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VOL. 10 ぼくたちの失敗

03月07日(日)

■駅からアパートへの帰り道

羽村先生,ビジネスホテルからアパートへ帰ってくる.

■羽村先生のアパート

羽村先生:「ダメじゃないか,鍵はちゃんとかけときゃなきゃ」

玄関には男の靴が……

恐る恐る部屋に入る羽村先生.

新庄先生が来ていた.
新庄先生:「あ,お帰り」

新庄先生:「家おっても暇やからよ.折り詰めこうてきた」

繭がいないか,ベッドルームを覗く羽村先生.

新庄先生:「ああ,二宮やったら,公園や.ちょっと話しあるからいうて,外してもうた」

ホッとした様子の羽村先生.
羽村先生:「あぁ」


新庄先生:「父親とか? 実の父親とって」

どこかのチビさんと公園の砂場で遊ぶ繭

買ってきた繭用の歯ブラシとタオルを洗面台に置く羽村先生.

新庄先生:「冗談やろ?」

羽村先生:「彼女をあの家に置いとくわけには行きません.そうでしょう」

新庄先生:「そら,そやけど」

新庄先生:「やっぱりマズイんちゃうか.教師やいうても,独身の男のアパートにやな」

羽村先生:「ボクはビジネスホテルに寝泊まりしてます」

新庄先生:「誰がなに言うかわからんで.そら,二三日やったらかまへんかもしれんけど.アンタもカネもたんやろうが」

新庄先生:「それに,二宮の親父かて黙って……」

羽村先生:「父親という権利なんてありますか!」

羽村先生:「すいません」

羽村先生:「けど,先生だって,相沢直子のために,クビを覚悟でやったじゃないですか」

新庄先生:「オレは教師としてや」

羽村先生:「ボクも同じですよ」

繭のスリッパを置く羽村先生.

新庄先生:「大丈夫か?」

羽村先生:「え?」

新庄先生:「だいぶ疲れた顔しとんで」
羽村先生:「あぁ,マクラ変わったんで,なかなか寝つけなくて」

心配顔の新庄先生.

繭用に買ってきたコーヒーカップを洗う羽村先生.

■近くの公園

チビさんのお母さんが迎えに来た.
「えり」「はーい」

繭を迎えに来た羽村先生.

羽村先生に気付いて笑顔の繭.

買ってきた花を……

羽村先生に見せる繭.

羽村先生:「さぁ帰ろう」

繭にコートを掛けてやる羽村先生.
羽村先生:「心配いらないよ」

笑顔で頷く繭.

花を羽村先生に渡す繭.

二人アパートに帰っていく.

あのときの僕たちは,ただそこに,砂の城を築こうとしていたんだね.ほとんど人の来ることのない,小さな公園の片隅に.

■藤村先生が入院してる病院

藤村先生を見舞いに来た羽村先生.

羽村先生が病室のドアをノックする音.
藤村先生:「はい」

ドアを開け,軽く会釈して入室する羽村先生.

ベッドで軽く会釈を返す藤村先生.

花でいっぱいの病室を見回す羽村先生.

藤村先生:「座って下さい」

羽村先生:「あ,これ」

藤村先生:「どうも」

羽村先生:「生徒達からですか」

藤村先生:「ついさっきもね,大人数でやって来ましてね」
羽村先生:「彼女たちが署名運動をしてます.新庄先生をクビにしろって」

藤村先生:「聞きましたよ」
羽村先生:「新庄先生も,それは覚悟の上でしょうけど」

藤村先生:「刑事告訴を取り下げろ……」

藤村先生:「そういうことですか」

頷く羽村先生.

羽村先生:「教職免許を剥奪されますから」

羽村先生:「もちろん,新庄先生に頼まれて来たわけじゃないんです」

藤村先生:「羽村先生」
羽村先生:「はい」

藤村先生:「ボクはね,左腕を骨折して,肋骨に三本もひびが入ったんですよ」
羽村先生:「しかし,それは」

藤村先生:「このことは,きちんと法律にのっとって,裁かれるべきなんですよ.そうしないとね,ボクが,殴られるようなことをしたって,認めることになってしまう」

言いたいことを飲み込む羽村先生.

