賃料改定交渉の留意点-直近合意時点

1 賃料改定交渉と賃料鑑定

賃料の増額又は減額を求める交渉(賃料改定交渉)により賃料を合意することができない場合には、最終的には賃料増減訴訟に至ることとなり、そこでは、裁判所が選任した鑑定人の鑑定評価額(継続賃料の鑑定評価額)を踏まえて賃料増減請求の当否及び改定後の賃料についての判断がなされます。そして、多くの場合、鑑定評価額がそのまま改定後の賃料(相当賃料)と判断されます。
そのため、訴訟に至った場合に継続賃料に関して展開する主張が賃料改定交渉の段階でした主張と整合したものとなるよう、賃料改定交渉におけるやりとりは、継続賃料の鑑定評価の判断枠組みを踏まえて行う必要があります。

2 賃料鑑定における直近合意時点

⑴ 継続賃料の判断枠組み

継続賃料の判断枠組みは、
「現行賃料を前提として、契約当事者間で現行賃料を合意しそれを適用した時点(以下「直近合意時点」という。)以降において、公租公課、土地及び建物価格、近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等における賃料又は同一需給圏内の代替競争不動産の賃料の変動等のほか、賃貸借等の契約の経緯、賃料改定の経緯及び契約内容を総合的に勘案し、契約当事者間の公平に留意の上決定する」
とされています(不動産鑑定評価基準総論第7章第2節のⅠ4.)。
この判断枠組みは、賃料増減請求に係る最高裁判例の判断枠組みを踏まえて、それを鑑定評価の観点から整理したものです(「不動産鑑定評価基準に関する実務指針 -平成 26 年不動産鑑定評価基準改正部分について-」214頁参照)。
 
これは、要するに、継続賃料は、
・直近合意時点以降に生じた事情変更(公租公課、土地及び建物価格、周辺の賃料水準等の変動等)
・直近合意時点までに生じていた諸般の事情(契約の経緯、賃料改定の経緯、契約内容等)
の各要素を考慮して判定する、ということです。
※なお、直近合意時点までに生じていた諸般の事情が直近合意時点以降に解消された場合は、当該事情(直近合意時点以降に諸般の事情が解消されたこと)は、事情変更として考慮されます。 

⑵ 直近合意時点の重要性

以上の判断枠組みから明らかなとおり、継続賃料の判定にあたっては、経済事情の変動(公租公課、土地及び建物価格、周辺の賃料水準、物価水準等の変動)については、基本的には直近合意時点以降のものしか考慮されない、ということになります。
経済事情の変動は賃料改定交渉にあたって賃料を改定すべき理由とされることが多いところ、直近合意時点は経済事情の変動等の事情変更を考慮する始点となるものであるため、直近合意時点がいつであるかは、継続賃料の判定にあたって非常に重要です。
すなわち、例えば、2023年1月1日の継続賃料を求めるにあたり、
・賃料は、2015年1月1日も2021年1月1日も同額である
・2015年1月1日から2020年12月31日までは著しい経済事情の変動があった
・2021年1月1日から2023年1月1日までは経済事情の変動がほとんどなかった
というような場合には、直近合意時点が2015年1月1日となるか、又は2021年1月1日となるかで、継続賃料の鑑定評価額に大きな違いが生じます。

⑶ 直近合意時点の判定

ア 考え方
直近合意時点は、「現行賃料を合意しそれを適用した時点」ですので(不動産鑑定評価基準総論第7章第2節のⅠ4.)、基本的には、現在の賃料が合意された時点となります。
ただし、継続賃料の判断枠組みは最高裁判例の判断枠組みを基にしたものであるところ、直近合意時点は最判平成20・2・29における「賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの…を基にして、同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、諸般の事情を総合的に考慮すべきであ」るとの判示に基づく概念であり、賃貸人と賃借人が「現行賃料を合意」したというためには、「賃貸人と賃借人が賃料を現実に合意した」ことが必要となります。
 
イ 直近合意時点が問題となる場合
上記のとおり、賃料についての「現実の合意」があった時点が直近合意時点となりますが、賃料についての「現実の合意」があったのがいつであるかについて争われることが少なくありません。典型的には、
①賃料自動改定特約に基づき賃料が改定された場合
②賃料改定等の合意なく賃貸借契約が更新された場合
③賃料について据置きの合意がされた場合
等に、いつ賃料についての「現実の合意」がされたかが問題となります(①については賃料自動改定特約に基づく改定の時点で賃料についての「現実の合意」があったといえるか、②については賃貸借契約の更新がされた時点で賃料についての「現実の合意」があったといえるか、③については賃料を変動させない据置きの合意が「現実の合意」といえるか、が問題となります)。
これらの各場合について、裁判例においては、以下のように判断されています(実務指針221頁においても、以下と同様の判断とすべきことが記載されています)。
 
①賃料自動改定特約に基づき賃料が改定されている場合
・賃料自動改定特約に基づき改定された時点ではなく、賃料自動改定特約が合意された時点が直近合意時点となる(最判平20・2・29)
・ただし、賃料自動改定特約による改定のタイミングで、当該特約に基づく改定額が妥当であるか等についての協議を踏まえて改定がされている場合には、当該改定の時点が直近合意時点となる(東京地判令2・10・29)
 
②賃料改定等の合意なく賃貸借契約が更新された場合
・更新がされた時点ではなく、現在の賃料が合意された時点が直近合意時点となる(自動更新の場合について東京地裁令和2年7月17日等、法定更新の場合について東京地裁平29・3・29等)
 
③賃料について据置きの合意がされた場合
・賃料据置きの合意がされた時点が直近合意時点となる(東京地裁平31・2・28等)

3 賃料改定交渉の留意点

以上のとおり、直近合意時点は賃料改定につながる事情変更を考慮すべき始点となるものであるため、賃料改定交渉にあたっては、賃貸人の側においても、賃借人の側においても、それまでの賃貸借期間中の事実経緯を踏まえて直近合意時点を的確に把握し、それ以降の事情(経済事情の変動等の事情変更)を基に賃料の改定を求めるべきことになります。
また、賃料の増額(又は賃料の減額)を求められた賃借人(又は賃貸人)としては、相手方が賃料の増額(又は減額)を主張する理由がいつ以降の事情変更(経済事情の変動等)に基づくものであるかを確認し、直近合意時点を正しく把握せずに賃料の改定を求められていると考えられる場合には、そのことを踏まえた反論を行うべきこととなります。


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