父親について

僕には一個下の弟がいる
家族構成は母と僕と弟
父親がいない。

弟が生まれて
父はどっか行ったらしい。

とても車にお金をかける人間だったらしい。

一時期、我が家には4台の車と2台のトラックがあったらしい。

父が車にお金をかけるあまり
我が家は借金まみれ
あげく離婚
父は、母と幼い僕たちに借金だけ残して消えた。


父がいないことによって
僕たち兄弟が苦労することはなかった。

おそらく母がその分苦労したのだろう。

毎朝食べる小麦粉を練っただけのやつも
僕たちは好んで食べた。

父がいないことによっておきる出来事

「母に彼氏ができる」

母は僕を二十歳の時に産んでいる
そして翌年に弟を産んでいる。

つまり
僕が6歳の時
母親は26歳だ。

彼氏くらいできる。

数人見てきた。

母親と喧嘩した八つ当たりで
僕の頭にジャムのビンを投げてきたやつ。

別れる時に
僕たち兄弟のゲーム機を全て持っていったやつ。

山で鹿を狩ってるやつ。

120キロあるやつ。

拾ってきたパソコンのソリティアを朝から晩までやってるやつ。

少年サッカークラブの練習についてきては
シュート練習の時にいきってキーパーをしたがるやつ。

まともなやつがいなかった。

周りの友達は
そいつらのことを「お前の父さん」といった。

とても嫌だった。


僕が小学校高学年くらいになった時
母に新しい彼氏ができた。

「わだん」というやつだ。

上の名前か、下の名前か
よくわからない。

今思えば漢字もわからない。

とりあえずそいつは わだん だった。


母は男選びが下手くそだ。

どうせこいつもバカモンスターだ。

僕たち兄弟は諦めていた。



わだんは休日
僕たち兄弟を遊びに連れてってくれた。

母曰く
わだんは真面目に働いてるらしい。

わだんは優しかった。


気がつけば
僕たち兄弟は家にわだんが来るのを楽しみにするようになっていた。

ある日の晩
母、僕、弟で家族会議が開かれた。


母親が僕たちに問いた

「あんたら韓国人になるか?」

意味のわからない質問だった。


質問の内容をよくよく聞くと

わだんが仕事で韓国に行くらしい。
向こうに住まなければいけないらしい。
帰ってこれる見込みはないらしい。
わだんは僕たち家族を連れて韓国で一緒に暮らしたいらしい。

そういう意味の
「あんたら韓国人になるか?」であった。

僕たちは詳細を聞き
意味を理解した上で答えた

「嫌だ」

兄弟の意見は一致した。
理由も同じであった。

「友達と離れたくない」

なんとも子供らしい答えだ。

母も答えた

「…よし、わかった」



その日を境に
わだんに会うことはなかった。

母は僕たちになにがあったか語らなかった。


母はわだんに別れを告げたのだろう。

父ができたら
この先にある母の負担も少しは軽減できたはずだ。

僕たち兄弟の無邪気な世界を守るため
母は恋人を自らの手で切り離した。

父がいない僕たちに向けた
母にとって覚悟に近い償いのように感じる。


現在、母には新しい彼氏がいるらしい
一緒にパチンコに行くのが楽しみらしい。

この先ずっと彼氏の横で幸せになってもらいたいものだ。

あの時、母が言った
「…よし、わかった」のおかげで
僕は今ここにいる。


マスト

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