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VOL. 11 永遠の眠りの中で

03月10日(水)

■成田空港

羽村先生に刺された耕介がもたれかかる.

耕介:「このままウチに連れて帰ってくれ」

助けを求めるように繭の方を見る羽村先生.

耕介:「誰にも気付かれないように」

耕介:「早く.早く」

二人に駆け寄る繭.

耕介:「コート」

コートを拾い……

耕介に掛ける羽村先生.

コートで傷口を隠す耕介.

■タクシー車内

タクシーで二宮家に向かう.

帽子をとって汗を拭く運転手.

  • ⇧ これは後のシーンで効いてきます.

車内での三人.

傷口を押さえる繭.

放心状態の羽村先生.

羽村先生,繭の方を見る.

繭も羽村先生の方を見る.

指先の震えが止まるまで,気付くことができなかった.あれから僕たちは,すべてを失ってしまったね.


二宮家へ到着

  • 推定時刻は1500前ぐらい?.

三人がタクシーを降りる.

三人を降ろしたタクシーは,バックで行きかけたところで……

クルマを止める.

異変に気付いた運転手.

後部座席には血の跡が……

■二宮家

耕介をアトリエ踊り場のソファーに腰掛けさせる.

繭:「タオル」

自室or書斎へタオルを取りに行く繭.

羽村先生:「医者を呼んだ方が」

羽村先生:「ぼくは」

羽村先生が話すのを制す耕介.

立ち上がり,自分の傷を押さえながらため息をつく羽村先生.

耕介:「どの道,私は長いことはなかった」

耕介:「医者からももう,見放されてね.せめて,最後は娘と,繭と二人だけでと思いましてね」

耕介:「一緒に死んで欲しいと,言ったかもしれない」

耕介:「多分娘は,イヤだとは言わなかったでしょう」

耕介:「先生」

耕介の前に寄り,腰をかがめる羽村先生.
繭が廊下を走って戻ってくる.

耕介:「娘と……」

耕介:「二人だけにしてくれませんか」

耕介:「ほんの少しだけでいい」

繭の方に振り返る羽村先生.

かすかに首を横に振る繭.


耕介の書斎へ移動

書斎を出る羽村先生.

傷口をタオルで押さえる繭.

しかし出血は続く.
繭:「止まらない」

耕介:「繭.顔を……」

耕介:「顔をもっとよおく見せてくれないか」

耕介:「繭.あの男が,好きか?」

うなずく繭

繭:「ごめんなさい」

耕介:「謝ることは,ない」

ノミを……

ひき抜く耕介.

耕介:「タバコを,取ってきてくれないか」

首を振る繭.

耕介:「早く」

耕介の手を握る繭.
繭:「いや」

耕介:「みっともないところを見せたくない」

耕介:「さあ,行くんだ」

耕介:「繭.行くんだ!」

傷口に目をやる繭.

立ち上がる繭.

頷く耕介.

書斎を出る繭.

耕介:「それでいい」

アルコールランプ(?)に手を伸ばす耕介だが……

余力はなく,ベッドから落ちてしまう.


書斎から戻ってきた繭.

繭に気付いて,振り返る羽村先生.

繭,廊下で泣き崩れる.

繭に歩み寄る羽村先生.


耕介,残った力でアルコールランプを手元に.

ベッドにアルコールを撒く耕介.

マッチを擦り,

撒いたアルコールに火を付ける耕介.


立ち上がる羽村先生,書斎の方に目を向ける.

羽村先生,耕介の書斎へ.

既に部屋の中は火が回っている.

ドアの下を見る羽村先生.

ドアの下から煙で耕介が部屋に火をつけたことを知る.

羽村先生,ドアを開けようとするが,鍵がかかっていて部屋に入れない.

もう部屋全体に火が回っている.
羽村先生:「二宮さん」

羽村先生:「二宮さん!」

羽村先生:「二宮さーん!」

羽村先生,必死にドアを叩くが中から反応がない.

羽村先生:「二宮さーん!」

部屋の中は火の海.
羽村先生:「二宮さん!」

羽村先生:「二宮さん!」

羽村先生:「二宮さーん!」

■建設現場

新庄先生が作業中,電話がかかってくる.

