My Dearest株式会社代表取締役CEO岸上 健人さんに聞く―もう一つの現実を創るというコト―

My Dearest株式会社さんはどのような会社でしょうか?

岸上さん VRの作品づくりをしている会社です。VRの漫画やラノベ、今は東京クロノスというVRのゲームを作っています。起業した時の社員は三人程度だったんですけど、今は10人ぐらいの規模で運営しています。

彼らそれぞれの役割についてお聞かせください。

岸上さん 基本的にはクリエイターばかりです。プログラマーはもちろんいるんですけど、デザイナーとかも多いし監督、ディレクター、演出家、あと作曲家もいますね。その中で僕は人を集めてお金を集めて企画を立ち上げ等をやっていくプロデューサーです。

VRコンテンツを始めようとしたきっかけについてお聞かせください。

岸上さん 学生時代にVRに出会ったのがきっかけですね。その時から起業した時はVRでゲームや漫画、アニメとかのサブカルコンテンツを作ろうと考えたんです。自分がそういうコンテンツが凄く好きで、それらに勇気づけられてここまでやってきたからこそVRを取り扱いたいと考えました。自分が一番情熱持って好きで何があろうとやり抜けるVRのコンテンツを作ろう、って思ったのがきっかけですかね。アイバン・サザランドっていう人が「究極のディスプレイ」って論文を書いたんですね 。ディスプレイとは部屋だ、空間だって言ったんですよ。正しくプログラミングされた空間で銃を出せば人は死ぬ。手錠を出せば人の動きがとらわれる。それが「究極のディスプレイ」って言ったんですね。それでヘッドマウントディスプレイっていうのを作ったんですよ。このVRゴーグルで覆われた空間で、コンピューターグラフィックで作った映像の中で、まったく現実と同じようなものを見せたいって作られたのがきっかけです。
 アイバン・サザランドはコンピューターグラフィックの頂点に立ったピクサーの創業者の師匠であり、Adobeの創業者の師匠でもあります。彼は究極のディスプレイとして「空間インターフェース」というのを作ったんです。でも、当時の技術では空間にディスプレイを作り出すことができず、2D平面に落とし込んだものがパソコンになります。なので、これからのコンピュータの歴史は「空間」に流れていくんですよ。やっとその時代が来たね、っていうのがVRなんですね。これは必然であり、その時代を早めようとするのが僕らみたいな人間です。今は不格好な形のVRだけど、2021年頃には眼鏡ぐらいのサイズになっていると思います。

進めるにあたって大変だったことはありますか? ある場合どのように乗り越えましたか?

岸上さん 今のメンバーは三期目なんですが、人が集まって活動してる以上、やはりトラブルはありましたね。それでもなんとかやっていると、「スポットライトに主役級の役者が集まってくるように、才能もスキルもすごくある人たちが集まってくる」と東京クロノスのスタッフ陣が言っていました。基本的にコンテンツづくりで何が一番大切かって、結局人なんですよ。誰と作るかだと思います。


現在のVR業界をどう思いますか?

 業界では2016年がVR元年と言われていたんですよ。この年に初めてコンシューマー向けで 一般の人が買える値段のVR機器、プレイステーションVRやOculusとかが出てきたんです。一気に大注目を浴びたという感じですね。そこでVR産業への期待度がここでMAXになるんですが、2017年にガートナーの「ハイプ・サイクル」においての幻滅期といわれるような期間がきます。その後啓蒙期、普及期っていうのがあるんですけど、みんなやったことないから噂だけで「すげーもんが来る」って期待を浴び過ぎて実際に触れたら幻滅するんですよ、期待度だけMAXなので。 でもその代わりちゃんと時間が経つと期待に沿えるように技術が追い付いてくる。2018年現在は啓蒙期辺りで、これから普及期に入っていくんじゃないかなというのがVRの状況かなと思います。

先ほど話にも出てきたOculusもVR機器でしたね

岸上さん OculusってKick starterで当時世界最高額を集めたんですよ。Kick starterって、クラウドファンディングの世界で一番大きいサイトなんです。 そのKick starterで2012年に当時一九歳の青年がOculusを作ったんです。その発表ががちょうどSAO※(ソードアートオンライン)のアニメ放送のタイミングがかぶったんですよ。だから相乗効果でOculusを知っている人には「SAOという作品でVRが取り上げられているらしい」という感じで話題になり、SAOでVRという存在を知った人には「Oculusあるじゃん!」ってびっくりして、みたいな感じでしたね。VRがあってOculusがあって、「すげー!」って思っていたんですね。それで2013年に「DK1」っていうDevelopment Kit 開発中のシリーズが出て……という感じで今のVRブームの流れを作っていったんです。

多くのVR機器が展開されていきましたが、それについて当時はどう感じましたか?

