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メシアン『トゥランガリーラ交響曲』 分析ノート 第8楽章

第8楽章「愛の展開」 Développement d'Amour

昔のCDではこの楽章の和訳は「愛の敷衍」となっており、この「敷衍」という言葉が Développement のニュアンスをよく表していて、私は好きだ。しかしここでは一般的に用いられている「展開」という言葉を使いたいと思う。

「トゥランガリーラ交響曲」のような巨大な作品においては「音楽的展開」となる一つの楽章が必要だった。それがこの第8楽章である。あちこちに散らばっている短い展開を除いて、この作品のいくつかの曲は本質的にリズムの構成としてのみ現れているに過ぎない楽章もある(例えば第3,7,9楽章のような「トゥランガリーラ楽章」)。第6楽章に聞かれた「愛のテーマ」の展開部を拡大した「展開」が繰り広げられる。しかし前の楽章のリズム要素を受け継いだような特徴的な序奏とコーダも大変興味深い。

なお本稿ではオリヴィエ・メシアンの以下の著作物から引用を行っている。引用元は

"OLIVIER MESSIAEN
TURANGALÎLA SYMPHONY
pour piano solo,onde Martenot solo
et grand orchestre
(1946/1948 - révision 1990)
DURAND Editions Musicales"

まずは楽章の全体像を見てみよう。

A) 序奏

「彫像のテーマ」を思わせる「不可逆行リズム」の繰り返し、和音による滝、ピアノのカデンツァ、「彫像のテーマ」、1楽章の和音主題の再現

B) 大展開部

a) 嬰ヘ長調のモチーフA、変ホ長調の 「愛のテーマ」、「花のテーマ」
b)ト長調のモチーフA、ホ長調の「愛のテーマ」、「花のテーマ」
c) 「愛のテーマ」最初の爆発、ハ長調
d) 情熱的なモチーフB。木管楽器とトロンボーンの「逆行リズムカノン」
e) セクションa)再現。変イ長調のモチーフA、ヘ長調の「愛のテーマ」、「花のテーマ」
f)  セクションb)再現。イ長調のモチーフA、変ホ長調の「愛のテーマ」、「花のテーマ」
g) 「愛のテーマ」2度目の爆発、ニ長調
h) 嬰ヘ長調のモチーフA、情熱的なモチーフBの挿入によって絶えず中断される。木管楽器とトロンボーンの間の「逆行リズムカノン」
j) 情熱的なモチーフBの発展
k) 「愛のテーマ」3度目の爆発、嬰ヘ長調

C) コーダ

序奏の変化に富んだ再現。「不可逆行リズム」の繰り返し、トランペットとホルン、トロンボーンとチューバ、チューブラーベルと金属打楽器による三重カノン、 ピアノの短いカデンツァ(序奏とは上下逆の方向で)、「彫像のテーマ」

では細かく見ていこう。


A)序奏

開始部はチューブラーベルと金属打楽器、低音による音響、その動きは「彫像のテーマ」を想起させるが、音程関係はテーマそのものではなく旋律的な上行下降の動きを5音で表現する。(後ほどコーダで、真の「彫像のテーマ」との3重カノンが聞かれる)
そのリズムは

5 7 10 7 5

と「不可逆行リズム」を形成する。その後音価を1ずつ減らしながら続ける。

4 6 9 6 4
3 5 8 5 3
2 4 7 4 (2)

低音部は3-5の和音、その上声部はチューブラーベルと同じ旋律の動きをする。

「彫像のテーマ」5音の旋律的動き、不可逆行リズムが音価を1ずつ減らして進む

ピアノソロは「和音のテーマ」を 4 4 3 3 の音価で連続して強奏する。音域は1音ごとに変更されるが、これは第7楽章7番に出てきた配置と一緒になる。マラカスが同じリズムを演奏し、ヴァイブラフォンは「和音のテーマ」1つ目、3つ目の音を補強する。

「和音のテーマ」7楽章7番の配置が再び!

