたしははじめその話を真剣に聞いていた、じゃあ今のびてるこの乳毛がのばしておかないといけない、例によってまた金がないので、というか、金がないからこれを書いているんだけど、金がないから給料日まで忙しくするために書いている。それで、同じ松本紳助で、これはまっちゃんの話だったけど、というかここで登場人物を「まっちゃん」にしないで、知らない誰かにすれば小説になるのかもしれない。
 わたしは横山と話していた。横山はトラックの運転手をしていた。横山はその休憩中だった。わたしはその横にいた。
 自分のやりたいことしかやってない奴は暇人なんだよ
 え?
 やりたくないこともやってる人は忙しいんだよ

 わたしは忙しかった。

 お前、暇だろ? 横山が言った。
 暇じゃないよ。 わたしが言った。
 しかしわたしは暇だった。だからこうしてわたしは横山のとなりに来ていた。横山は今、わたしたちは丘の上の住宅街から下の中学校につづく階段の真ん中に座っていた。ここは木々にかこまれているのでこの季節でも涼しかった。連日35度を越えていた。横山の横には缶コーヒーがあって、
 お前も飲むか?
 と聞かずに横山はわたしに缶コーヒーを買ってよこした。わたしに好みがブラックなことも知っていた。わたしたちはそれを飲んだ。もう、明日は早起きしないといけなかった。だからこんなことをしている場合ではなかったけれど、しょうがない。わたしは夜な夜な抜け出して、横山に会った。
 きれいだな。横山が言った。
 この階段の下にある中学校の、2人は卒業生だった。どんな卒業式だったか覚えていない。いちばん鮮明に覚えているのは3.11だった。そのときわたしは中学二年生だった。横山も中学二年生だった。わたしたちは同じクラスではなかった。わたしのクラスの担任は松本先生という国語の先生だった。たしか総合かなにかの授業だった。今でも「総合」という科目はあるんだろうか。そもそもなんの科目だったのかも覚えていないが、そんな何だかよくわからない科目で一時間が埋まるのかも分からなかったが、とにかく先に進もう。それで総合の時間に揺れ出した。またいつもの小さな地震だろう、と思ったらどんどん大きくなった。普段の揺れとは違った。縦揺れ、横に揺れるというか、もっと複雑な揺れ方をした。分かったのは縦揺れの成分が大きかったことで、いつもと違う、と思ったら大きくなった。
「机の下に隠れて!!」
 と松本先生が叫んだ。国語のテストはなぜか答案用紙が手書きだった。そういう決まりだったんだろう、新任の塚本先生は絶対パソコンで解答用紙が作れたはずなのに、先輩がそうしているから、先輩が「そういうもんだ」と言ったから手書きで、作図用紙に定規で線を引っぱって作った。慣れるとこっちの方がいいな、と思った。しかし違う学校に異動すると、パソコンで作った。慣れると、やっぱりこっちの方がいいな、と思った。
 横山の見ていたのは中学校からの景色だった。この景色はわたしも三年間見た。そして卒業から十五年経ってまたその景色を見ていた。横山は童顔だった。しかしその「童顔」というのがいまいちわたしには分からなかった。アジアンビューティーの方がイメージがついた。なんとなくは分かる、子どもっぽい顔、幼い顔、童のような顔で童顔なんだろうけれど、そういえば朝のニュースによく中継で出てくる、たしか岡山県かどこかの放送局の男のアナウンサーは、あれは童顔だと思う。わたしはインスタをフォローした。見ているうちにあれは、あれはというか彼は、十年前にわたしが買った男だった。しかしわたしは忘れている。今もまだ思い出していない。そのうちわたしは思い出すのかわたしは分からない。岡山で生まれて、大学進学で上京して、卒業して地元岡山の放送局に入った。故郷に錦を飾るとはこういうことかもしれない。これはわたしが考えているのではない。わたしはそもそも、彼が十年前にセックスをした相手だとは覚えていない。