現場監督(?):「おーい,新人.電話だぞ」

新庄先生:「はい,すんません」

■放課後の学校正門

直子,下校.

正門脇で貴広君が待っている.

直子と貴広君,再会.
貴広君:「おねーちゃん!」

直子:「貴広君」

貴広君Vサイン.

■建設現場

休息時間に入る.

新庄先生,誰かの足音に気付いて横を見ると……

貴広君が.

新庄先生:「さっき,母さんから電話あったぞ」

貴広君:「おじさんが転勤で,海外に引っ越すっていうんや」

新庄先生:「おじさんやないやろ」

貴広君:「ボクは,英語なんか喋れへんし,裁判で決まったことかもしれんけど,ボクは,なんもいわんかったんやから,それは,民主主義に反すると思うねんけど」

貴広君:「今のウチは,ボクのやることのうて,退屈なんや」

貴広君:「家計簿つけたり,食事作ったり,そういうこと覚えていった方が,これからの男は」

新庄先生:「なにわけのわからんこと言うとるんや」

直子:「わけわかんなくなんかないじゃない.なに不自由ない暮らしより,アンタと一緒に思い切り不自由な方がいいって言ってるんでしょ」

立ち上がる新庄先生.

貴広君:「お父さん」

新庄先生:「母さん,泣いとったぞ」

新庄先生:「ちゃんと電話しとけ」

新庄先生:「明日,父さんが荷物取りに行くってな」

貴広君:「お父さん」

貴広君を抱きしめる新庄先生.

■いつものラーメン屋

新庄親子と直子が一緒に夕食.

貴広君に取り分けする直子.
直子:「はい」

新庄先生:「お前なあ.まあ,今日は特別やけど.もう貴広ダシにしてちょこちょこオレのとこなよ」

直子:「うわー!」

新庄先生:「なにが『うわー』や」

直子:「言っとくけど,あたしは貴広君じゃなくて,アンタよアンタ」

直子:「自分がメインディッシュだなんて,まぁホント図々しい」

貴広君:「ぷっ」

直子:「あたしは貴広君のこと好きだから,これからもちょくちょく行くわよ」

直子:「ね!」

貴広君:「歓迎するわ」

新庄先生:「貴広! アカンぞ! @#$%^&*(%^&*」

直子:「そんなこと言う権利ないでしょ.もう先生じゃないんだし」

貴広君:「そうや」

直子&貴広君:「ねー!」

新庄先生:「勝手にせえ」

直子:「勝手にするもん」
直子&貴広君:「ねー!」

直子:「おねーちゃんにもチャーハン頂戴」

貴広君:「ええよ」

直子:「ありがと」

直子:「貴広君.た・ま・ご」

貴広君の口元を拭いてあげる直子.

直子:「はい」
ちょい笑顔の新庄先生.

■新庄先生宅

するめを焼いていたことを思い出した新庄先生.
新庄先生:「あーいや,あいやあいやいやいや」

新庄先生,夜のテレビニュースで,二宮耕介が亡くなったことを知る.

アナウンサー:「今日,午後三時頃ですが」

アナウンサー:「杉並区浜田山の二宮耕介さん方が全焼しまして,彫刻家の二宮耕介さんが死亡しました」

アナウンサー:「警察と消防では,火事の原因と遺体に不審な点が多く」
テレビの前に座り,ボリュームを上げる新庄先生.

アナウンサー:「火災後,二宮さんの長女で,高校二年生の繭さんが」

アナウンサー:「行方不明となっているために,何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるとしまして,繭さんの行方を探すとともに」

玄関のインターホンが鳴る.

アナウンサー:「事故と事件の両面から捜査を始めています」
テレビを消して,

玄関に出る新庄先生.

ドアを開けると羽村先生が.
新庄先生:「羽村」

会釈する羽村先生.

新庄先生:「一人か?」

首を横に振る羽村先生.

羽村先生,横に目をやる.

新庄先生がさらにドアを開けると繭がそこに.

察したように羽村先生を見る新庄先生.


何かに怯える様子で窓から外を見ている羽村先生.

