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縁があったら・青いドア

縁があったら
 
「縁があったら、どこかで会うよ」
そう言って君は別れた
メールアドレスも電話番号も知らない
SNSで探せるかもしれないけど
探さなかった
結婚して子供を産んで子供が結婚し
あるとき君と再会した
何十年も会わなかったのが嘘のように
読んだ本の話をする
出会うべき人に出会うものなのだ
風があの樅の木に出会うように
わたしを過ぎ去った人が
すべて懐かしい
 
 
 
青いドア

北国のさびれた飲み屋街に青いドアがある
ペンキで塗りこめられた青が雪に映える
ドアの前ですこし歳のいったフィリッピンのお姉さんが
携帯電話で大きな声で話し笑っている
夜に通りかかるとお客さんを送り出す明るい声
「元気でね、がんばりなさいよ」
お姉さんはお客に言う
がんばっているのはお姉さんだと思いながら聞く
家で甘えられない男たちはお姉さんに愚痴を言っているのだろうか
不機嫌でいられるのは守られている世界にいるからだ
守ってくれない世界では明るく元気でないと生きていけない
こんな雲の垂れこめた暗い海ではない
青い青い海がお姉さんには似合う
ダウンなんか脱いで短パンはいて素足で浜辺を歩く
早く産んだ子には子がいて、孫のためにももうひと稼ぎ
老後は暖かい国に帰るよ
いつか
お姉さんが青いドアをあけて出ていく日は
太陽が輝いてほしい


※詩誌「回生」ん号(通巻第四十九号) 2023年6月20日 
 
 
 

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