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できないことばかりでも

できないことばかりでも
                   胡桃
跳び箱が飛べない
なんであんなものを飛ばないといけないのだろう
走って跳び箱にさわりとまる
跳び箱はやさしく受け止めてくれる
 
マットででんぐりがえり
前転も後転もできない
仰向けになって
マットにしみた人間のにおい
 
もちろん逆上がりなんてできるはずがない
ひんやりした鉄棒は血のにおい
地面を蹴っても
どうにもならない
 
うたが歌えない
ピアノを習っている女の子たちに
音程があっていない指摘されるので
歌えなくなった
家に帰るとレコードを聴く
チャイコフスキーは悲しく楽しく
神さまの声に聞こえる
 
そうそう走ることもできない
喘息を理由にマラソンは免除
そのまま走らずに
人生を送ってきた
 
「のろま」と言われて笑われた
でも昔のことで、笑った子たちも友だちで
いまでも「のろかったよね」と笑われる
わたしも笑う
 
できないことが多いのに
大人になったら
あまり気にならない
ひとりで亀のように山に登った
ギターを習ってみた
 
ひとそれぞれだと
大人になってわかるけど
小学生のわたしが
笑いながら辛かったんだということも
わかってくる
 
封印した涙を
今頃流す
つらかったね
でもね、好きなものは見つかるよ
 

※2022年12月24日発行 詩誌「回生」す号(通巻第48号)

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