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読書前感想文「音楽の根源にあるもの」


去年の春、私は友人と伝統音楽のコンサートを聴きに行った。
ヨーロッパから西アジア、中央アジア〜そして日本を繋いだシルクロードを音で再現する、という趣旨のコンサートだった。
(ご興味ある方はこちら→https://www.lfj.jp/lfj_2019/about/article_02.html)

演奏を聴きながら、私はびっくりした。
こんなにもおもしろい音楽があったのか。

名前も知らない管楽器が描く、砂漠の地平線。
まだ見たこともない、大地の土埃のにおいがした。
草原を駆ける馬のいななきや、大地を蹴るひづめの音。
曲が変わるたびに、変わっていく目の前の景色。
そこで生きる人々の表情が、見えた。

トルコから日本まで、それぞれ出身の違う楽器のはずなのに、持ち味を活かしながら、躍動感あふれるグルーブで、かわるがわる音楽を引っ張っていた。

それぞれの楽器の良さを専門的に知っている人が聴くと、あまりのカオスに卒倒してしまうかもしれない。だけど。

東西の楽器がこんなに気持ちよくまざりあうことができるなんて、
「これって平和そのものじゃん!」とその時の私は興奮していた。


演奏会終了後、他のお客さんがバラバラと席を立つ中、興奮が抜けきれない私は隣に向かって言った。

「…すごかったね。」

当然、同意してくれるものだと思っていた。
でも、友人が申し訳なさそうに、しかし確かに言った言葉は、これだった。

「うーん、途中から、眠くなっちゃった」

「…???」


そもそも、その人が普段聴かない音楽の良さなんて、すぐに理解できないのは当たり前だ。だからこそ私はかつて、そんな音楽をあらゆる工夫で料理して、いかに楽しく伝えるか考えるのが好きだったはずだ。
でも、言葉にならない気持ちをなんとか掴もうとしながらゆっくりしか話せない私は、焦っているうちに、なんと説明したらいいかさっぱりわからなくなってしまった。
いざ「わからない」と言われると、この魅力をうまく言葉にできないもどかしさに慌てる自分がいるだけだった。

一方でその友人は、物事の構造化も言語化も、得意だった。
たぶん、頭の中にたくさんの本棚があって、どんな知識もその本棚からスピーディーに出したり入れたりできる。
とても羨ましかった。




それから一年近くが経った、今年2月。
上野のスタバでコーヒーを飲んだ後、東京文化会館の音楽資料室を散策していたら、「音楽の根源にあるもの 著: 小泉文夫」という本が目に留まった。著者である小泉文夫は、大学時代、先生がよく勧めてくださっていた。でもその頃は、目先の楽しいことばかりに気を取られ、「知識を入れる」ことをないがしろにしていた。今になってつくづく、浅はかさを後悔する。

「私は伝統音楽を、どうして好きになったのか」
それを知るには、「音楽と人間の生活について」もっと知る必要があると思っていた。芸術として、というよりは、人の生活と地続きのものとして、まさに根源を、もっと知りたいという気持ちがあった。

「はじめに」を読んだ瞬間、「これは、買う必要のある本だ」と感じた。

「借りて読むのではなく、自分のものにしたい」


「音楽の根源にあるもの」
ー目次ー

1 風土とリズム
    (東洋の音・諸芸のリズム・日本のリズム・三分割リズムと生活基盤)

2 民俗と歌
       (歌謡のおこり・わらべうたはどのようにして育ってきたか・日本音楽における民族性・日本語の音楽性)

3 二つの講演
      (自然民族における音楽の発展・音楽の中の文化)

4 三つの対話
  音感覚と文化の構造―角田忠信氏と
  大いなる即興の精神―岩田宏氏と
  音楽・言葉・共同体―谷川俊太郎氏と


読むのに、一ヶ月かかった。
理解が難しい部分があり、何ページか飛ばした。
でも、ようやく読み切ったとき、少しだけ、心のもやが晴れた気がした。

それぞれの土地に伝わる音楽は、「気候、植生、社会の構造、人々の暮らしや生活」に根をおろした音であることが多い。それらの音楽を比較することで、その土地の文化の個性が浮き上がってきて、そこに生きる人々の生活を覗いたような気分になる。私は、音楽のリズム・旋律などの理由をそれらと結びつけて、想像を膨らませるのが楽しいから、好きなのだ。
今に生きる私の感覚で聴くと「不格好に聞こえる」音があったとしても、それが人々の営みから生まれたものだと思うと、愛おしく思えてくるのだ。

もちろん、それを感覚的におもしろいと思えるようになるには、少し時間がかかるだろう。私はたまたま、大学の実技の授業が楽しかったり、仕事で日本の伝統音楽を使うことが多かったから、楽器の音に耳が慣れたという側面もあるかもしれない。
でも私は、「言葉で」「事実で」伝える力を、そのコツを、少しだけ手に入れた。自分と他者とのバックグラウンドの違いを、人生の違いを、もっと言葉でカバーすることができるようになるかもしれない。
これからは、気持ちが先走るのと同時並行で、「言葉で」伝える能力を実装したいと思った。

数日後、仕事場で伝統音楽の話になったとき、その本に書いてあった伝統音楽のその魅力が、口をついて出てくる自分に驚いた。

一年前の自分に、勝った。




社会が危機に直面し、自分の周りの状況が刻々と変わっていく。
自分が今まで正しいと思っていた & 目指したいと信じていた価値観が、がらがらと崩れ去っていくのを感じる。
自分が正しいと思った目標へ努力すれば、まっすぐ進んでいけると思っていたのに。


正直、恐怖が募ることもあるけれど、世の中がどう動いていくのかしっかりとみつめながら、立ち向かっていくしかない。
それと同時に、幹のある言葉にたくさん触れることで、しっかり自分の「好き」の足元に根を張り、養分を蓄えたいと思っている。