2021年9月25日(土)


 この前、小萩海さんの日記を購入し、自分も本にしようか、となんとなく思う。来年の5月に東京で文フリがあるらしいんだけど(ちゃんと調べたら次回は11月、次々回が5月)そこで販売する、しないに関わらず、一回本にしてみたい、この日記を本にしてみたい、という気持ちになった。この日記が終わったら、今度は「ユリシーズを読む生活」、タイトルは丸パクりだけど笑、『ユリシーズ』をちゃんと毎日読んで日記を書いてみようかな、それはもっと本にしやすい。この日記は一応、読書をするために日記を書く、というのが目的で、日記は二の次だったけれど、今は完全にひっくり返っている。でもそれでいい、と思う。「ユリシーズを読む生活(仮)」でも、読書二の次の生活をしたい。

 今日は電車に乗ったり、バスに乗ったりしたので、いつもよりゆっくり本を読む時間があって、引用したいところはたくさんある、今日は小島信夫『美濃』、いとうせいこう『福島モノローグ』、あと滝口悠生『長い一日』を読んでいた。
 昼間、電車のなかで『美濃』を読んでいた、1ヶ月前くらいから毎日持ち歩いていた本は、滝口悠生『長い一日』、中島らも『今夜、すべてのバーで』の2冊だったんだけど、なんとなくいつの間にか『美濃』もそこに加わっていて、でも持ち歩いているだけでまったく読んでいなかったんだけど、『美濃』は電車旅との相性がよくて、ほとんど電車のなかで読んでいたので、
「電車に乗るなら『美濃』だろ」
 と読みはじめた。読みはじめたらいきなり、

 小説家の古田が十二月十三日オープンの日、新宿のステーションビルの五階の画廊についたとき、受付に一人の男が坐っていた。停年退職になったばかりであるが、失業保険をもらっているし、その期間も半年から三百日にのびることになったので、当分食うことが出来る。そういうわけで私はここに頼まれたというより、昔の想い出という自発的な気分できているのであって、むしろ楽しんでいるのです。私は再就職しようかしまいか考えているのですが。何もあわてることはないと家内もいっているし、私もこのごろ思っています。決して暇をもてあましているわけではなくて、テレビを見たり、(テレビも教育番組はけっこう豊富だし、夜の高校生むけの講座もためになるし、スポーツの基本動作の話だって今になってみると人生全般に通じるものがある。)それに読まねばならん本もいっぱいあるし、暇をもてあますどころではない。実をいうと、かえって多忙なくらいで、体調もすこぶるいい。それにこのごろは急に仲人役の仕事がいくつも出てきて、そのことで飛びまわっている。何ごとも進んでしておけば、自分の方にもよいことがまわってくる。自分の子供にまわってこなくてもいつかは子孫にプラスになろう。たとえ何にならなくとも、日々忙がしいということはそれだけで健康にもいいのである。若いものには何かと腹が立つがそれもこのごろ考えよう一つだなと思うようになった。
 いわばこんなふうな一人の男がそこに坐っていた。
(小島信夫『美濃』講談社文芸文庫、pp.171-172)

 と書かれていて嬉しくなる。その前に「それに読まねばならん本もいっぱいあるし、暇をもてあますどころではない」を筆写しているときに、
「停年退職した、六十すぎのおじさんがそんなにたくさん読んでどうするんだ」
 と、一瞬心のなかに浮かんだんだけど、おっと残念、そういうことを言う奴には、
「だったら六十すぎたらお前は飯一食も食うなよ」
 と言えばいい。相手が、
「なんでだよ」
 と言えば、
「だってどうせ死ぬんだから食ったってしょうがないだろ」
 ということになる。

 話は戻って、何が嬉しかったのかというと、だらしない感じがすごくいい。最初の一文はナレーターというか語り手がしゃべっているように思うんだけど、受付に坐っている男の話を書きはじめたらすぐ一人称になって、受付のおじさんが「私」としてしゃべり始まる。こうやって粒立てて書いても別におかしなことではないんだけど、でもなんとなく小説では、小説は始まりから終わりまで同じ視点(たとえば神の視点ではじまったなら最後まで神の視点、「私」と一人称で始まったならずっと一人称)であった方がいいような気がして、ずっと同じ視点じゃなくてもあるブロックは同じ視点で書くのが普通というか常識のような気がしているんだけど、小島信夫は平気で視点を変える、それでいて「いわばこんなふうな一人の男が坐っていた。」と軽々もとの視点に戻ってしまう。だらしないというか、自由というか、そんなことにいちいち囚われない。
 プロの作家が書いた『長い一日』の書評みたい文章がTwitterで流れてきたりするのでそのつど読むんだけど、どの文章も人称のことを言っていて、つまらない。「またその話か……」と思う。そんなに不思議なことなんだろうか? べつに変じゃないし、そんなに騒ぎたてることじゃないというか、もっと書くべきことはあるような気がする(それがなんなのかはまだ僕には分かっていないけど)。

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