二人にタオルを持ってくる新庄先生.

羽村先生:「僕が刺したんです」

羽村先生:「彼女の父親を,空港で」

こたつの前に座る羽村先生.

羽村先生:「二宮さんは,そのことを気付かれないように,ウチへ戻してくれと言いました.書斎に入ると,鍵をかけて」

羽村先生:「火をつけたんです」

新庄先生:「なんてこっちゃ」

繭:「お父さんは」

繭:「お父さんは自殺したの」

一瞬,考えを巡らせる新庄先生.

新庄先生:「誰かに見られたか?」

羽村先生:「え?」

新庄先生:「空港からウチ着くまでに誰かに見られたか?」

羽村先生:「いえ」

羽村先生:「いや,わかりません」

新庄先生:「警察じゃ,二宮,お前が行方不明やいうて探してんぞ」
『え?』という表情の繭.

羽村先生:「か,彼女は関係ないんです」

羽村先生:「僕が一人で」

羽村先生:「自首します」

羽村先生を見る繭.

新庄先生:「二宮が言うたやないか.自殺したんや」

羽村先生:「いや,しかし」

新庄先生:「確かに重症で持てへんかったかもしれへん」

新庄先生:「けど,病院へ行かんとウチへ帰ろうとした.そしてお前らが入らんように鍵しめて,火付けたんや」

新庄先生:「お前らとは無関係やと思わせたかったんやないか」

新庄先生:「とにかく,二宮と一緒にいてるのはマズイ」

新庄先生:「行こ.相沢の家に居たことにするんや.ニュース見て慌てて警察に」

羽村先生:「そんな!」

新庄先生:「大丈夫や.俺も今から一緒に出ていく」

不安が募る二人.

■大通り

新庄先生:「お前はウチ帰れ」

新庄先生:「ええか,あした何食わぬ顔で学校出るんや.目撃者がおらんかったらお前が疑われることはない」

羽村先生:「しかし」

新庄先生:「言う通りにせえ.殺人犯になるんやぞ.一生棒に振ることになる.お前だけやない.田舎の親兄弟まで巻き込まれることになるんや」

新庄先生:「お前はやってないねん.な!」

新庄先生タクシーを止める.

不安そうに羽村先生に寄り添う繭.

新庄先生:「二宮!」

『大丈夫心配ない』と頷きながら繭を送り出す羽村先生.

振り返る繭.

『大丈夫』と頷く羽村先生.

走ってタクシーに乗り込む繭.

新庄先生と繭,タクシーで移動.

03月11日(木)

■登校途中

羽村先生,何食わぬ顔のつもりで学校へ.しかし心ここにあらず.

生徒:「おはようございます」
羽村先生,生徒に挨拶されても気付かない.

■職員用ロッカー

羽村先生,下足箱を開ける手が震えている.

同僚の先生:「おはようございます.寒いですね」
同僚の先生に挨拶されても気付かない羽村先生.

■職員室

羽村先生,職員室を出てきた刑事とすれ違いざま,肩が触れる.

刑事:「あ,失礼」
落とした羽村先生の鞄を拾うもう一人の刑事.

刑事:「おい,行くぞ」

宮原先生:「刑事さんなんですって」

学年主任:「二宮繭の件で」

宮原先生:「ええ」
学年主任:「ああ,かわいそうにねぇ.両親ともいなくなっちゃったんだもんなあ」

宮原先生:「でも.遺産が相当あるって噂ですよ」
学年主任:「ホント?」

宮原先生:「ええ」
学年主任:「じゃ、教頭あたりいきなりご機嫌取り出るかもね」
宮原先生:「え?」
学年主任:「寄付金寄付金って」

職員室に入ってくる羽村先生.

宮原先生:「やりかねないですw」
学年主任:「私はやるよ」
宮原先生:「さすが狙ってますね次の座」
学年主任:「羽村先生」

学年主任:「忘れたんですか?」

羽村先生:「え?」

学年主任:「髭ですよ髭」

学年主任:「みっともないから剃りなさいよ」

愛想笑いの二人.
羽村先生:「はい」

生徒:「失礼します」

生徒:「先生,答辞の原稿見て頂けますか」
宮原先生:「はいはい」

国語(?)の先生:「早いですね.もう卒業式ですもんね」

学年主任:「昔はね,生徒が泣きながらね,私の胸に飛び込んできたものなのよ.今どきの子供はドライって言うか何て言うか」

鏡で髭の確認する羽村先生.

