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毛糸を編む      胡桃

編みかけの毛糸の靴下をとりだした

つま先を残してぱったりやめている

毛糸を触りたくなる温度があるようだ

ある日毛糸に触らなくなり

秋日和のある日もぞもぞ編みだす

編めば手が覚えている

 

毛糸を編む

夏の日がおだやかに身体にたまっている

なんて素敵な時間 でもふと

生産性のないことをしているような

もっとお金になることをしなさい

誰かにいわれているような

 

毛糸を編む

靴下の踵を編むのはめんどくさい

めんどうだなあと思うのに

手を動かせば進んでいく

こころとは別に身体は動きたいときがある

鬱の日に歩けば少しこころが軽くなる

 

毛糸を編む

人の尊厳を踏みにじることあちこちに

歴史に編み込まれた嘘と欺瞞

わたしは何をしていた

署名するだけで、声はあげなかった

おだやかな暮らしに被膜のような罪悪感

 

毛糸を編む

手を動かし耕し働き食べて寝る

それだけのことでいい

午後の陽が沈む

世界は美しいはずなのだ

そう君に伝えたい


※2023年岩手県芸術祭賞をいただいた詩。

 

 

 

 

 

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