藤村先生:「ボクはね,相沢直子を愛してたんですよ.愛すれば愛するほど,彼女のボクへの思いとの隔たりを感じて,苦しんだ」

藤村先生:「正気じゃなくなっていくのが,自分でもわかるほどにね」

藤村先生:「人間はね,本気で人を愛すると狂いますよ」

藤村先生:「理性やモラルなんて,何の歯止めにもなりません」

藤村先生:「例外なく人間はね」

キウイフルーツを握りつぶす藤村先生.

■新庄先生宅

新庄先生の家にきた直子.

鍵が開いていたので……

黙って……

上がり込んでる.

新庄先生:「なにしとんねん」

直子:「なにって,お昼まだでしょ.うどんでも作ろうと思ってさ」

新庄先生:「メシはもう食たわい」

直子:「そう,じゃあ,自分のだけ作るわ」

新庄先生:「そうやないやろ」
直子:「なによ?」

新庄先生:「勝手に上がってきてやな,勝手に人の家の台所使うな」

直子:「もう,何度も入って,何度も使ってるじゃない.そんな今さらアンタ」

新庄先生:「今までとは事情が違うんや」
直子:「どう違うのよ?」
新庄先生:「オレはもう教師やない」
直子:「そんなのまだ」

新庄先生:「今日,事務局から連絡あったんや.まあ,形式的には,オレが辞表出すかたちになるけどな」

新庄先生:「今日からは,もう,赤の他人や.もう,ウチくな」

直子:「そういうわけにはいかないよ」

新庄先生:「何がや」

涙声になる直子.
直子:「だって,あたしのために」

新庄先生:「何のために?」

新庄先生:「ふ,勘違いすな.オレはオレのためにやったんや.教師としてあのまま目瞑られへんかっただけや」

直子:「じゃあ,じゃあ,相手があたしじゃなくても? 他の子でも?」

新庄先生:「当たり前やないか.誰がお前ら,ションベン臭いガキに,ええ,色気もなんもないのに,そんなんに,恋愛感情もたなあかんねん」

新庄先生:「わかったら帰れ」

直子:「剣道,どうすんのよ!」

直子:「せっかく上達してきてんのに.卒業するまでに段取らせるって言ったじゃない! そんないい加減なやつが,何が教師としてよ!」

新庄先生:「だからやめるんや」

直子:「ホントはあたしがヤなんでしょ」

直子:「あんなこと知って」

直子:「はっきり言えばいいじゃない!」
新庄先生にうどんの袋を投げつける直子.

直子,怒って帰ってしまう.

■羽村先生のアパート

羽村先生にコーヒーを淹れる繭.

羽村先生:「ありがと」

繭もコーヒーを飲んでいるところに……

  • コーヒーじゃなくて,ココアだったかも?

電話が鳴る.

表情が曇る繭.

留守電の応答:「はい,羽村です」
洗濯物を持って寝室へ移動する繭.

留守電の応答:「せっかくですが,ただいま外出しています」

留守電の応答:「折返し連絡しますので,メッセージをお入れ下さい」

やはり耕介からの電話だった.

留守電にメッセージを入れる耕介.
耕介:「繭,私だ」

羽村先生もかなり苛ついている様子.
羽村先生:「一体,何度掛けたら気が済むんだ」

耕介:「その男を信用するな.その男はお前を本気で愛してなどいない」
気を紛らわせるように洗濯物を畳む繭.

耕介:「それは,その男自身が気付いてるはずだ」

耕介:「私は,お前が絶望するのを見たくはない」

耕介:「いるんだろ? ゴホゲホ,どうも,身体の調子が悪い」

耕介:「お前がいないと,摂生する気にもなれないからねぇ」

留守電での父の様子に思わず立ち上がる繭.

耕介:「入院するかも」
ここで留守電のメッセージが途切れる.

電話線を引っこ抜いた羽村先生.

羽村先生:「ウソだ」

繭は羽村先生の胸に飛び込もうとするが……

羽村先生:「もう遅い」

羽村先生:「ホテルに戻るよ」

不安の表情の繭.

