2021/02/04(未明-p.12)


 日記や小説は勘違いを積極的に書くべきだ、と昨日の夜思った。寝る前だから威勢がいい。今考えると「勘違いを積極的に書く方がいいんじゃないか」と保険を持たせたくなる。正確な情報はネットを検索すればいくらでもでてくる。何年か前だったらデマが溢れていたのかもしれないけど、いまはリテラシーがあがって正確な情報もちゃんとある。もちろん全部が全部、正確な情報だと言いたいわけではないし、いま俺が書きたいのはそんなことではなくて、こういうことを書いているとどんどん前置きが長くなってしまう。「小説や日記には勘違いを書くべきだ」と昨日の夜に思ったって話だ。
 正確な情報はだれでも書ける。ネットを見ればおおよそ正確なことが書かれているし(そうは言ってもこう書くのは少し抵抗がある)、もっとちゃんと調べるなら文献を当たればいい。それを専門にしている人に訊くのもいい。とにかく、正確な情報は仕入れれば、だれでも日記に書くことができる。でも「勘違い」はその人にしか書けない。Aさんの発言をBさんの発言と勘違いしていたのは、その人独自の勘違いで、情報よりも体験にちかい。その人しか持っていないものだから、日記や小説には勘違いを書くべきだ、と思った。

 なにか引用したい言葉があったような気がするんだけど、上の文章を書いているうちに忘れてしまった。誰の言葉だったかも憶えていない。

 現実世界の人とはほとんど話をしない。話をしても実務的なものがほとんどだ。昨日は散髪に行った。
「予約していたナニガシです」「コートとカバンをお預かりします」「こちらのソファーにおかけになってお待ちください」「お待たせしました。本日担当させて頂きますナニガシです。本日はいかが致しましょう」「前回から一ヵ月ぐらい経つので1㎝……」「かしこまりました、ではこちらへどうぞ」と、シャワー台に案内される。実務的な内容だ。昨日、散髪を担当してくれたNさんは突然、
「ゲームとかお好きなんですか?」
 と訊いてきて、たぶんいま考えると、Nさん本人がゲームを好きな人なんだろう、
「この人もゲームが好きそうだ……」
 と頭の中でくっついてしまったのか、勝手にNさんの中で俺はゲーム好きな人として認識されてしまった。ゲームはたしかに多少はするけれど、なんの前触れもなくいきなり、
「ゲームとかお好きなんですか?」
 と訊かれた瞬間、ガシャン、とシャッターを下ろしてしまった。自分のこういうところあんまり好きじゃない。でもどうしようもないから困る。

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