岸上さん 当時、僕は大学生で寮生活だったんですけど、「あーこんな時代本当に来るんだな」って思って、三人一部屋の家賃3000円みたいな寮部屋で人並みに思ってましたね。その学生寮、学年がバラバラの三人で住まないといけなくて。その時の僕の後輩が変わった人でほとんど会話しなかったんですけど、「中学からVR研究してる」って言い始めたんですね。「えーちょっと聞かせて。なんでVR研究したの?」って聞いたら、「夜に突然目が覚めて泣いてしまったんです」って言って。「えーなんで」って聞いたら 「死にたくないと思った」って。「お、おう……」みたいな(笑) 。「大切な両親とかも死なせたくないなんて思った。医療やったんだけどそれでは人は死んでしまうと思ったから、でもバーチャル上で人格を移植すれば永遠に死なない」って言ったんです。「こいつやばいやつだな、天才現れた」と思って、そいつからVRをめっちゃ教えてもらったんですよ。SAOみたいなVRを題材にした作品も好きだったし、彼も僕に色々教えてくれて、Oculusとかもその時期発表されて……引き金はそういった彼の考えに感化されて、「世の中はVRで変わるな」みたいなマインドを持ったこと、っていう感じですね。

例えばSAOに出会わなければ現在別の事をしていたと思いますか?

岸上さん いや何があっても出会っていたなと。でも、出会わなくても、起業はしていたと思うんですよ。私はそういう気質の人間なので。親が自営業とか経営者とかやっていると子供もほとんどがなるらしいと聞いていて、実際、私の親も自営業だったのでどう転んでもなっていたのかなーって思っています。でも、出会っていなかったら起業をしていてもVRを仕事にはしていなかったかもしれない、っていうぐらい影響を受けていますね。僕らの世代の、今の20代のVR業界にいる人らはほぼ100%、SAOに影響を受けています。SAOという作品はライトノベルの時から愛読していて、僕が大学二年生の時にアニメが始まったんです。それを見ていて、「VRっていう技術が来るんだ!」って強く感じましたね。


SAOでは現実と仮想の差異について考える話がありますが、ふたつの世界をそれぞれどのように捉えていますか?