  • 参考情報)部屋の時計は2130.

■駅までの道のり

繭,羽村先生を駅まで見送る.

繭:「ねえ,さっき書いてたの何?」

羽村先生:「ああ,コオロギの順位性についての論文だよ」

繭:「順位性?」

羽村先生:「テストステロンというホルモンのレベル変化についてなんだけどね.例えば,あ,あんまり面白くないよこの話し」

繭:「どこに出すの?」

羽村先生:「大学の研究室にね」
繭:「先生,辞めちゃうの?」
羽村先生:「教授に,認められれば」
繭:「いつごろから?」
羽村先生:「ん?」
繭:「いつごろから考えてたの?」

羽村先生:「雪の日かな.キミにチョコレートを貰った」

繭:「ふーん」

羽村先生:「教師をやめれば,教師をやめれば,きちんとキミと向き合えると思ったんだ」

顔を見合う二人.

笑顔になる繭.

繭:「じゃあ,あたしがバカだったね」

羽村先生:「え?」

繭:「先生はあたしとのこと,ちゃんと考えてくれてたのに」

繭:「そうだよ,先生が教師を辞めたら,なんにも言われずに,ずっといられるもん」

羽村先生:「そう簡単には行かないさ」

繭:「え?」

繭:「今はそう思ってないの?」

羽村先生:「いや」

繭は何かに感付いたような,ちょっと不安そうな表情を見せる.

羽村先生が繭を翌日のデートに誘う.
羽村先生:「明日,どこかへ行こうか」
繭:「ほんと?」

羽村先生:「ああ,キミもずっとアパートにいたら息が詰まるだろう」

繭:「詰まる詰まる」

繭:「ゴホゴホ(ウソ咳)」

■駅のホーム

電車がホームに入ってくる.

羽村先生:「誰がきても,今日みたいに開けちゃダメだよ」
繭:「うん」

繭:「あ」
羽村先生:「ん?」

繭が洗濯物を入れた紙袋を羽村先生に手渡す.
繭:「はい」

羽村先生の手を握る繭.

親指で握り返す羽村先生.

繭:「先生」

閉まるドアに繭が近づく.

『ん?』という表情の羽村先生.

羽村先生と繭,ドアのガラス越しにキス.

動き出す電車.

電車を見送る繭.

■電車内

ため息交じりの羽村先生.

■アパートへの帰り道

繭,アパートに戻る.

■羽村先生のアパート

繭は,イチゴを齧りながら……

さっきの絵を描いている.

流し台にいったとき,ドアを叩く音が.

驚いて皿を落とす繭.

お父さんがアパートに来る.

耕介:「開けろ! ドアを開けろ!」
ドアを叩く耕介.
驚きで固まる繭.

さらに窓の方に移動して,どんどん叩く.
耕介:「開けろ! 開けないと叩き壊すぞ!」

様子を見る繭.

ドアを開けようとする耕介.

耕介:「ま゛ー ゆ゛ー」

繭,父であることに気付いた模様.

泣きを入れてくる耕介.
耕介:「居るんだろ.話しをしようじゃないか」

耕介:「先生も一緒でもいい」

耕介:「先生,なんなら先生.先生も家に,一緒に住みませんか」

耕介:「寒い.寒い.繭,お前もそう思わないか?」

ベッドへ逃げ込む繭.

ウイスキーをあおる耕介.

耕介:「なんで返事をしてくれないんだ!」

ベッドの上でうずくまる繭.

耕介:「なんで返事をしてくれないんだぁ!」
外で何かが割れる音.

割れたウイスキーのボトルの破片で掌を切った耕介.
耕介:「参ったなあ,血が止まらない」

耕介:「傷口,流しで洗わしてくれないかなぁ」
様子を見に行こうとする繭.

耕介:「破片が入っちまったようだ」

耕介:「わかったよ.わかったよ」

耕介:「こっちから入ってきて欲しいんだね」

拳で窓をたたき割ろうとする耕介.

それを見て後ずさりする繭.

窓が割れる.

割れたガラスから中をのぞく耕介.
耕介:「もうすぐいくからね」

割れた部分から手を入れ鍵を開ける耕介.