・2番


練習番号2番よりオーボエ2本、イングリッシュホルン、クラリネット2本、ファゴット2本、第1第3 ホルン、コルネット、1stヴァイオリン4人、2ndヴァイオリン4人、ヴィオラ4人、チェロ6人、チェレスタ、グロッケンからなる小さなトゥッティが、「和音のテーマ」をさまざまな音色に分散させながら演奏する。ピアノソロのように重い束とは対照的である。ホルンとコルネットの強い音がこの要素をリードする印象だ。コルネットとヴィオラ、ホルン、4人の2ndヴァイオリンが交互に入れ替わりながら演奏される。コルネットとヴィオラの断片は、常にコルネットが1回、ヴィオラが2回演奏し、2ndヴァイオリンとホルンの断片は、常にヴァイオリンが2回、ホルンが1回演奏する。テンプルブロックは諧謔的なリズムを補強している。

フルートとピッコロは独立した旋律を演奏、オンドマルトノはグリッサンド、幅の広いトレモロを含む特徴的なメロディーを聞かせる。

以上が重なりあったスコア最初の3ページを示そう。

チューブラーベルと低音の「不可逆行リズム」、ピアノの「和音のテーマ」
2番より「和音のテーマ」がオーケストラ中に散らばる
オンドマルトノが印象的な幅の広いトレモロを聴かせる

・4番


4番から2小節間の雄叫び、金管楽器のMTL2を思わせる響きに高音の弦楽器の持続、オンドマルトノの強烈なグリッサンド、そしてホルンの自然倍音によるグリッサンドが鳴り渡る。恒星の呼び声!

続く小節からは金管楽器の硬質なファンファーレに、木管楽器、弦楽器、ピアノ、オンドマルトノによる下降音形(メシアンは「滝」と呼んだ)が対峙する。それぞれの楽器群は違う旋法を演奏する。金管楽器のファンファーレは4¹ 木管楽器は3¹ 弦楽器は2¹ ピアノソロは1² オンドマルトノはグリッサンド。第1楽章6番でも同じような滝の効果があったことを思い出そう。

「滝」はそれぞれ違う4つのMTLが合体されている。金管楽器は4¹ 木管楽器は3¹ 弦楽器は2¹ ピアノソロは1²

・5番


5番からのソロピアノは第1楽章10番でも聴かれた 8-z29 8-14 のパッセージ。8-14は16分音符5個で構成されており最後の音が添加音符として強調される。長3度でのゼクエンツ、そして短縮されながら上昇する。その後幅広いアルペジオで一気に落下し、低音域のトリルのクレッシェンドで高揚したのち最低音に向けて沈み込んでいく。

第1楽章でも言及したが、このソロピアノの8-z29と8-14は「花のテーマ」から導き出されたものだ。10番で「花のテーマ」が登場するのも、7番からの和音再現も、「彫像のテーマ」が出るのも、「滝」のパッセージが出るのも第1楽章への回帰をイメージしていると捉えることができる。

最初の4音が8-z29 次の5音が8-14、長3度上昇しゼクエンツ、高音から一気に落下し最低音まで沈み込む

ピアノソロの繋ぎのフレーズから「彫像のテーマ」が引き出される。通常7音からなるテーマだが、ここでのテーマは第1音と最終音が省かれている。ピアノの合いの手が混乱を増長し、楽章冒頭のチューブラーベルの音{g# h}、高音部での共鳴音も聞こえてくる。

「彫像のテーマ」は第2音から6音まで

・7番


7番の音楽は第1楽章7番5小節目の和音連結の再現だ。

第1楽章の該当部分を再掲載する。和音の種類を確認してみよう。

1stヴァイオリン、オンドマルトノの形成する(4-4)とサスペンドシンバルの衝撃的な音響ののち、木管楽器とトランペット、ホルンがこの連結を演奏。そして2ndヴァイオリンとヴィオラはその逆行形を演奏。この趣向は第5楽章15番4小節でも見られた。ピアノソロ、チェレスタ、グロッケンのガムラングループは順行逆行両方の素材の中から音を抽出している。