岸上さん このことに関しては本当に色んな考え方があると思っています。ただVR学会というアカデミックな立場では、VRはvirtual reality、日本語で仮想現実って訳されていますが、これは有名な誤訳なんですよ。バーチャルって仮想って意味じゃなくて、英語でimaginaryと訳されます。バーチャルの本当の意味は、日本人には馴染みの無い感覚だと思うんですけど「実質的な」って意味なんです。ほぼ現実、人工現実ていうニュアンスになりますね。だから現実と同じ機能をもう一個再現するっていうのがバーチャルリアリティの正しい訳なんですよね。バーチャルデスクトップとか、バーチャルって単語が英語から来た時に、仮想っていう略じゃわからない。仮想という言葉だと虚構的なニュアンスが浮かんでしまうので、本来は違うんです。例を出すと、政治用語で仮想敵国とかあるじゃないですか。「仮に敵国だとするよ」って意味なんですけど、それを逆に英訳してvirtual enemyって言葉にしちゃうと本当に敵って意味になるんです。だから絶対言っちゃダメなんですよ(笑)。これは結構有名な誤訳で、当時のIBMの日本社員がvirtualって言葉を仮想って誤訳して、そのことを今だに後悔してるっていう有名な話があるぐらいです。
 だから僕らが目指すべき方向性は、現実と変わらない。VRは現実以上にもなり得るし、現実と違う形にもなり得る。VRコンテンツを作っている人って現実が苦手な人もいるんですけど、僕は両方とも好きです。僕の中では、本当に両方とも同じぐらいの重要度を占めているんです。いい例で言いますとVRチャットですかね。VRチャットって今の日本のVRに携わっている人たちに大ブームで僕もコミュニティを持っています。ゲームではないんですけど、世の中にほかに表す単語がないのでゲームと呼んでいるようなコンテンツなんです。東京クロノスがスポンサーをしていてVRチャット上で展開されているVTVって番組もあります。VRチャットってバーチャル空間を自分たちで作って、その中で交流をしたりとか自分のアバターを作って出したりとか、本当にVRの中に入ってみるというコンテンツなんです。キャラクターとも触れ合ったりみたいな。そういう意味では殆どSAOと変わりませんね。自分や空間の見た目などを自由自在に拡張出来る。こういう世界にはなりつつあるんですよね。VR空間の中で色々できる、この中で、VRでライブとかもありました。僕らの場合は本当にゲームの世界観の中に入って、そこから宣伝配信したんですよ。VRは機能として人間の学習に協力的な面もあったりとか、例えば現実でできなくてもVR上で訓練したら現実でできるようになるとか。最近実際に作っている人がいたのが、けん玉をできない人がVR上であえてゆっくりな速度で練習してから現実で試すと速く突けるようになる、みたいな結果もあります。そうした時に僕は、それはそれでとてもいいことだと思っています。VR上で練習して現実でもっとより良くやってやろうぜ、みたいな感じはできるなと思うんです。ただ僕の中であるのは、かといって現実での経験値が必ずしも主では無いなと思っているんですよね。VRでしかできないもの、現実でしかできないもの、現実で練習してむしろVRで披露するとかでもいいし、VRで練習して現実で披露することがあってもいい。人類の次のフロンティアは、火星じゃなくてバーチャル空間だと思っているんですよ。色んな考えがあると思うんですけどね。火星行ってもいいと思いますけど。だから現実で活躍できない人も活躍している人も中途半端な人も、バーチャル上でまた新しい活路を得る事が出来るのかなと思ってやっていますね。

『東京クロノスについて』

東京クロノスとは?

岸上さん ストーリーをざっくり言うと、幼なじみである八人の高校生が誰もいない渋谷に囚われるんですよ。その中で「私は死んだ。犯人は誰?」ってメッセージが出てきて、実は誰かが死んでいる可能性が出てきて、、この中の誰かが殺人犯かもしれない、というミステリーです。

そこに施している工夫はありますか?

岸上さん 鏡に映ってる自分が見えるとびっくりしますね。キャラクターになって自分を見たら、これ自分なのかと人間は思っちゃうんですよ。VRって使い始めると取りつかれやすいですね。そこまでのハードルが超高いですが……。いかにこういった体験をしてもらえるかを考えています。クリエイターや声優さんが好きって人は入ってきてくれるんですけど、それ以外の層に届けるにはって思っているんですよ。実際にクロノスをいじってもらって、口コミですごく良いって広まるとやりたいって人も増えると思うんですよ。だからいかに事前のプロモーションで広めるか。今とにかくファンイベントとかファンミーティングとかやっているんですけど、それに来ていただいたりとかして、広げていっているんです。今回の藍井エイルさんの主題歌っていうのは認知していただくきっかけにしてほしいなと思ったためのキャステイングです。

二種類のクラウドファンディングを実施していますね。

岸上さん CAMPFIREとKickstarterでやりました。CAMPFIREは国内の会社なので国内向けで、Kickstarterはアメリカの会社なので世界向けなんです。元々Kickstarterだけでやろうと考えていたんですけど、「日本人はKickstarterをやりにくいんじゃないか」って話が結構出たのでCAMPFIREもやることになりました。

クラウドファンディングを行った意図は?

