2021/01/24(未明-p.297)


 会社の景気は悪くなかった。何しろ八年前のことだ。世間はまだ全然バブルだったからバブルという言葉もなかった。でも景気がいいってことは忙しいってことだ。景気がいいというのは会社だけで働いてる方は忙しいだけだ。でもみんなバカだから、「景気いい」「景気いい」っていって、すげえ感じ悪かった。あんとき辞めてて、大正解だった。退職金がガッポリ出たし、失業保険もいっぱい出た。(保坂和志『未明の闘争(上)』講談社文庫、pp.255-256)


 仕事してて思う、ときどきものすごく忙しくなるけれど、忙しいからといってそれが私に還元されることはない。忙しい時間を働いたからといって給料が上がるわけではない。給料が上がるなら忙しい時も喜んで働くが、そうではないのでできたら忙しくない時間に働きたい。

 バブルはどうだったんだろう。今はバブルとは対極の世の中だから想像できないけれど、でもバブルのときであろうと俺ぐらいの年齢の人はそんなに変わらない生活をしていたんじゃないかとも思う。とくに両親とそんな話をすることもなかったけれど、両親から、
「バブルんときは、よかったぞぉ~」
 とか聞かないし、バブルであろうとなかろうとその恩恵を受けていた人はつねに上の人たちで、若者はただ「景気いい」って言葉に踊らされて、というかディスコとかで本当に踊っていただけなんじゃないか。たまにテレビでやってるバブルの文化の特集番組をうっとり眺めている両親の横顔とか見たことがない。

 この前、歌番組に、まさにバブルを象徴するみたいな音楽クループが出てて、今でもそのグループは知られている、一応名前は出さないようにした方がいいかなと思っているけどどうでもいいっちゃどうでもいいんだけど、いちおうイニシャル「K」としておく。そのKが歌番組に出ててそれをたまたま見たんだけど、なんか脳天気でいいな、と思った。

 不愉快ってわけじゃないんだけど、なんか、俺はこうはなれないし、なりたくないなみたいな気持ちになって、それまではKの歌も好きだったし、カラオケで歌ったこともあったし、なにげなく口ずさんでいたときもあったはずなのに、急にその日以来、Kの曲は聴けなくなった。

 なんとなく、バブルに対してなんかこうちょっとしたむかつきみたいなものがあって、体育会系のノリとかもあんまり好きじゃないし、でもバブルのときはそのノリが「正義」で、乗れない人は爪弾きにされたんだろうし、この気持ちは羨ましいがゆえの妬みかな? とも思ったんだけど、そうではなさそうで、バブルより今の方がいいとは思う。「むかしはよかった」とか言われると、「若者を舐めんなよ」と思うし、生活とか状況はいいとは言えないけど、マインドはバブルより深いと自負してる。あくまでも自負。もしくは勝手な想像。

 両親に訊けばたぶん両親はちょうどバブル期にいまの俺ぐらいの年齢だったはずだからどんな雰囲気だったのか教えてくれるかもしれないけれど、今あんまり仲良くないし、そんな軽口を叩きなくなるような間柄では今はないから、そんな話にはならない。


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