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得点も,平均点も,順位もすべて同じなのに,偏差値は違う話

 A君は悩んでいます。定期テストの結果が返ってきたものの,この成績が良いのか悪いのか判断できません。

 成績の評価の方法はいろいろあります。内容をどれだけ理解しているかという到達度で判断する方法(絶対評価)もありますが,今回は同じクラスの人と比較して,自分がどれくらいの位置にいるのかで評価したい(相対評価)と思っています。
 ということで,国語は70点,数学は65点でしたが,どちらがよい成績なのでしょうか?
 という質問を生徒に投げかけると,「情報が少なすぎる」という返事がきます。そりゃそうだ。では,どんな情報が欲しいかと聞くと,真っ先に返ってくるのは「平均点を教えてください」というものです。では,平均点がどうであったかをお知らせしましょう。

 平均点はどちらも60点でした。では,どちらがよい成績といえるでしょうか? 多くの生徒は平均点より10点高い国語の成績の方がよいと言い始めます。しかし,「まだこれだけでは判断できない」という生徒もいます。なぜ判断できないのかを聞くと,「順位が分からないから」と答える生徒が出てきます。なかなか批判的思考力が高いです。
 実は,このクラスはわずか5人のクラスでして,国語と数学の得点分布は以下のようになっていました。

 おやおや,国語70点は平均の60点より10点も高い点数なのにクラス順位は4位です。一方,数学の65点は平均の60点より5点しか高くないのに,順位は2位です。
 これを見たら,国語よりも数学の方が成績が良いと判断したくなりますね。国語の得点分布は,10点がいわゆる外れ値になっており,代表値として平均値をとるのがふさわしくない状態になっています。

 さて,高校生に定期テストの答案を返却すると,みな一様に「平均点」と「順位」を気にします。「最高点は何点ですか?」「100点をとった人はいますか?」という質問はちらほらありますが,「先生,今回のテストの標準偏差を教えてください」と質問する生徒は皆無です。
 では,テストにおける自分の成績を評価するときに,①自身の得点,②平均点,③自身の順位だけで,自分の位置を正しく評価できるのでしょうか? それを検証するために,①②③の3つの要素がすべて同じである以下の例について考えてみましょう。

 上図の例について,あなたの得点は国語・数学ともに70点です。国語・数学ともに平均は60点です。さらに,国語・数学ともにあなたの順位はクラスで2位です。ただし,得点分布が国語と数学で異なっています。
 この状態のとき,あなたの国語の70点と数学の70点はどちらがよい成績といえるでしょうか?

 これは結構難問でして,生徒も周りの人とあーだこーだと意見交換をし始めます。しばらくしてから意見を聞くと,国語の70点の方がよい成績だと答える生徒の方が多いです。なぜかと聞くと,「国語の方が1位の子に近いから,もうちょっとで1位になれそう。数学は1位が遠くてなかなか超えられない。だから,国語の方がよい成績だと言えそうだ」などの意見が出てきます。
 もう少しこの2科目の得点分布について分析してみましょう。平均点や順位が同じになっている国語と数学の違いは,得点の散らばり具合だということはすぐにわかります。国語の方が平均点付近に得点が集まっており,数学は散らばっている感がありますね。

 そこで,このデータを分析するには,データの散らばり具合を数値化する必要がありそうなことが分かります。散らばりを分析する方法はいろいろあるのですが,ここでは個々のデータが平均からどれくらい離れているのかについて着目しましょう。

 上図のように,各得点から平均を引いて得点と平均の差をとります。その平均をとれば「散らばりの平均」が出そうですが,残念ながら正負が打ち消しあって0になります。そこで,得点ー平均を2乗することで強制的に0以上の数にしてその平均をとれば,散らばりの大きさを表す一つの指標が出てきます。これを数学用語で分散といいます。上の表であれば,国語の分散は200,数学の分散は680です。
 しかし,100点満点のテストなのに「散らばりの指標が200」と言われてもリアリティがありません。なぜそのようなことになったのかというと,途中で2乗したからです。おかげでここまですべての計算においてその単位は「点」だったのに,2乗したために単位が「$${\mathsf{点^2}}$$」になってしまいました。そこで,単位をもとの「点」に戻すために正の平方根の値をとります。そうして出てきた値のことを標準偏差といいます。

 これで,散らばりの数値化ができました。標準偏差は国語はおよそ14で,数学はおよそ26であり,数学の方が散らばり具合が大きいことが数値で説明できるようになりました。散らばりの数値化について高校数学で学習するのはおおむねここまでです。
 さて,結局国語の70点と数学の70点のどちらがよい成績なのかについての議論を後回しにしていました。そのヒントを与えてくれるのが偏差値です。偏差値は,平均点や問題の難易に関係なく,あなたの学力(より具体的に言うとテストの得点)が,その集団の中のどのあたりにいるのかを教えてくれます。

 偏差値は上図のように,(得点ー平均)を標準偏差で割って,10倍したうえで50を足したものです。10倍するのは単に数値を大きくすることで扱いやすくするためで,50を足すのはちょうど平均点をとった人の偏差値を50にするためです。この式でもっとも重要なのは(得点ー平均)を標準偏差で割るところです。標準偏差で割ることで,標準偏差が違う様々なテストを同じ尺度で比較できるようになっています。
 標準偏差で割っているところから分かるとおり,得点ー平均の値が同じ正の値であれば,標準偏差が小さいほど偏差値はより高くなります。したがって今回の例では,標準偏差が小さい国語の方が偏差値が高くなり,テストを受験した人の中でより上位の位置にいると認められます。

 以上が,高校生にも分かる偏差値のお話でした。
 実は,偏差値の扱いにはいろいろと気を遣うところが多いです。今回の例はあくまで説明用のもので,そもそもわずか5人の点数で偏差値を扱うのは適切ではありませんし,偏差値が高ければよい成績であると決めつけるのもよくありません。ただ,集団の中での自分の位置を知るには分かりやすい値であることは確かです。高校生のみなさんにはぜひ,偏差値などの値の数学的な意味を知ったうえで,正しく利用していただきたいと願っています。

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