見出し画像

パリスの審判:4.ヘラとアテナの誕生

パリスの審判の三美神のうちの残りの2柱、ヘラとアテナについて、今回は紹介したいと思います。いずれも奇妙な誕生の仕方をしています。

ヘラとその兄弟の誕生

ウラノスの男根を切り落とすことで、神々の王としての地位を父から奪ったクロノスは、姉のレイアと結婚します。そして、たくさんの子どもをもうけました。

レイアは クロノスの愛をうけて 栄えある子どもたちが生まれた
すなわち ヘスティア デメテル 黄金のくつをはくヘラ
地の下の館に住み 冷酷な心も強いハデス
また爆音とどろかす 大地を震わす神 ポセイドン
また賢いゼウス 神々と人間どもの父
その雷鳴で広い大地も 震えるのだ。

ヘシオドス『神統記』

最初の子どもが長女のヘスティア、炉の女神です。そして、デメテル、次いで後に末弟のゼウスと結婚することになる「黄金のくつをはくヘラ」が生まれたのです。

子どもを呑み込むクロノス

ウラノスから最高神の座を奪ったクロノスは、両親から「己の息子によっていつの日か打ち倒される定めになっている」というのを聞いていました。そこでクロノスは、なんと「その子どもたちがきよい母胎から膝へ生まれ落ちる片端から」(ヘシオドス『神統記』)、その子どもたちを呑み込んでいたのです。

妻レイアの悲しみと両親への相談

当然、クロノスの妻であり、ゼウスたちの母であるレイアは、深い悲しみに襲われました。我が子が夫に呑み込まれているのですから。
そこでレイアは、両親である女神大地と天に相談を持ちかけます。末子ゼウスが生まれる時でした。

彼女が 神々と人間どもの父 ゼウスを出産なさろうとしていた
まさにそのとき 彼女は 愛おしい両親
大地と星散乱える天に 智慧を授けてくれるように懇願された
どうしたら(クロノスに)知られずに
いとおしい子どもをうめようか また 彼女自身 自分の父親(ウラノス)の恨みと
悪知恵長けたクロノスが呑み込んだ子どもたちの怨みを 晴らすことができようか と。

ヘシオドス『神統記』

両親(女神大地と最高神の地位を息子に簒奪された天の神ウラノス)は、娘のレイアの頼みを聞き入れ、彼女を出産のためにクレタ島に送ります。

ゼウスの誕生と女神大地の詭計

クレタ島でレイアは、ゼウスを産みます。祖母の「広大な大地ガイアはわが身に受け」とり、「生い茂る樹木に覆われたアイガイオンの山中」の奥深い洞窟に隠します。
そして、「大石に産着うぶぎを着けると、それを神々の先の王である 天の御子(クロノス)に与え」(ヘシオドス)ると、クロノスはいつものようにそれをゼウスと思い込んで呑み込んだのです。

レイアと祖父母の詭計のお陰で、ゼウスは無事に育つことができました。

ゼウスの策略によるヘラの誕生

成人したゼウスは、策略を使って父クロノスの体内から自分の兄弟姉妹を吐き出させることに成功します。

悪知恵長けた 大いなるクロノスは 己がこどもを吐き出した
彼の息子(ゼウス)の策略と力に 打ち負かされて。

ヘシオドス『神統記』

ゼウスは、父クロノスの体内から兄弟姉妹を救出しました。この時が、後にゼウスの正妻となるヘラが生まれた時になります。

ゼウスは、末子でしたが、兄や姉を父クロノスの体内から救出した時には、すでに成人になっていました。よって、兄や姉は、父と子ほど違う弟や妹のような関係になるのです。

父クロノスと神々の王の座を狙って長いこと戦いを繰り広げます。
そして、ついにゼウスは、父クロノスを破り、神々の王となったのです。

神々の王ゼウスもまた

ゼウスの父クロノスは、自分の神々の王の地位を守るために、子どもたちが生まれるとすぐに呑み込んでいました。ゼウスもまた同じことをしているのです。

最初の妻メティスを呑み込む

ゼウスは、最初の妻メティスが女神アテナを出産しようとしたその折に、母子ともども呑み込みます。

神々の王ゼウスは 神々と死すべき身の人間どものうちでも
並びなく賢いメティスを 最初の妻となさった。
だが、まことに彼女が 輝く眼の女神アテナを出産されようとしていたその折に
彼は 策を用いて 言葉巧みに 彼女の心を欺き
彼女を 己の腹中に呑みこんでしまわれた
大地ガイアと星散乱するウラノスの勧めるままに

ヘシオドス『神統記』

なぜなら、最初の妻メティスからは神々の王たるゼウスの地位を脅かすような「並外れて賢い子供らが生まれる定めになっていた」(ヘシオドス)からです。

ゼウスの妻と子どもたち

ゼウスの2番めの妻がテミス、3番目の妻が姉のデメテルです。
4番目の妻ムネモシュネとの間に生まれたのが詩歌の女神ムウサです。5番目のレトとの間に生まれたのが、アポロンと「弓矢を悦ぶアルテミス」(ヘシオドス)です。
そして、ゼウスは、ヘラを最後の妻とします。ヘラもゼウスの姉でした。

アテナの誕生

ヘラと結婚した後に、母親のメティスとともにゼウスに呑み込まれていた女神アテナが誕生します。
その誕生の仕方は、何ともシュールなものでした。ゼウスの頭から生まれるのです。

ゼウスみずから 輝く眼のアテナを生まれたのだ ご自分の頭から。
この方は 畏い方で 鬨の声を惹き起こし軍勢お導き 疲れもしらず また女王である。
彼女は 喚声 戦い 闘争を楽しみたもうのだ。

ヘシオドス『神統記』

終わりに

英雄叙事詩『イリアス』や『オデュッセイア』を書いたホメロスとヘシオドスは同時代人です。ギリシアのポリスが形成される、紀元前7世紀頃に生き、そして、『仕事と日』や、ここで引証している『神統記』を書いたのです。

ポリスが形成される遥か昔の、ミュケナイ文明の時代の神話や伝承などをまとめたのが、『神統記』と言われています。

ギリシア神話の原型を作ったというか、文字によって取りまとめたということで、日本の『古事記』や『日本書紀』に似ています。

しかし、時の権力者による要請によって書かれたものではなく、一庶民の手になるものだったところに、市民共同体としてのポリスの特質が見られるような気がします。

いずれにしても、こうやって丁寧に追いかけてくると、神話というのは、どこか荒唐無稽というか、現実離れしたところがありますね。

本日も最後までつきあっていただき、ありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?