チューブラーベルと低音3-5が落下しタムタムの強烈なフォルティッシモがこの序奏部を締めくくる。

B) 大展開部

まずはこの展開部を構成するモティーフを見てみよう。

モティーフA:
弦楽器、フルート、ファゴットによる最初の7音、上声部が同音連打(初回はc#)6回、そして最後に長2度上がる。下に付く4声は4回の半音階下降ののち半音上がる。

最後の3音、金管楽器にレガートの木管楽器が付随し トニック→トニック→ドミナントというカデンツ(A')を演奏。これが2回繰り返され、3回目は4度上がる。A'のカデンツは2音増えて5音となる。サブドミナント→サブドミナント→トニック→トニック→ドミナントという形。選択される旋法は全てMTL2だが、調性により選択される移高形は異なる。このFis-durの基本形では
トニック   MTL2-1
ドミナント  MTL2-2
サブドミナント MTL2-3
となる。

モティーフB:
情熱的なモティーフ、低音部の完全5度上昇に対して完全4度と増4度の積み重ね(3-5)が下降する。トランペットとトロンボーンの短2度の鋭い叫びが対抗する。このモティーフBは2度繰り返され、2度目の方がオーケストレーションが厚くなる。私はこれを "モティーフB(厚め)"と呼ぶことにする。
8分音符の連鎖による変化形(B') が続く。

これに楽章冒頭にも出てきた「和音のテーマ」が付随する。常にピアノソロによって演奏される。

・8番

楽章構成表の a) の部分。モティーフAが Fis-dur で呈示される。ピアノソロの「和音のテーマ」が8分音符5個の休止ののちに始まる。4音を繰り返すが8分休符1つを挟みながら進行する。チェレスタとグロッケンはピアノソロと絡むが、和音のテーマではなく、独自の5音音形の順行と反行を休符を挟みながら進む。

チェレスタとグロッケンは5音音形の順行逆行を演奏

金属打楽器(小トルコシンバル、チャイニーズシンバル、サスベンドシンバル、タムタム)は、序奏でのピアノソロが刻んでいたリズム
4 4 3 3 を刻む。

大展開部の開始部。「モティーフA」「和音のテーマ」「5音音形」「金属打楽器のリズム」の要素が合体している。金属打楽器は序奏のピアノのリズム 4 4 3 3 となっている。

・9番

モティーフA' が Es-durで弦楽器とピアノソロで繰り返されたのち「愛のテーマ」の一部(以下の譜面の9小節目)が聞こえる。原型の音価比は
1:2:3:8
であるが、第8楽章のここでは
2:3:5:8
となっている。

第6楽章の「愛のテーマ」再掲

10番で久々登場の「花のテーマ」、オンドマルトノの速いトリルが金属的な音色で加えられており、3小節目にはゲシュトプフのホルンとサスペンドシンバルが加えられている。

・11番

楽章構成表のb)の部分。モティーフAは半音上の G-dur で始まる。A'と「愛のテーマ」も半音上の E-dur。「和音のテーマ」と「花のテーマ」は変化なし。
14番でモティーフA'が 管楽器でAs-dur で3小節聞こえたのち、ピアノソロが C-dur で3小節繰り返す。
そして15番での「愛のテーマ」の最初の爆発に向けて4小節間 MTL2-2 の進行、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ホルンは上向きに、木管楽器、チューバ、コントラバスは下向きに進む。2² はC-durのドミナントに当たる。ピアノソロはモティーフA'を続けて演奏する。

・15番

楽章構成表の c) の部分。「愛のテーマ」のセクションB の最初(以下の楽譜2,3小節目)が C-dur で爆発する。

再び第6楽章「愛のテーマ」、この楽譜の2、3小節目が展開される

C-dur の場合、使用されるMTLの移高形は
トニック   MTL2-1
ドミナント  MTL2-2
サブドミナント MTL2-3
となる。
ピアノソロと木管楽器は2³ と 2¹ で16分音符の連鎖を奏でる。

