老人とパチンコ

彼は老いていた。
小さなパチンコ屋で独り遊戯をしていた。
勝てない日が既に何日も続いていた。

他の常連が青年に告げた。
あの老人は完全に「養分」なんだよ。

青年は期待値論を武器に堅実に勝利を挙げた。
老人が負けて帰る姿を見る度に青年の心は傷んだ。

老人の考えは全てが滑稽だった。
「魚群をハズした後50回転はお詫びが来る」 
「パチンコ台のガラスを拭くと運気が上がる」
「魚を食べた日は魚群が来ない」

老人はよく青年に言った。
「俺は甘は打たない」

青年の主戦場は甘のシマだった。
老人が多いこのパチンコ店では
日当1万円以上の台が平気で落ちていた。

老人たちは、そんな事はお構い無しに
回らない海物語を一生懸命に打っていた。
青年はそんな老人たちを心の底から軽蔑していた。

負けて悔しがる老人を見る度に青年は
「期待値がマイナスの台を打てば負けるのは当然」
「台を撫でてる暇があるなら回転率を計算しろ」
と思うのだった。

そんなある日、青年は昼間は仕事の為打ちに行けず
夜から打ちに行った。

すると、ガランとした甘の海のシマで
例の老人を見つけた。
老人は鉛筆とメモ帳を持っていた。

何をしているのかと青年が目を凝らすと
老人は大海物語アグネスの回転数をメモしていた。

そう。このお店はラムクリをしない。
つまり閉店時の回転数は翌日の朝に引き継がれる。

「俺は甘は打たない」
そう言っていたはずの老人がハイエナのような事を
している。青年は絶望した。

それからというもの、青年の足はパチンコから
遠退いた。老人の惨めなハイエナの姿を
見たくないからだ。

幸いというか、不幸というか
青年は仕事が忙しかった。

仕事、人間関係。
そのような煩雑な物にパチンコは埋もれて行った。

パチンコから足が遠退いてから数ヶ月。
世間はゴールデンウィークで浮かれていた。
青年はやる事もないので、久しぶりに
あのパチンコ屋に足を運ぶ事にした。

店内に足を踏み入れ、一台、一台
丁寧に物色をする。

しかし、ある異変に気づく。
「俺は甘は打たない」と言っていた例の老人がいない。

青年は、その事を特に気にも止めず
ゴジラの77分の1バージョンに座った。

すると隣にいた常連が話しかけてきた。

「あのじいさん、死んだらしいぜ」
「あのじいさん?」

青年は聞き返した。
あのじいさん、とはどうやら
「俺は甘は打たない」と言っていた老人の事のようだ。

軽い衝撃を受けたものの
青年は遊戯を続けた。

夕方。タバコ数箱分の勝ち金を手にした青年は
歩いて帰路を辿った。

「俺は甘は打たない」
その信念を曲げ、最後はハイエナの真似事までして
パチンコにしがみついた、あの老人が最後に見た夢は
なんだったのか。

青年は振り向き、遠くに見えるパチンコ屋を見た。
そこに老人の姿はなかった。


(完)



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