大阪市中央区の社会保険労務士⚖️マチネ社労士事務所の上田麻美です⚖️
毎日書くぞ!と思ってもなかなか書けないですね・・
ご無沙汰してしましました。
さて、先日の私の体験を記事にしてみようと思います。
私はある経営者の交流会に参加しているのですが参加のたびに「あなたの経営指針は?」「理念は?」と聞かれるので先月3日くらいかけて自分の理念と向き合ってみました。
めちゃくちゃ考えて考えて、最後の方は泣きながら考えてやっと答え(らしきもの)に辿り着きました。
そのやっとのことで掘り当てた理念を、私はしばらく誰にも話すことができませんでした。
その理由は「怖かったから」です。
言ってみて、
否定されたらどうしよう・・
笑われたらどうしよう・・
と考えてものすごく怖かったです。
なのでしばらく言えませんでした。
でも、1週間くらいしたら、せっかく考えたんだしちょっと話してみたい。と思って、勇気を出して友人に話してみました。
その友人の答えは
「私はいいと思うよ。でも世間的にはそういうの受け入れられないんじゃない?」
でした。
その後にもいろいろ助言をくれたのですが・・なんとなく全部が腑に落ちなくてなんだろうなぁと思っていたのですが
(なんとなく茶化されているような、真剣に捉えられていないような、馬鹿にされている様な気持ちにもなっていました)
その時は、会話を途中で終わらせて、もう誰かに話すのやめようって思っていました。
その後しばらくして、交流会でまた「理念は?」って聞かれたので、ここの人たちなら話しても大丈夫な気がして話してみました。
そこでは、全員から
すごくいいよ!すごくいいと思うよ!
って言ってもらえました。
もちろん、でもここが甘いよねって助言もいただけたし、具体的にどうするの?それをどう仕事に繋げるの?って厳しい質問もあって、タジタジしたのですが(笑)
私自身は、否定された気持ちにも、馬鹿にされたとも感じることもなく、とても前向きな気持ちになれました。
この二つの出来事の違い・・なんだと思いますか?
最初に話した友人の
「私はいいと思うよ。でも世間体にはそういうの受け入れられないんじゃない?」
太字の部分が噛み合ってなかったんです。
その友人の意見なのか?世間の意見を代弁しているのか?
私が聞きたかったのは友人の意見で世間の意見じゃなかった。
友人は自分の意見を「世間」に押し付けて主語を世間に変えて言っていたのかもしれません。
そう思って、過去の会社での会議のことも思い出してみました。
・その方法は良いと思いますが〇〇さんはどう思うかなぁ・・
・みんなが受け入れてくれません
・○○部がダメって言います
・前に〇〇さんがそのやり方で失敗したって言ってました
って自分の意見ではなく、他人の意見を代弁していたとき、必ず話が噛み合わなくなっていました。
発言に説得力も真剣味も消えてしまう。
だから、私は「なんか茶化されてる」って思ったんだなと気づきました。
多分、他のことならそんな風に考える事はなかったと思います。
でも3日もかけて自分と向き合って掘って掘ってやっと見つけた自分の答えを他人の意見の代弁って形で返された事に、会話が噛み合わなかったんだなと思いました。
コミュニケーションに一番大事なのは
「I メッセージ(アイメッセージ)で話すことですよ」
と先輩士業の先生が教えてくれました。
交流会の方々は皆さん「私はこう思いますよ」と自分の意見をくださいました。
自分の意見や考えを発言することはとても怖かったです。
そしてその意見を「否定」されることもまた怖かったです。
私は、2度と話さない と思ってしまいました。
でも、だからと言って私の意見の間違いを指摘してくれる人がいなくなるのも困ります。
だから否定されたり指摘される事も感謝しなければ・・と一生懸命思ってきました。
逆に自分も、誰かと意見が違う時、相手を傷つけたり怒らせたりするかもしれないなと思っていても意見が違うと伝えなければと思っていました。
でも、人を怒らせたり傷つけたりする事はやっぱり怖いからどうしても
「そう言うのってみんなどう思うかなぁ」って他人を主語にして言ってしまっていました。
その相手への配慮が余計に相手を混乱させたり傷つけたりするんだなとわかりました。
難しいけど、自分の意見は自分の言葉できちんと伝える。
その方が相手は戸惑うけど傷つかない。と思った出来事でした。
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