窓を開けようとしたとき,やって来た警察に取り押さえられる.

耕介:「なにするんだ」

警官:「いいから,署までくるんだ」

耕介:「私を一体誰だと思ってるんだ」

警官:「しょうがない酔っ払いだな」

繭は,警察に連れて行かれる父を階段まで出て様子を見ている.

繭は,父を心配しているような,連れて行かれてホッとしているような,複雑な表情.

03月08日(月)

■藤村先生が入院する病院

放課後,直子が藤村先生を見舞いに行く.

病院の敷地内のベンチに座っている藤村先生.

藤村先生:「キミが見舞いにきてくれるなんて思わなかったよ」

藤村先生:「それとも,羽村先生とおんなじ用で来たのか.新庄先生の告訴を取り下げて下さいって」

直子:「あたしが,あたしが全部話したら先生が困るんじゃないんですか」

藤村先生:「そんなことしたらねぇ,キミは周りから晒しもんにされるよ」

直子:「あたし」

直子:「負けたりしない.まだ,人生長いし」

立ち上がる藤村先生.

病室に戻ろうとするが,

こけてしまう.

藤村先生:「キミもやっぱりそうだった.僕のことを,本当には愛してはくれなかった.今までもずっとそうだった.これからも」

直子:「先生」

直子:「女の子は,もっとちゃんと好きになるよ」

直子:「男より,ずっと真剣してるよ」

帰っていく直子.

■放課後の学校

参考情報)校庭の時計は1420.

走ってくる繭.

繭が羽村先生の横を走り抜けて行く.
繭:「バス来るよ」

繭が振り返って羽村先生に『おいでおいで』.

羽村先生は他の生徒の手前,『誰かな?』みたいな振りをしてごまかす.

■バス停

羽村先生が走って歩道橋の階段を下りてくる.

繭:「先生,早く!」

繭:「もう一人来ます」

繭:「遅いなあ」

バスに乗ってる他の生徒に気付く繭.

羽村先生:「まわりに見られてるんだから仕方ない」

生徒達:「なになに?」

  • まあ,見られてますね.

動き出すバス.

お互い他人の振りをして席に座る二人.

■水族館

繭と羽村先生の水族館デート.

繭:「ぷはぁ」

チビさんたちに人気の羽村先生と……

それを笑顔で見てる繭.

■遊園地

■川のほとり

■学校の体育館

デート後,二人は学校の体育館へ.

バスケットボールを持つ繭.

繭:「先生」

鞄を置いてコートを脱ぐ羽村先生.
羽村先生:「これでも元顧問だぞ」

ボールをつきながら答える繭.
繭:「ほうほ」

しばし二人バスケット.

繭:「こっちだよ」


羽村先生:「ちょい休憩.疲れた」

繭:「もう? おじさん」

羽村先生:「足が痛いんだ.歩き過ぎて」
繭:「言い訳,言い訳」

散らかったボールのそばにへたり込む羽村先生.ボールを片付けようと拾い上げる.
羽村先生:「まだ掛かってくる? 電話」

カゴの横でボールを抱えたまま答える繭.
繭:「アパートに来た」

羽村先生:「それで?」

明るい声で答える繭.
繭:「開けなかったよ」

小さく溜め息をつく羽村先生.

ボールを片付けようとカゴのそばへ.
視線を落とす繭.
繭:「けど,げっそりしてた」

繭を見据える羽村先生.

羽村先生の顔をちらっと見て,また少し視線を落として答える繭.
繭:「多分,なんにも,食べてないの」

少し苛つくように繭から視線を外す羽村先生.
羽村先生:「同情する必要なんかないだろ」

ボールをカゴに投げ込み,繭と距離をとる羽村先生.

羽村先生の姿にチラッと視線をやる繭.

イラつきを隠せない羽村先生,ボールをひとつ拾い上げる.
繭:「先生,やっぱり」
うつむく繭.

羽村先生:「いつからなんだ……俺と出会ってからも,ずっと関係は続いてたのか」

羽村先生の方を見る繭.

羽村先生:「実の父親に抱かれてたなんて」
やるせない表情の繭.

