ショートストーリー
爺かく語りき。
「世の中には2種類の人間がいる。みんなが笑顔で踊るポカリスエットのCMを見て、勇気づけられる人間と、あんなものをファシズムの前兆だと言って、唾を吐き捨てる人間だ。お前は絶対後者になってはならん!後者になったら、お前はロクな人生を歩めんくなるぞ!」
爺の死因は、過度の精神病だったそうだ。中学・高校時代、クラスの出し物でのダンスに全く参加することなく、校庭に唾を吐きつけるという虚無な青春時代を送った爺はその後精神を患った。大学では、陰でこっそり育つコケ植物のような仲間を連れて、学園祭爆殺計画を建てた。しかし、その学園祭で圧倒的なダンスのパフォーマンスに魅了されて、爺らコケ植物集団は生まれ変わった。
一方、中学・高校時代に唾を吐きすぎたせいか、その唾を見て育った後輩も多く、ことある事に爺らの武勇伝を語っていた。そのことに心配した爺は後輩の様子を見に、かつての唾だらけの高校に赴いた。
「いやー待ってましたよ!先代!」
「君か、まだ唾は吐き続けているのか?」
「それはそれは!おかげさまで!今日の体育祭のダンスの練習もサボりました。体育館の階段上から吐く唾は最高ですな!」
「悪いことは言わん。今からでも遅くないから、唾を吐くのをやめて、ダンスの練習に参加しなさい」
「何を馬鹿な!私は今までアナタの背中をこっそりと見ていたのです。そして確信したのです。あなたと私は同じ側の人間だと。それから、あなたの真似をして、唾を吐いていたのですよ!」
「それで何か良くなったか?」
「くだらない!唾を吐くのに理由はいりますか? なんでそんな改心した風なことをおっしゃるのです?」
爺は大学での学園祭爆殺計画における一連の流れを話した。大人数のパフォーマンスに魅了されたこと。もう少し中学・高校で真面目にダンスをやるべきだったこと。コケ植物のままだと一生モテないだろうということ。などなど。
「んな馬鹿な!私の唾は無益だと言いたいのですか!このまま一生、唾を吐き捨てていれば、学園祭なぞ無くなると思っていたのに。私の先輩はだらしない。非常にだらしない。私が叩き直してあげましょう。その甘ったれた根性を!!」
憤怒の形相で後輩は爺にポカリスエットのCMを見せた。
「これは!くっ口から…」
尋常でないほどの唾液量が爺を襲った。かつて爺は、みんな笑顔で踊るポカリスエットのCMを見ると、イライラの感情が増幅し、そのエネルギーで唾液腺を活性化させていたのだ。大学で治りつつあったのだが、突然のCMに爺の唾液は止まらなかった。
「ペっ!!」
「あはははは。それでいいんですよ!あなたは唾を吐いてこそ、あなたなんですから!」
爺は耐えられず、その場を去った。そして、大学の元コケ植物メンバーの仲間に後輩との一件を相談した。すると、
「最近、ポカリスエットのCM見ると、イライラするんすよね。」
「分かるわ。なんかあれ、ひっどいわな! なんかみんな笑顔だったら、それでいい的なノリ?」
学園祭のダンスパフォーマンスに魅了されていたが、1年に1度のイベントだったため、どうやら麻酔が切れてしまったようだ。
爺は進む道を失った。誰にも相談することのできないこのディストピア。そして、ポカリスエットCMを見ると、吐き捨てたくて止まらない唾。その後の爺の人生は惨めなものだった。
「ポカリスエットCMは素晴らしいんじゃ。若者がキラキラと輝いて、あの輝きは一生もんじゃ。ゆめゆめ唾を吐くことなかれ。」
「ごめんな爺さん、俺あのCM大っ嫌いなんだよね」
「血筋は耐えんかったか…」
「ウブっ…!!」
爺は吐血して死んでしまった。
爺の言っていたことを理解するのに僕はもう少し時間が必要だったのだ。
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