岸上さん 応援してくれる人とつながりを持ちたかったのが大きな理由です。クラウドファンディングはVRの作品に必須だと僕は思っていて。VRってほとんどの人がやったことないから融資するにはハードルが高すぎるじゃないですか。だからクラウドファンディングで、事前にファンを作ることが必要になってくるんですよ。その方々が作品を拡散してくれて、そういう人たちがきっかけでファンが増えていくっていうのをやりたかったんです。お金を集めたいのもありましたが、それ以上に「初めから絶対応援してくれる人と一緒にやりたい」っていう意志があったのでクラウドファンディングを始めましたね。クラウドファンディングをやっていると事前に遊んでもらう機会が増えるので、少しずつ期待を高めてもらって発売まで持っていけるみたいな、そういった意味を含めてっていうのもありますね。

かなりの額が集まりましたよね。

岸上さん トータルで1800万円ぐらいですね。これは半年準備してやっとみたいな感じですね。だいたい比率で言うと国内800万、海外1000万ぐらいです。CAMPFIREでは2018年のエンタメ賞を受け取りました。

イベント等でのプロモーションはありましたか?

岸上さん クラウドファンディングでファンを集めて、そのファンに向けてイベントを開いていましたね。実際の参加は半分がクラウドファンディングの支援者層と、もう半分がクラウドファンディング以外の層の方々でした。この前開いたイベントの参加は150人ほどでしたね。徳島県にマチアソビっていう10年ぐらい続いているアニメとかゲームとかのイベントがあるんですが、かつては新海誠が登壇していたようなイベントで毎年10万人ぐらいの人が来るんです。初めてイベントでプロモーションしたのはそこですね。2018年5月開催のそのイベントで東京クロノスやりますって発表したら、それがちょっとバズって話題になりまして。次が7月にロサンゼルスで行われるアニメ・エキスポっていうだいたい30万人ぐらい来るイベントでした。そこで第一弾PVと、Kick starterやりますって発表をしました。アメリカのイベントで発表したから結構海外の方々が興味を持ってくれて、支援してくれる人もいましたね。
 あとVRの市場、コトづくりの話とかも関連するのかもしれないんですけど、想いがあって作ったとしても売れないとダメなので。そうなった時にVRってまだやってないみたいな、スマホのソシャゲみたいなコンテンツ程人口が多いわけじゃないので、とにかくまだジャンルがニッチなんです。だからほかのニッチな層にどう届けるんだっていうのがあるんですよ。グローバルニッチ戦略っていうのがあるんですけど、世界中のニッチな人を集めるとすごい数になるんですよ。それを地でやろうとしているんですよね。だから英語対応もしているし日本語対応も中国語対応もしています。VRは人口は少ないけど熱量の高い人が世界中に散らばっているので、その人に届ける。そうすると結局何十万人にもなるから、みたいな考え方をしていますね。だから日本と海外向けの両方でクラウドファンディングも始めて、初めからコアなファンを掴みたかった、という形です。

次に見据えるビジョンはありますか?

岸上さん 一つは東京クロノスをシリーズ化させたいっていうビジョン、もう一つは他社の大手ゲーム会社、それこそソニーさんやスクウェアエニックスさんのような企業ととタイアップして、なにかVRの作品を作りたいなと考えています。 


最終目標は何ですか?

岸上さん 最終目標は、総合エンターテインメントカンパニーです。現状ではゲームとかVRが中心になってはいますけど、僕がテクノロジーとエンターテインメントを掛け合わせをやりたい人なので。それこそ、ソニーさんのエンタメ部門みたいな感じで音楽やアニメ、ゲームに出版といった多くのエンターテインメントを発信していきたいと考えています。やりたいことは全部やりたい。それができるような会社にしたいなっていうのが最終的な目標、ビジョンです。

コトづくりを通じて何を見出せましたか?

岸上さん 二つあります。一つはみんなでコンテンツを生み出すことは超面白い、ということ。二つ目はその目指していることが困難であればあるほどに凄い人が集まる、ということです。東京クロノスって、日本発で世界にヒットさせようというコンセプトをもとに作り出されたんです。実現が難しくてもみんながもとめているコンテンツを作ろうって発信すると自然と人が集まってくるんです。

これからコトづくりを始める人に向けて一言お願いします。

岸上さん 僕の場合は「やりたい!」って言ってとにかく行動し続けたら、自然と人やお金が集まり実現できました。なのでとにかく「自分がやりたいことだけを言い続けること」が大事だと思います。そこだけは妥協しちゃいけません。根本が崩壊しちゃいますからね。そうすると目指している地点が同じでスキルのあり考え方が同じ人達が自然と集まってきてくれるので。妥協せず、断られてもあきらめずに声を出し続けてください。