15番を導く4小節はドミナント、15番からサブドミナント→ドミナントと進むが、この構図はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の終結部「イゾルデの愛の死」に見られるものである。

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」愛の死のクライマックス

クライマックスはH-durのドミナントから繋がったサブドミナントから次の小節のトニックへと進行する。それが2回繰り返される。トゥランガリーラの「愛のテーマ」展開部の進行と一緒であることがお分かりいただけるだろう。まさにここがトゥランガリーラがトリスタン的であることの音楽的証拠だ。下降するメロディーラインも似通っている。

15番、1度目の爆発

・16番

楽章構成表の d)の部分。情熱的なモティーフBが登場、オーケストレーションが厚めになった2小節目とB'が続く。その後Bは長3度上がり繰り返されるが短2度の叫びは不変。1stヴァイオリンとピッコロとオンドマルトノの叫びが加わる。

続く17番から木管楽器とトロンボーンの「逆行リズムカノン」

 3本のトロンボーン、ファゴット、バスクラリネットは音価1を4回演奏したのち、1ずつ音価を増していく(音価の半音階)。4分音符(音価4)以降は3本のホルンとチューバがトロンボーンのすべての音符の入りをアクセントで強調する。サスペンデッド・シンバルとタンバリンも同じ動きをする。MTL3-1の上昇音形、3回に2回は長3和音が聞こえてくるのが特徴。

MTL3-1、この重なりだと長3和音が3回に2回は聞こえてくる。

木管楽器は16分音符9つから16分音符1つまでの音価の半音階を演奏する。音価4までは、ヴァイオリンが木管楽器のすべての音符の入りをアクセントで強調する。音価3から、木管楽器とヴァイオリンのパートは5本のトランペットに引き継がれる。MTL4-4の下降音形。

以上2つの持続音列が逆行するリズムのカノンで重ねられている。逆行形が同時に演奏される時、それを認識するのはなかなか難しい(例えばこの楽章の7番や第3楽章の6番)が、ここはトロンボーンとトランペットのクリアーな音響と漸増漸減というわかりやすい構造ゆえ感知することが可能だろう。

ピアノソロは逆行リズムカノンに対峙するような即興的なフレーズを演奏。チェロとコントラバス、その後ヴァイオリンとヴィオラが加わり、MTL1-2(全音音階)上昇形を演奏する。チェレスタ、グロッケン、ピッコロは高音域の衝撃音を 6→5→4→3 とストロークを短くしながら演奏する。 

以上16〜18番にかけての展開をスコアで見てみよう。

16番にモティーフBが出る。その2小節目はオーケストレーションが厚めになる。
この最初の小節がモティーフB'、そして長3度上がってB、B(厚め)、B'が繰り返される。
MTL4-4 3-1 1-2 が重なって進行 

・18番

楽章構成表の e)の部分。a)の箇所がAs-dur で再現される。ただしピアノソロとチェレスタとグロッケン、そして金属打楽器の入りは8分音符2つ早まっている。

・21番

楽章構成表の f)の部分。b)の箇所がA-dur で再現される。やはりピアノソロとチェレスタとグロッケン、金属打楽器の入りは8分音符2つ早まっている。22番、本来ならばF#:であるはずの モティーフA' は C: → Es:と進み「愛のテーマ」の断片はEs-dur で出現する。

24番、モティーフA' はF#: →B: →D: と提示されていく。26番ではD-dur のドミナントであるMTL2-1が聞かれ、27番「愛のテーマ」の2度目の爆発を準備する。

・27番

楽章構成表の g) の部分。「愛のテーマ」のセクションB(以下の楽譜の2~5小節目)がD-dur で爆発する。1度目の爆発より長くなっている。

再び第6楽章「愛のテーマ」

D-dur の場合、使用されるMTLの移高形は
トニック   MTL2-3
ドミナント  MTL2-1
サブドミナント MTL2-2
となる。
ピアノソロと木管楽器は2² と 2¹ で16分音符の連鎖を奏でる。