羽村先生:「キミは……」

羽村先生:「ただそこから逃げたくなって僕と寝たんだ!」
繭の方に振り返る羽村先生.

羽村先生を,怒りと悲しみの混じった表情で見ている繭.

一瞬,視線をそらす繭.

言い過ぎたことに気が付いて,我にかえる羽村先生.
羽村先生:「すまない」

繭は,無言のまま,体育館から走って出て行く.

  • 繭は心の糸が切れたような,一番起きて欲しくなかったことが起きてしまったような感じ.

一人,体育館に残る羽村先生.

体育館の灯が点灯.

用務員のおっちゃん:「羽村先生でしたか.驚きましたよ.こんな時間に声が聞こえたもんで」

  • 参考情報)体育館の時計は2130.

羽村先生:「あぁ」

『すみません』という感じで下を向く羽村先生.

ため息……

03月09日(火)

■朝の職員室

新庄先生,荷物をまとめて職員室を出る.

新庄先生:「お世話になりました」
一礼して職員室をあとにする新庄先生.

始業のチャイム.

  • 職員室の白板には,03/08-03/13の予定が書いてある.が,卒業式は書いていない.

  • この日,繭が学校に来たかどうかは不明.

  • 小説版では繭は休んでいる.

■校舎内

生徒達の視線が厳しい.

新庄先生,生徒から罵声を浴びせられる.
生徒:「暴力教師!」

生徒:「藤村先生がモテるからって,嫉妬しちゃってさ」

生徒:「そうだ,帰れ帰れ」
生徒達の帰れコール.

学年主任:「コラ!お前ら何やってる!こんなところで!授業始まってんだ!」

■校庭〜正門前

直子が新庄先生に駆け寄ってくる.

足音に立ち止まって振り返る新庄先生.

新庄先生:「何してる.授業始まってんやぞ」

新庄先生:「教室もどれ」
俯いたまま首を振る直子.

新庄先生:「戻れ!」

直子:「あたし」
新庄先生:「忘れろ」

新庄先生:「あのことも俺のことも忘れるんや」

新庄先生:「じゃあな」

■相沢家

スナック『純』営業中

直子:「ただいま」

直子のお母さん:「上,来てるわよ」

直子:「ええ?」

恐る恐る階段を上る直子.

そっと部屋の戸を開けて……

中に入るが……誰もいな……

後ろから覆いかぶさる手.

落ちる鞄.

繭:「あたしだぁ」

力が抜ける直子.

直子:「バカ野郎.びっくりしたあ」

直子,繭のほっぺをぐりぃ.
繭:「ごめぇん」

■いつものラーメン屋

羽村先生と新庄先生が夕飯.

新庄先生は就職情報誌を見ながら.

新庄先生:「考えたら,教師なんて,つぶしのきかん職業やな」

羽村先生:「転勤したらいいじゃないですか.藤村先生だって,告訴取り下げたんですから」

新庄先生:「オレは教師には向いてへん」

羽村先生:「んなこと」

新庄先生:「前の学校,おん出されたときもな,ホンマはやめよう思たんや」

新庄先生:「けど,貴広おったから」

新庄先生:「もう一人になったことやし,何やっても食って行けるわ」

ビールを注ぐ羽村先生.

■カラオケボックス

繭と直子,二人でカラオケ.

直子が歌うのは,石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』.

直子:「あ〜あ〜 津軽海峡〜 ふ〜ゆげ〜しき〜 ♫」

直子:「おそまつさまでしたあ」

拍手する繭.
繭:「古い歌,よく知ってるね」

直子:「店終わってからさ,たまに練習してんのよ」
繭:「ふーん」

直子:「繭もなんか歌いなよ.はい」
歌のコード一覧冊子を渡す直子.

■新庄先生宅

羽村先生:「お邪魔しまーす」

新庄先生:「まだビジネスホテルか?」
羽村先生:「えぇ」

新庄先生:「どや,もうしばらく,ウチに寝泊まりしたらどやねん」

羽村先生:「いや,そんなに迷惑かけるわけにも」

新庄先生:「いや,オレもな,食費出してもろたほうがありがたいんや.なんせ,失業中の身やからな」

羽村先生:「あぁ」

新庄先生:「まあ,先のことはどうでもいいとして,今日は朝まで飲もう」

羽村先生:「じゃあ,失業パーティとでもいきますか」
新庄先生:「あんまり聞こえはええことないけどな」

控えめに乾杯する二人.