なんとなくかわいいと思ってフォローした。十年経っても好みは変わらない。好みは変わらないのに自分はどんどん老けていっている。31といえばまだ若い、とも言えるが、もう若くもないとも言えた。以前「31歳です」と紹介された男がずいぶん老けて見えて、わたしはこんなふうに見えているのか、と思った。これはわたしの記憶だ。しかしわたしは今定職についていない。だからこうして明日朝早いというのに横山とこんな時間まで話している。横山はこれから帰って昼前まで寝る。以前ガソリンスタンドでアルバイトをしていたとき、夜勤だけの人がいて、その人は夕方から夜中まで仕事をして、帰って、明け方まで小説を書いて、昼すぎに起きて、またガソリンスタンドに来る生活を十年近くしていた。その人も31歳だった。そのときわたしは20歳ぐらいだった。
 タスポが導入される前で、自販機でたばこが中学生でも買えた。もう陰毛も生えていた。永久歯だった。メガネはまだつけていなかった。目が悪くなったのは小説を書き始めてからだ。
 友達の佐藤というやつとたばこの自販機の前にいた。まだ明るかった。これはわたしの話ではなく、以前わたしが働いていたガソリンスタンドで一緒に働いていた男の話だ、彼はわたしが20歳のとき31歳だから今は42歳だ。自販機で佐藤とたばこを買って、ガタンとたばこが出てきたところで、
「おい」
 と後ろから声がして、警官が立っていることは男は目では見ていなかったがそのとき見えたので走って逃げたが捕まった。首の襟のところを掴まれて、慣性の法則で足だけ前につんのめった。佐藤は逃げ切った。佐藤は次の日、
「どうだった?」
 と聞いていたから、ムカついて殴った。
「はい、たばこちょうだい」
 警官が言った。わたしはたばこを取り出した。
「もう持ってない?」
 持ってねぇよ、持ってねぇから新しいのを買ったんだよ。
 とは言わなかった。
「ダメだよたばこ吸ったら」
 と言って解放された。そのあともたばこを吸った。べつに吸いたくなかった。たばこを好きで吸っている人もいるが、それがほとんどだろうけど、男はべつに、好きか嫌いか聞かれたら好きだけど、めっちゃ好き、というわけではなかった。習慣で、吸いたくなるから吸ってる。習慣がやめられないから吸っていた。
 老けて見えた「31歳です」と紹介された男はこの人ではない。これは誰なのか。会って紹介されて「31歳ってこんなに老けているのか」と思ったということは自分も31歳か、31歳に近い年齢だから最近の話だ。だから自分もこう見えているのかと思ったはずで、しかしそんな最近人と会った記憶がない。横山とは会ってる。しかしそれもそんなに頻繁ではない。「そんなに」というのはわたしにとっての「そんなに」であって、人によってはわりと会ってるじゃんと思われるかもしれない。しかしそれは分からないから、「そんなに」だ。
 気をつけないとわたしはかなりジジイになりつつある。まだジジイにはなっていない。ピチピチで生まれ、ジジイになって焼かれる。昔は火葬は上流階級の人しかできなかったそうだ。今のように高温の炉なんかないから木々で燃やす。人間一つを燃やして骨にまでするには膨大な木々が必要になる。庶民全員をそんなことしていられない。
 昔、わたしはこの今立っている海辺にこれまでここで死んでいった人々の骨がこの海岸に埋まっている、その上にわたしが立っていた。それを小説に書いた。書いたときはものすごく鮮明なイメージだった。わたしは海をながめていて、横山は家で寝ていた。夜勤にそなえて寝ていた。わたしは海岸の砂の上に座っていた。ズボンは冬用の厚手のズボンで来てしまった。繊維の中に砂が入り込む。しかし大きな粒の砂もある。北野は公園で本を読んでいるらしい。インスタのストーリーにそれをあげていた。しかしこんなクソ暑い日に本が炎天下で読めるはずがない。北野は本を読まない。
