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大麻とは?

小名木善行さんのFacebookより引用。
大麻について。

今日は、大麻と国益について考えてみたいと思います。

私達現代日本人は、大麻というと、麻薬であり、イケナイもの、おそろしいものと考えています。
ところがこの大麻、戦前の日本の小学校の教科書では、その栽培方法やら使用用途などが、詳しく教えられていたのです。

しかも、猛暑の夏には、まさに大麻でできた着物を、多くの人が普通に着ていました。
大麻でできた衣類は、汗を吸い取ってくれ、速乾性に優れ、夏を涼しく快適に乗り越えるのに、もっとも都合が良かったからです。

けれど大麻といえば、多くの日本人は、いまでは麻薬の一種と考えています。
本当にそうなのでしょうか。

大麻は、大麻取締法によって規制されています。
麻薬は、麻薬及び向精神薬取締法(麻薬取締法)、覚せい剤は覚せい剤取締法で、それぞれ規制されています。
大麻の取締と、麻薬や覚せい剤は、取締る法律がそれぞれ異なります。

では、大麻取締法がいつできたかというと、昭和23(1948)年です。
GHQの指導により、うまれています。

そして不思議なことに、麻薬取締法や、覚せい剤取締法は、第一条でそれぞれの法律の目的が明示されているのに、大麻取締法には、その目的の明示がありません。

そもそも「大麻」とはいったい何でしょうか。

よく、「麻の着物」とか「麻の織物」とか言いますが、麻が、昔の日本では、米と同じくらい広く栽培され、麻の繊維が着物などにごく普通に使われていたのは、みなさまご存知の通りです。
ちなみに、徳川家康は、麻のふんどしが好物だったのだそうで(絹や木綿よりも、通風性にすぐれ、蒸れない)、また、麻の着物は、特に夏場では、吸湿吸汗に優れ、しかも速乾性でもあることから、日本中で幅広く愛用されていたものです。

また、和紙、といえば、繊維が長く丈夫な紙としてもよく知られていますが、実はこの和紙、いろいろな種類があるけれど、原料としても最も多く使われたのが、麻です。

和紙のことは、別名「麻紙」とも呼ばれ、これまた紙の中でも、最も古い歴史を持ちます。
この麻紙、実はたいへんなエコロジー紙でもありました。

麻の繊維からは、まず綺麗な着物を作ります。
日本の着物はフリーサイズなので、だいたい三代(自分、子、孫の代)まで使われますが、最後は、継ぎはぎだらけのボロとなります。
ボロとなっった着物は、ほぐして雑巾や、袋物などに使い、これまたボロボロになると、こんどは麻布を細かく刻んで煮沸し、漉(す)いて、麻紙にしたのです。

この麻紙は、書道の練習用紙や、各種手紙、大福帳など書き付け用の紙として使われただけでなく、ふすま紙や、障子紙としても使われました。

つまり、我が家のふすま紙は、曾祖父や、そのまた曾祖母の着ていた衣類が、そのまま壁紙になっている、なんていうことが、ごく一般的にあったのです。

しかも、襖紙や障子が破れると、これまた細かく刻んで漉き直し、またまた紙として再生して利用しました。

そうは言っても、和紙って値段が高いですよね、などと今の人は思うかもしれません。
けれど実は、麻の栽培は、戦前の日本では、米と同じくらい、日本中で作付けされ、戦前の小学校の教科書では、麻の栽培方法が、詳しく掲載されているほど、だったのです。

麻は、自生するくらい繁殖力が強いし、栽培すればだいたい半年で収穫できます。
実や葉は食べれるし、茎からは繊維がとれる。
しかも実からは、植物性のヘルシーな油まで採れてしまいます。

つまり、麻と日本人は、切っても切れない、とっても大切なお友達だったのです。
収穫量も多く、ですから日本では、和紙は、もともとはとっても値段の安く身近なものだったのです。

その身近だった「麻」と、なにやら危険な香りのする「大麻」は、どこがどう違うのかというと、実は、まったく同じ植物を指します。

実は、「大麻」とは「麻」の別称でしかありません。
もともとの名前は、単に「麻」でしたが、大昔に伊勢神宮が発行する神札のことを「大麻」と名付けたところから、「麻」のことを、別称で「大麻」と呼ぶようになっただけのことです。

要するに、「大麻」と「麻(アサ)」は、同じものです。

そもそも麻は、中央アジア原産の一年生の草で、アジアでは、ごく一般的な野草です。

自然に麻が生い茂った場所は、古来、麻草(浅草)、麻布、多麻川(多摩川)など、麻の文字が、いまでは異なった漢字を充てている場所も多いけれど、日本中の地名にみることができます。
それだけ一般的だった麻が、いまでは「大麻取締法」で規制されています。

冒頭にも書きましたが、この法律は、終戦直後の昭和23(1948)年、GHQの指示で、突然降って湧いたように定められました。

しかも法の第二条、第三条では、大麻は研究目的で都道府県知事の免許を受けた者でなければ、一切の栽培も所持も、譲渡もできない、研究目的以外には、一切、使用してはならない、とまで定められています。

実は、日本人にとって、きわめて身近な存在だった麻が取締の対象となった背景には、米国の石油資本の影響があります。

荒れ地でもすくすく育ち、収穫高も多く、繊維製品や紙製品としてきわめて需要の多い麻の栽培や収穫を規制すれば、石油から作られる化学繊維が爆発的に普及する。
そうすれば石油資本は、巨万の富を築きあげることができる。

そのために、麻=大麻=麻薬というイメージを作り上げ、麻を「麻薬(=源字は、魔薬)」として取り締まりの対象にまでして、規制してしまった、というわけです。

つまり、私達現代日本人が、有害、犯罪物と信じて疑わない「大麻」は、実は有害でもなんでもなくて、むしろたいへんに身近だったものであり、それを石油資本がGHQを通じて、いわば強引に「魔薬」としてまった、それにより農業における麻栽培や、麻を使った繊維産業、紙産業、麻を利用した麻文化などが、戦後、まるごと淘汰されてしまったのです。

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