AI:ソムニウムファイル(旧作)の感想

スパイクチュンソフトが2019年9月に発売したアドベンチャーゲーム『AI:ソムニウムファイル』をつらっと一通り遊んでクリアした感想。

総評

まず言いたいのは、デザインセンスと言葉遊びのセンスがずば抜けていた。この世界観を満喫できたので買ってよかったと思える。デザイン面については、とりわけタイトル画面とPsyncで突入&退出する場面のサイケデリックなCGが本当に素晴らしい。言葉遊びがとても良い。ただひたすらにここをべた褒めしたい。雰囲気はティザートレーラーでなんとなく伝わるはず。

シナリオについて
全体を通してシナリオはまあまあ面白いといった感想。ミステリーとしては佳作。トリックにあたるアイデアは面白かったが、プレイヤーが途中でわかるように伏線・設定を配置しているのでそれほど驚きはない。少し丁寧な展開をしているだけに、ストーリー展開は遅いように感じた。作中のギャグは少し安直なものもあったが、それこそ至る所にちりばめられており、声優さんの演技力で笑わされる場面も多かった。それにしても多くの男キャラがエロに弱いって安直すぎるよな。

登場キャラクターについて
主人公が面白カッコ良かった。同じ選択肢を選び続けると一人小芝居を始めるところとか天丼ネタが好きなのでもう大満足である。
主人公以外でお気に入りのキャラクターを挙げると「アイボゥ」と「灘海硝子」、スナックの「ママ」あたり。
「アイボゥ」はキャラデザがあまりピンとこなかったが、性格と声がかわいくて順当にヒロインしていました。鬼頭明里さんいいですよねぇ、と。
「灘海硝子」についてはあまりいい性格ではないので、人気があるキャラではないと思うが、声優の小林ゆうさんの演技に凄みがあり、硝子の慟哭には胸を打たれた。
スナックの「ママ」についてはアニメ・ゲームにおかまキャラはとりあえず入れとけ感ある。ある意味オーソドックスなおかまキャラ。
各ルート名に採用されていた他の主要キャラについては、みんなキャラクターが立っているのだが、(性格の)とがった部分が自分にはことごとくヒットしなかったので少し残念。総じて地味目のキャラクターの方が好きだった。

各パートの操作感について
本作は現実世界の捜査パートと夢世界のソムニウムパートに分かれる。
捜査パートについてはよくあるADVゲームである。一場面でも調べられるオブジェクトはかなり多く、一度過去に調べたオブジェクトでも違うコメントが見られるので、すべて見ようとすると大変ではある。
ゲームの目玉である夢世界(ソムニウムパート)のコンセプトはとても面白かった。夢の中なので理不尽な展開が起きると作中で登場人物が言っていたものの、ゲーム攻略するうえではマップを見てしっかり論理的に考えてやらないと制限時間をオーバーしてしまうので、夢特有の理不尽感はむしろ薄く少し拍子抜けした、というのが正直な感想。


というわけで、スパイク・チュンソフトのゲームをいろいろと遊んだことがあり、それらが好きなら買うのは十分にアリ。スパイク・チュンソフトを遊んだことないならイントロダクショントレーラーを見て、気になるようなら遊んでみればいいかなと。『ダンガンロンパ』や『かまいたちの夜』などのほうが遊んだ時の衝撃は大きかったので、そちらを遊んだことがなければ、そちらから手を出すのがよいかもしれない。


重箱の隅を楊枝でほじくる

ここから重大なネタバレアリでシナリオで気なった2点について、不毛な指摘をぐちぐちと書く。

まず、犀人が最初にPsyncを使う動機が意味不明な点について、
犀人が初めてPsyncを使用した場面で、直前に前組長である狼範を痛めつけておいてから入れ替わりを決行した理由が意味不明すぎる。そして、案の定グダグダになる。シナリオで辻褄が合わなくなったようにしか見えない。

>ファミ通の記事(座談会インタビュー)にて下記の内容を発見。

Q.6年前に犀人が狼範にPsyncをした理由は?

A.犀人自身、その旺盛な好奇心で試してみたくなったから。犀人は歪んだ性癖の持ち主であり、男性の強い肉体に憧れがあったということも理由のひとつ。

https://www.famitsu.com/news/201911/02186015.html?page=3

このように回答しているが、さすがに理由になっていない。

次に試作型Psyncの設定について。特にこっちの方が気になって仕事が手につかなくなった。
試作型Psyncは、寄生者は左目をくり抜く必要があり、試作型の設定を見る限りは宿主もおそらくくり抜く必要があるように思われる。しかし第2サイクロプス事件のいずれ事件においても、目をくり抜かれているのは寄生する側(犀人が前まで宿っていた体)だけであり、新しい宿主は寄生された時点では目をくり抜かれてはいない。(ラストに伊達の義眼を一度取り外すときが例外的にくりぬいているといえる。)
基本的にくりぬかれていないことは、犀人が乗り捨てた後の死体の眼窩から血が流れていていることから、寄生された時点ではくりぬかれていないことがわかる(義眼の可能性も否定できる)。

百歩譲って、被害者は目玉をくり抜く必要なくPsyncを起動できるという裏設定があったとしても、最後のPsyncで伊達の左目に埋め込まれた義眼を取り外すという余計なことをしているのもおかしな話になる。変な義眼だと言いながらもPsyncの後にはめ直していることからも違和感が強い。

ミステリーにおいて、説明が不足していることについてはどうとでも補いようがあるが、矛盾する描写を残してしまうのはクオリティが低いと言わざるを得ない。乗り移るときに犯人も目玉を失ってたら、すぐにバレてしまうので演出としてそのように描写したというのはもちろん理解できるが、ツメが甘いと言わざるを得ない。

結局のところ、何を主眼としてADVを書くかということなのだと思う。ミステリの辻褄を完璧にとることよりも、多少強引でも面白さを重視して突っ走るのもエンタメとしてはありなのだろう。それがいいのか悪いのかは人それぞれというところなのだろう。

いまの私は、それこそ焼き魚を食べるときに食べやすい部分を食べ散らかしただけで、まだまだ食べ残した部分が多く隠れているという状態だ。いましばらくは細かい選択肢までほじくり返してしゃぶりつくそうと思う。

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