■カラオケボックス

繭が歌うのは,中村あゆみの『翼の折れたエンジェル』.

「ドライバーズ シートまで〜 よ〜こ〜殴りの雨〜 ♫」

「ワイパー きかない 夜のハリーケーン ♫」

「アイラブユー が聞こえなくて〜 口元 耳をよせた〜 ♫」

「二人の思い かき消す 雨〜の ハイウェー ♫」

「サーティーン 二人は出会い〜 ♫」

「フォーティーン 幼い心を〜 ♫」

「傾けて アイツに預けた フィフティーン ♫」

■夜の公園

カラオケの後,公園で追いかけっこしながら駆ける繭と直子.

繭:「まて」

繭:「まてー」
直子:「やだよぉ」

繭と直子が公園の中を走って交差点に出る.

繭:「じゃあ,あたし帰るね」

直子:「バイバイ,明日学校でね」

繭:「バイバイ」
直子:「バイバイ」

帰る直子を呼び止める繭.
繭:「直」

立ち止まって振り返る直子.

繭:「あたしさあ」
直子:「ん?」

繭:「友達は直だけだったよ」

直子:「え?」

直子:「おぅ」

繭:「おっ」

繭が直子と別れて走って帰って行く.

直子は,何かを感じ取った様子.

飛び跳ねるように駆けていく繭.

■新庄先生宅

羽村先生:「僕は,心から彼女を受け止めたわけではなかったんです」

羽村先生:「どこかでやっぱり父親とのことを嫌悪してたんです」

羽村先生:「そのことを抑えられなくて」

羽村先生:「きれい事ばかり言って,結局彼女を傷つけて……」

羽村先生:「『助けて』と書き続けた彼女を,教師として受け止めることはできるんです」

羽村先生:「けど,男として僕は,拒絶してしまうんです」

羽村先生:「いや,嫉妬なのかもしれない」

羽村先生:「どうしても,彼女と父親の間には……」

羽村先生:「割って入れないものを感じて」

羽村先生:「苦しいんです」

新庄先生:「もうやめたらどないや」
羽村先生:「え?」

新庄先生:「多分お前はずっとそういうふうに思い続けるやろ.二宮もそういうお前の気持を感じ続ける.そんな二人になんの未来もあれへん」

新庄先生:「お互い,傷つけおうて生きていくだけや」

新庄先生:「無責任な言い方かも知れんけどな.二宮,ウチ帰した方がええんちゃうか」

首を振る羽村先生.

羽村先生:「それは」

新庄先生:「本気で嫌やったら,いつか自分から逃げ出す.それでまた違う男とでおうて,恋するかも知れん」

新庄先生:「二宮のそういうこと知らんヤツとな」

新庄先生:「その方が,二宮にとっても,お前とおるより幸せなんちゃうか」

新庄先生:「お前もな,また違う女とでおうて,そうやってお互い忘れていった方が幸せなんちゃうか」

新庄先生:「ほら見てみい.やつれてしもうて」

新庄先生:「オレもな,お前のそういう顔見てんのツライからの」

新庄先生:「そろそろ布団ひこか」

■羽村先生のアパート

その夜の(?)羽村先生のアパートの部屋.

03月10日(水)

■新庄先生宅

翌朝.

目が覚めている羽村先生.

朝刊の配達.

起きる羽村先生.

■羽村先生のアパート

朝,羽村先生,アパートへ戻る.

インターホンを鳴らすが反応がない.

ノックするも繭が出てこない.

羽村先生:「ボクだ」

鍵がポストに入っている.

鍵を開けて部屋に入ると……

 繭の制服が窓に掛けられている.

ベッドには……

繭の書き置き……

羽村先生:「なぜだ」

羽村先生,繭の制服を抱きしめる.

羽村先生:「なぜだ!」

  • 参考情報)部屋の時計は0800.