宮原先生:「でも,お礼参りとか言ってリンチされるよりはマシですよね」

  • 後ろで,宮原先生の一言にウケてるけど,なんて物騒な.

動悸気味の羽村先生.

■生物室での授業

  • 学年クラス時限不明.

羽村先生心ここにあらず.

ビーカーの割れる音.
生徒達:「きゃー」「おー」

■2B教室前の廊下

授業に向かう羽村先生と……

教室から刑事に付き添われて警察へ行く繭.

羽村先生と繭,一瞬目が合う.

平静を装う羽村先生.

繭と羽村先生がすれ違う.

羽村先生,すれ違ったあと……

繭の方を振り返り,心配そうな表情でため息.

  • 状況からして木曜日の6時間目の2Bの生物の授業の開始直前と思われます.

■警察署

繭,警察で事情聴取を受ける.

刑事:「昨日は休んでどこにいたの?」

刑事:「お父さんと一緒じゃなかったの?」

刑事:「それとも,他の誰かと?」

刑事:「黙ってちゃ,わからないよ」

成田から三人を乗せたタクシーの運転手が繭を確認.

頷く運転手。

繭は黙って何も答えない.

■相沢家

繭,(事情聴取の終了後)直子の部屋へ.

直子:「遠慮いらないからね」

直子:「ウチのババアもずっといてもいいって,言ってるの」

直子:「コーヒーでもいれるわ.飲むでしょ」

繭は黙って俯いたまま.

一旦,部屋を出る直子.

直子が部屋を出ると,窓から外の様子を窺う.

警察(?)が家の前を通るのを確認.部屋を出る.

■相沢家〜羽村先生のアパート

繭,羽村先生のアパートへ向かう.

後ろから刑事が追ってくる.

手を挙げてタクシーを止める繭.

刑事も後からきたタクシーに乗り込み,

前にいる繭の乗ったタクシーを追おうとするが,

繭はタクシーに乗る振りをしただけだった.

繭,刑事の乗ったタクシーが行ってしまうのを確認.

先を急ぐ.

■羽村先生のアパート

ドアを開けた羽村先生の胸に飛び込む繭.

羽村先生:「ダメじゃないか,ウチに来ちゃ」
息を切らす繭.

繭:「疲れたぁ」
繭は安心したような笑顔.


羽村先生:「警察が?」

繭:「うん」

振り向く繭.
繭:「けど,まいたよ,あたし」

食卓の椅子に腰掛ける羽村先生.
羽村先生:「他殺だと思ってるんだな」

うつむいて答える繭
繭:「自殺だよ」

羽村先生の方を見てもう一度言う繭.
繭:「自殺だよ!」

羽村先生:「僕が刺したんだ」

『はあ』っと息を吐く羽村先生.

レンジのコーヒーカップをとり出し,テーブルに持って行く繭.
羽村先生:「ねぇ,キミはなんとも思わないのか」

コーヒーカップをテーブルに置く繭
羽村先生:「僕が,キミのお父さんを刺したんだぞ!」

テーブルの前に立ったまま,首を横に振って笑みを浮かべて繭が言う.
繭:「あたしのためだから」

視線をテーブルに落としたままの羽村先生.
羽村先生:「それは違う.誰のためというなら,僕のためさ.キミを」

羽村先生の方を見る繭.

繭の方をチラッと見てまた視線を下に落とす羽村先生.

羽村先生:「あした,自首するつもりだ」

スプーンを落とす繭.

驚いた表情で羽村先生を見る.
繭:「先生」

羽村先生:「キミは関係ないんだ.僕が一人でやったことなんだから」

繭が羽村先生の肩と袖に手をやり,揺らしながら言う.
繭:「あたしはどうなるの」

涙声になる繭.
繭:「ひとりぼっちになっちゃうよ」

繭:「一人はヤダよ」

しゃがみ込んで羽村先生の肩に顔を埋める繭.

