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数学の教科書では教えてくれないピタゴラスの話

 中学3年生のときに,有名な三平方の定理を習いましたね。そのときに学校の先生が,「この定理には別名があって,『ピタゴラスの定理』といいます。ピタゴラスはこの定理を・・・。」という話を聞いたことでしょう。中学校の数学では人名がついた公式や定理を目にすることがほぼないので,人名がついた定理に興奮し,しかも,それが有名な「ピタゴラスイッチ」の名前の由来であることに驚き,中には「私も定理を証明して,歴史に名を残そう」と思った人もいるのではないでしょうか。

 ところが,そんな偉大な数学者ピタゴラスは高校数学の教科書にはほとんど登場しません。登場したとしても,教科書内のコラムに少しだけ顔を出すくらいです。

 中学数学の有名人ピタゴラスはいったいどこへ行ったのか? 実は高校でもピタゴラスは登場します。しかし登場するのは数学ではありません。

 まずは世界史。ギリシア世界の話の中で「『ピタゴラスの定理』を発見したピタゴラス」という形で紹介されます。おお,世界史に登場するとはさすがに世界の偉人なのねと思いつつ,ピタゴラスの定理に『 』がついていることに少し違和感を覚え,証明ではなく発見なのねと歴史の真実に気がついてしまいます。そもそも,三平方の定理はピタゴラスが登場する1000年以上前のバビロニアで知られていたようで,ピタゴラス学派が一番乗りではなさそうです。

 次に倫理。「ピタゴラスは宇宙の調和と秩序の根源を数であると考えた。」と書いてありますが,それはなぜか自然哲学の話の中にあり,「あれっ,ピタゴラスって哲学者なの?」と,首をかしげてしまいます。実際,倫理の教科書ではピタゴラスの話の後すぐに,ソクラテスやプラトンのような有名哲学者が登場してきます。

 

 もうお分かりでしょうが,実はピタゴラスは数学者とは違う,もう一つの顔を持っています。

 彼は数学者であり哲学者でもありました。また,ピタゴラス学派というグループを作っていました。学派と言いますが、実のところは新興宗教団体というか秘密結社というもので、ピタゴラスはその教祖様みたいな存在でした。

 この宗教団体の教義は『万物は数である』というものであり,世の中の秩序の根源は数であると考えていました。ちなみに,彼らの教義にある数とは,自然数とその比(つまり分数)のことです。自然数とその比で,宇宙の秩序を表現できると考えており,数に神秘性を持たせていました。

 中学校の頃の数学の授業で,整数と分数をあわせると有理数になるということを学習したことと思います。つまり,ピタゴラス学派の教義はざっくりと言えば,世の中のすべては有理数で表すことができるというものなのです。ピタゴラス学派はこの教えに基づき,さまざまな定理や公式を証明していきました。ピタゴラスの定理もこの学派の中で証明されています(ピタゴラス自身が証明したかどうかは不明です)。また,ギターなどの弦の長さと音の高さを研究して作成したピタゴラス音律はハーモニーに優れており,現代でもその名が残っています。一方この学派は,このように自然科学に関する研究を行いつつも,「豆を食べてはいけない」などの非科学的な戒律に縛られている不思議な団体でもありました。

 さて,日々研究を続けるこの学派に,あるとき大事件が起こります。ピタゴラスの弟子が,「教祖様の定理を用いて生まれた $${\sqrt{2}}$$ という数は,どうやら有理数ではない」ということに気が付いてしまったのです。この弟子は,どのようにして教祖ピタゴラスにこの事実を伝えたのでしょうか? 「殿,恐れながら申し上げます」と直訴する下級武士のような雰囲気なのか,大和田常務を糾弾する半沢直樹のような雰囲気だったのか,想像するとドキドキしますね。

 図のように,直角をはさむ二辺の長さがともに1である直角二等辺三角形の斜辺の長さは $${\sqrt{2}}$$ であることはピタゴラスの定理からすぐに求まります。そして, $${\sqrt{2}}$$ が有理数ではないことは高校1年生で学習する背理法を使って容易に証明できます。

 この弟子の訴えにより,ピタゴラス学派は自己矛盾に陥ります。自身で証明したピタゴラスの定理によって、ピタゴラス学派の教義が破綻してしまうのです。

 自己矛盾を悟ったピタゴラスは,不都合な真実の隠ぺい工作に走ります。現代でもよくある話ですね。有理数では表せない数(=無理数)の存在を固く秘し,それを漏らしたものは海に突き落としたという怖い話まで伝わっています。

 以上が,数学の教科書では教えてくれないピタゴラスの裏の顔についてのお話でした。

 なお,ピタゴラスの名誉のために述べると,高校数学の教科書にはピタゴラスの名こそほとんど登場しませんが,二点間の距離を求める公式の元は三平方の定理ですし,三角数や四角数が関係する数列の問題,三平方の定理を満たす3つの自然数(ピタゴラス数)が関係する整数問題など,ピタゴラス学派が研究・発見したものは高校数学の教科書にたくさん取り上げられています。やはりピタゴラスはいろいろな意味で偉大な人物だったと言えそうです。

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