 トイレ行くの大変そう。妹が言った。
 目の前にウエディングドレスを着た人が歩いてくる。女か、と思うが、ウエディングドレスを着ているから女とは分からない。よく見たが顔は分からない。のっぺらぼうではない、しかし顔のパーツも分からない。ドレスの裾に海岸の砂がまとわりついている。裾は何層にもなっていてその一層一層に砂がまとわりついていた。
 トイレでこうやって……
 と、裾を捲り上げる動作をした。女(もしくは男)は便所で小便をした。女(もしくは男)は裾のうしろがすこし便器の中に入って汚れたが、うしろなので見えないから気がつかなかった。
 ウエディングドレスを着た人をわたしは見送っていた、でもむこうはわたしに見送ってほしいなんて思っていなかった、一度も見ないで歩いて行った、どんどん歩いていった、歩くたびにウエディングドレスはどんどん砂を吸収して腰のところまできたところで家に着いた。彼女(もしくは彼)、めんどくさいので彼女ということにするが、彼女はぐるりと回って砂を全部おとした。おとして家に入った。玄関の前に砂の小さな山、盆地を囲む山の連なりのような砂の山ができた。鍵がかかっていたので開けた。
 ただいま
 と言ったが誰もいなかった。わたしはズボンのポケットに入っていた単行本を取りだした。このズボンに単行本なんて入るはずはなかったが、無理を言って入れてもらった。開くと2段組になっている。炎天下で太陽の光が反射してまぶしい。読んだが暑くてそれどころではない。涼しい部屋で読んだが頭が痛くてそれどころではない。まだ夜の8時だったがわたしは布団を敷いて寝た。寝ようとしているが頭が痛くて寝られない。これは水分不足か? 頭が痛いといろいろ理由を考えたくなる。ちゃんと水分補給をしなかったとか、いつまでもスマホを見ていたからだ、とか、ストレッチをしなかったとか。しかしストレッチなんて頭に違和感を覚えければいつもしなかった。なんか肩が重い、と思うから腕をまわしてみたり、肩を揉んでみたりした。なにかことが起きてからそれを解消しようとする。
 じつは右の歯が痛い。隠していたわけではないがずっと、右の歯が痛んでいた。起きて口をゆすぐとチクリとした痛みではなく、ドーンとかジーンみたいに痛んだ。たぶん虫歯だ、この前虫歯治療をした、歯医者さんへは4、5回通院した。1回か2回では終わらない。それを横山に話すと、
 そうなんだよ、歯医者って何回も行かないといけないんだよ
 なんでなんだろうね、俺なんて前回銀歯の詰め物してそれの点検だけして、「じゃあ次回もう一箇所の治療しますね、お疲れさまでした」ってことがあったよ。今しないのかな?って思ったけど、それで次行ったらいちばん痛かった
 歯医者は怖い、わたしは左側の口を器具でグイッと大きく開けられていた。その役目を若い女性がやっていた。髭を剃ってくるのを忘れた。恥ずかしかったがしょうがない。忘れたものは忘れた。コンビニでT字カミソリを買って、コンビニのトイレで剃ったこともある。いつもは電動で使ったことがないからググると、カミソリだけでなくジェルも買わないといけないらしい。コンビニで横に陳列されてるジェルも買って、トラベル用の小さいやつを探したがないので、お得用みたいなでっかいやつを買うしかなかった。もう今後使うことはないだろうなぁ、と思ったがしかたがない。乳毛だ。この乳毛をどうしたらいいのか。調べても全部、けっきょくは「抜くのも剃るのも除毛クリームも危ないから、我が社のコレを使ってください」という宣伝ばかりでどのページも参考にならない。しかたがないから抜いたら痛い。それはほんとに危ないからカミソリで剃る気にはならないし、除毛クリームももってはいるけど肌荒れしそうで勇気がでない。

(次回へつづく)


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