羽村先生:「あとのことは,新庄先生に頼むつもりだから」

繭:「先生じゃなきゃダメだよ.誰がいても,いっぱいいても,先生がいなきゃ一人とおんなじだよ」

羽村先生:「困らせないでくれよ」

席から立ち上がる羽村先生.
羽村先生:「キミを……」

羽村先生:「巻き込みたくないんだよ」

繭:「先生が捕まったら,あたし話すから」

振り返る羽村先生.

立ち上がって羽村先生に駆け寄り,さらに話す繭.
繭:「どんなことがあったか」

繭:「あたしとお父さんの間にあったことも」

羽村先生:「そ,それじゃ意味がないだろ!」

思わず繭に背を向ける羽村先生.

羽村先生の背中に身を寄せる繭.
繭:「意味なんかいらないよ!」

繭:「あたしはただ,先生と一緒にいたいだけなの.ずっといたいだけなの」

羽村先生,振り向いて繭を抱きしめる.

羽村先生:「あした,早く立とう.前に約束しただろ」

羽村先生:「僕の田舎へ行こうって」

繭:「ほんと?」

羽村先生:「ああ」

羽村先生:「そして,仕事を見つけるよ」

羽村先生:「大丈夫,捕まりやしないさ」

繭:「あたしも働くよ」
繭の顔に笑顔が戻る.

頷く羽村先生.
羽村先生:「ああ」

繭:「共働きだね」

もう一度,繭を抱きしめる羽村先生.


繭がベッドに,羽村先生が布団に入っている.
繭:「先生.まだ起きてる?」
羽村先生:「ああ」

繭:「何考えてる?」
羽村先生:「別に」

繭:「先生」
羽村先生:「ん?」

繭:「あたしと会ったこと,後悔してる?」

二人の小指を結ぶ赤い糸.

羽村先生:「してないよ」

繭:「ほんと?」

頷く羽村先生.
羽村先生:「ああ」

笑顔になる繭.
繭:「ならよかった」

繭の方にチラッと目をやる羽村先生.

繭:「ちゃんと起こしてね」

羽村先生:「ああ」

繭:「おやすみ」

うなずく羽村先生.
羽村先生:「おやすみ」

03月12日(金)

■羽村先生のアパート

新聞配達.

繭,新聞の配達で目が覚める.

隣を見ると……

羽村先生がいない.

繭:「うそつき」

■上野駅

羽村先生,繭をアパートに置いて一人,上野駅へ.

■校内廊下

卒業式の体育館へ向かう生徒たちが藤村先生とすれ違う.
生徒達:「おはようございます」
藤村先生:「おはよう」

直子も少し遅れて藤村先生とすれ違うが,目を伏せたまま表情を変えない.

複雑な面持ちで振り返る藤村先生.

■体育館

卒業式,三年生入場.

  • 時計は12時を指しているがいいのか.

  • ていうか,もう見なかったことにする.

■上野駅

新庄先生が改札からホームへ入場.

羽村先生を見つけて駆け寄る.

  • 参考情報)駅の時計は0950.

  • 構内放送によると,特急あさまは1100発らしい.


新庄先生:「警察がほんまそこまで?」

羽村先生:「ええ,彼女のされた尋問の様子では,多分」

新庄先生:「こうなったら,自首した方がええんちゃうか」

羽村先生:「僕が自首すると,彼女は全てを話すと言っています.ありのままをすべて」

新庄先生:「しょうがないやろ」

新庄先生:「そら二宮巻き込みたない気持ちはわかるけど.そんなん言うてる場合やないやないか」

新庄先生:「マスコミは面白がって騒ぎ立てるかもしれんけど.逆にお前に同情の声が集まるかもしれん.そうなったら情状酌量の余地もある」

羽村先生:「無理ですよ.彼女と父親の関係を立証するものなど何もないんです」

新庄先生:「けどなあ」
羽村先生:「彼女をさらし者にしたくないんです」

新庄先生:「羽村」

羽村先生:「彼女のこと,お願いできますか」

羽村先生:「新庄先生になら,いつか,きっと心を開いていくと思うんです」

新庄先生:「俺はもう教師やない」

羽村先生と目が合う新庄先生.