■二宮家

羽村先生,二宮家へ.

  • 水曜日の4限の2Bの生物の授業の終了後に来た?

  • ⇧ と思ったのですが,再検証の結果,アパートから直接来てるだろうと結論しました.時刻は推定で0830〜0930ぐらい.

羽村先生が家の前に着くと,引っ越しのトラックに次々と荷物を積み込んでいる最中だった.

状況にショックの羽村先生.

画商:「あの,ひょっとして,学校の先生じゃないですか?」

羽村先生:「はぃ」

画商:「二宮先生のお嬢さんの」

羽村先生:「えぇ」

画商:「手紙,預かってますよ」


羽村先生,画商から繭の手紙を受け取る.
画商:「まったく,芸術家っていうのはねぇ」

羽村先生,繭の手紙を急いで読む.
画商:「夕べですよ夕べ.今日の午後立つから,ウチのものは適当に処分しといてくれって」

画商:「それがどうです.ほれ見て下さいよ.仕事道具,全部ほったらかしてまあ」

画商:「あぁ」
画商の人,道具箱をひっくり返してしまう.

■成田空港へ向かうタクシー

羽村先生,手紙を携え,タクシーで成田空港へ.

タクシーを呼び止める羽村先生.

運転手:「どちらまでですか」

運転手:「お客さん」
羽村先生:「成田.成田空港」

羽村先生,タクシーの中でもう一度手紙を読む.

先生,あたしは今,急いでこの手紙を書いています.とっても急いでいるのに,何から書いていいか困っています.

十四のとき,そう,十四のとき,あたしのお父さんは,お父さんじゃなくなった.

不思議なことに,そのときはとっても漠然としていて,ただ,おっきな波に押さえ付けられているようで,

少し息苦しいけど,それでもどこか自然な流れのようで.それかいつか,いつか不意に,ゆがんで見えて.

お母さんが死ぬときに見せた,あたしに対する強い憎しみの目.怖かった.

咳き込む耕介
「大丈夫?」

とっても怖くて,それはそのまま,あたしのしていることの怖さに変わって.

あたし,先生と普通の恋がしたかった.

普通に出会って,手を繋いで,おしゃべりをして,時々は,焼きもちも焼くの.

春が来て,夏が来て,秋が来る.ちょっとずつ,ちょっとずつ,二人の間に同じ雪が積もる冬がきて.

バカだねあたし.自分はちっとも普通じゃなかったのにね.

あたしは,お父さんと,あの人と遠くに行きます.あの人は少なくてもあたしが必要なの.

そう,いつも思ってたことがあるの.

人がまわりにいないからじゃなくて,自分をわかってくれる人がいないから,寂しくなるんだね.

先生も時々,寂しそうだったね.できれば,あたしがずっとそばにいたかったな.

いつか先生に恋人ができたら,きっと,あたしのことは忘れちゃうね.けど,あたしは忘れないでもいい? 先生から聞いたペンギンの話や,朝顔の話,忘れないでもいいよね.

さよなら.

さようなら,

羽村先生

■成田空港

繭:「買ってくる」
耕介:「あぁ」

繭が父のタバコを買いに二階へ上がる.

時間を確認する耕介.

羽村先生が空港ロビーに入ってくる.

耕介,待合の椅子に腰掛ける.

咳き込む耕介.

羽村先生はうつろな目.

タバコを買って戻ってくる繭.

立ち上がった耕介が……

近づいてくる羽村先生に気付く.

二階の繭が羽村先生の姿を見つける.

羽村先生に歩み寄る耕介.

無表情で耕介に向かって歩く羽村先生.

繭が急いで階段を下りてくる.

さらに近づく二人.

羽村先生がポケットからノミをとり出し……

歩くそのままの勢いで……

落ちるコート.

羽村先生にもたれかかる耕介.

一階に降りてきた繭が二人を無表情に見つめる.

二人に近づく繭.

繭に気付いた羽村先生の……

……表情が力なく緩む.

それでも表情を変えない繭.

いつかキミと僕は,同じ一線で結ばれた,優しい放浪者だった.

サポートして頂けると,ベランダで踊ります.