新庄先生:「わかった」

新庄先生の返事を聞いて立ち上がる羽村先生.
羽村先生:「すいません」

特急に乗り込もうとする羽村先生を呼び止める新庄先生.
新庄先生:「羽村,いや,たいしてやないけど」

新庄先生,ポケットからお金を取り出し,羽村先生に渡そうとする.
羽村先生:「いえ,お金は」
新庄先生:「いるやろが」

新庄先生:「電話してきたらまた送るよって」
羽村先生:「いえ,本当に,お金は」

羽村先生,お金を断り,特急に乗ろうとするが……

新庄先生:「お前まさか,死ぬつもりやないやろな」

羽村先生:「僕にはそんな勇気はありません」

新庄先生:「そやったら受け取れ」

羽村先生:「それじゃ,遠慮なく」

羽村先生,受け取る手が震えている.

羽村先生:「止まらないんです.ずっと」

新庄先生タバコを差し出す.

咳き込みながら一服する羽村先生.

発車ベルが鳴る.

一礼してタバコを新庄先生に手渡す.

羽村先生,特急に乗り込む.
新庄先生:「羽村」

新庄先生の呼びかけに立ち止まって振り返る羽村先生.

新庄先生:「俺,偏屈もんやから,友達ちゅうのが中々でけへんのや」

新庄先生:「この年なってようやくできた思たら」

羽村先生:「僕もそうでした」

新庄先生:「なんで,なんでこんなことになってしもたんやろな」

羽村先生:「紙一重じゃないですか」

羽村先生:「紙一重でみんな」

新庄先生:「羽村」

ドアが閉まる.

軽く会釈する羽村先生.

動き始める列車.追いかける新庄先生.

羽村先生もう一度会釈.

小走りで追いかける新庄先生.

列車を見送る新庄先生.

■特急あさま車内

ドアの前で溜め息の羽村先生.


■卒業式

在校生挨拶.

在校生代表:「今日,この良き日,思い出深きこの日向女子高校を皆さんは卒業していかれます.在校生一同,心よりお祝い申し上げます」

在校生代表:「先輩方は今,何を見,何を聞き,そして何を考えていらっしゃいますか」


座席に座って,ぼうっと外を眺める羽村先生.

切符検札がくる.
車掌:「すいません」

車掌:「乗車券を拝見いたします」

乗車券を車掌に渡す羽村先生.

乗車券を受け取る羽村先生.

羽村先生,どこか諦めた表情.


卒業式,校長先生挨拶.

校長:「卒業生の皆さん,三年前,皆さんは」

校長:「井の頭公園の桜の花が咲き,木々が芽生えたころ,本学の門を初めてくぐられました」
繭の手紙を読み返す羽村先生.


繭の手紙を破る羽村先生.

『心配いらないよ』
『あたしがいるもん』
『あたしが全部守ってあげるよ』
『守ってあげる』
『会いたかったの』
『先生に会いたかったの』
『あたしが,あの人突き飛ばしたの』
『デパートのエスカレーターであたしがあのひと突き飛ばしたのよ』
『だって見たんだもん』
『あの人,男の人と一緒に』
『やめろ,言うな』
『始まりはどうであれ,僕は彼女を』
『だからあんなところを見てた』
『もう何もない.何もないんだ』

コーヒーを飲む羽村先生.

  • ⇧ こういうときって,普通コーヒー飲むよね?


卒業式.卒業証書の授与.

一点見つめの直子


羽村先生,洗面台へ.

『本当のあたしを知っても,嫌いにならないでね』
『もう二人で会うのはやめよう』
『え?』
『教師,クビになったら困るしね』
『キミの方こそ,いったい何を助けて欲しいんだ』

顔を洗う羽村先生.

『先生には知られたくなかった.やっぱり,先生はイヤだよね.こんなあたし,ヤだよね』

顔を拭く羽村先生.

『先生』

洗面台で振り向く羽村先生.

ツーショット写真.

『二年B組,二宮繭』
『バーン』
『真似すんなよ』
『真似すんなよ』
『寂しいと思うけど』
『行こうぜ』
『行く!』
『ペンギンの話が聞きたい』
『先生のこと大好き』

席に戻る羽村先生.

座席に座ると……

通路の扉が開く.

羽村先生,ドア付近を不審に見つめる.

通路に制服姿の繭が現れる.

無心の表情で繭を見つめる羽村先生.

今までになく怒っている表情の繭.

羽村先生は表情を変えない.


■卒業式

仰げば尊し.

卒業生合唱:「仰げば尊し,我が師の恩 ♫」


繭,ゆっくり歩いて羽村先生の座席へ.

羽村先生,歩いてくる繭を表情を変えずに見ている.

繭と目を合わせたまま羽村先生が立ち上がって,窓側の席へ座り直す.

繭が通路側へ座る.

繭は目を伏せたまま,黙ってエリーゼを羽村先生に手渡す.

羽村先生が繭の方を見る.

繭も顔を上げて羽村先生の方を見る.
目を合わす二人.

繭の表情が少し緩む.


■卒業式

仰げば尊し.

卒業生合唱:「今こそ 別れめ いざさらば ♫」

直子は一点見つめ.


■建設現場

新庄先生,仕事がんばる.


■特急あさま車内.
外は雪景色

一緒にお弁当を食べる二人に笑顔が戻っている.

繭が羽村先生のお弁当からおかずを一品貰う.

繭が羽村先生に『ひとつどうぞ』

羽村先生,繭のお弁当から,焼き鳥(?)を貰う.
繭:『えぇ,あたしもこっち(一品貰ったおかず)より,そっち(焼き鳥)の方がいい』

羽村先生:『食べる?』
羽村先生,焼き鳥を繭の口元に.

  • ⇧ 二人のセリフは聞こえないですが,多分そんなことを言ってる感じ.

繭,焼き鳥をパクリ.

■青海川駅

羽村先生と繭のロングショット.
ホームで並んで海を眺める羽村先生と繭.

羽村先生,振り返って,チラッと繭の方を見ながら,両手に息を吹きかけてこすり合わせる.

繭も振り返って,羽村先生を見ながら,イタズラっぽく真似をするように両手に息を吹きかけてこすり合わせる.笑みがこぼれる.

羽村先生も繭を見て……

笑みがこぼれる.
二人の笑い声「はは」

パトカーのサイレンの音.

■越後川口駅

東京から刑事が到着.

僕は今,本当の自分がなんなのか,わかったような気がする.いや,僕だけじゃなく人は皆……

重要参考人として二人を手配.

……恐怖も,怒りも悲しみもない.まして,名誉や地位や,すべての有形無形のものへの執着もない.

ホームで警察が待機.

ただそこに,たった一人からの,永遠に愛し愛されることの息吹を感じていたい.そう,ただそれだけの……

■青海川駅

ホームに並んで立って列車を待つ二人.
列車の入ってくる方を見ている羽村先生.

……無邪気な子供に過ぎなかったんだと.

チラッと羽村先生の方を見て……

視線を下げる繭.

普通列車がホームに入ってくる.

『ぼくたちの失敗』

■登校風景(井の頭公園駅ホーム)

■列車走行風景

■普通列車内

羽村先生の左小指の赤い糸を繭が口で加えてぎゅっと結ぶ.

■列車走行前窓風景

握り合う手を,ぎゅっと握り直す二人.

繭,右手をひじ掛けに乗せる.

■登校風景(井の頭公園改札)

■列車走行風景

■登校風景

■列車走行風景

■普通列車内

車掌:「お客さん,コートが落ちてますよ.おきゃ,お客さ」

二人とも,車掌の呼びかけに反応しない.
車掌は二人をそのままに前の車両に移動する.

 

羽村先生は繭の肩にもたれるように,繭は羽村先生の頭にもたれて,二人は揺られている.

列車に揺られた繭の右手が,ひじ掛けからだらんと落ちる.

二人はそれにも反応しない.

そして,列車がトンネルに入ると……

真っ暗な背景の曇りガラスに浮かび上がる,ハートで囲まれた二人の猫の絵.


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