・29番

楽章構成表のh)の部分。Fis-dur のモティーフAが再び出るが、モティーフBの挿入によって以下のように絶えず中断される。挟まるのはモティーフB(厚め)、B'+長3度上のBと変化する。

モティーフAはBによって断ち切られる

ピアノソロによる「和音のテーマ」はモティーフAと同時にスタート。チェレスタ、グロッケンもモティーフAと同時にスタートし、3-5の和音を奏でる。途中に挟まっていた休符は取り除かれる。もちろんモティーフBやB'が挟まる箇所は音が止む。金属打楽器もそれまでの 4 4 3 3 のリズムを放棄し、8分音符の連続となる。

・31番

木管楽器とトロンボーンの「逆行リズムカノン」が再現される。

・32番

29番同様に、G-dur のモティーフAがモティーフBの挿入によって絶えず中断される。

・34番

木管楽器とトロンボーンの「逆行リズムカノン」が長2度上で聞かれる。他の要素も全て長2度上になる。

・35番

楽章構成表の j) の部分。モティーフA'とモティーフBが絡み合いながら発展する。35〜39番まではモティーフA'が B: → D: → F#: の3つの調で提示されるが、常にモティーフB や B' で中断される。モティーフB'は新しい発展パターンが出現。

以下の譜例36番では、モティーフBの低音進行が増4度上で継続される。
37番ではモティーフB'が長3度上で繰り返され、36番の低音上昇が継続された形。

・39番

ここではA'は一時的に姿を消し、Bの発展に委ねられる。5小節のグループが3回にわたり上昇していく。上記37番の低音進行はさらに継続される。
上声部の3-5は半音ずつ、低音部の完全5度は全音ずつ上昇する。つまり進むごとに和音はどんどん異なっていくわけだ。一方、トランペットとトロンボーンの鋭いリズム、オンドマルトノ、そしてソロピアノの音響は変化しない。
新しい要素も追加される。木管楽器の5つの和音によるトリルと、ピッコロの下降音形だ。ピッコロは低音部の上昇音形と対置される。

5小節のグループが3回にわたり上昇、木管楽器のトリルやピッコロの下降にも注目

続く小節からは上昇する弦楽器とピアノソロの下降が逆方向で対峙する。

弦楽器:低音部の完全5度は長2度ずつ上昇する。上声部は完全4度と増4度の組み合わせを変えながら上昇。つまり
完全4度+増4度
増4度+完全4度
完全4度+完全4度
の3つのパターンがあることがわかるだろう。

ピアノソロ:右手は黒鍵を下向きに順番に演奏。左手は白鍵を下向きに順番に演奏。

木管楽器のトリルはC#とD#を下向きの半音で演奏。この音はその後で演奏されるFis-durのモティーフA'に含まれる音である。トランペット、トロンボーンのC#の持続音、さらにはサスペンドシンバルの強烈なクレッシェンドも参加し、上昇下降の拮抗が昂まってゆくのを支える。

・40番

再びモティーフA'が F#: で現れる。42番の大爆発に備えて7回繰り返しが行われる。その長さは爆発のたびに異なっていた。1度目の爆発(C-dur)の前は3回、2度目の爆発(D-dur)の前は5回であった。
41番からそれまでの爆発直前と同様に4小節の導入が聞かれる。主部Fis-durに対するドミナントであるので旋法はMTL2-2となる。

40~41番にかけてモティーフA'は7回繰り返される。41番からは2²の進行。ピアノソロは2¹と2²のモティーフA'を継続。

・42番

楽章構成表のk)の部分。3度目の爆発、楽章全体のクライマックスであり、交響曲全曲のクライマックスでもある。「イゾルデの愛の死」のクライマックスに最も近い表情を有す。調性のFis-durは6楽章の「愛のテーマ」の調性であり、2楽章の調性でもあった。そしてこの先第10楽章の調性ともなっていく。

Fis-dur の場合、使用されるMTLの移高形は
トニック   MTL2-1
ドミナント  MTL2-2
サブドミナント MTL2-3
となる。
ピアノソロと木管楽器は2³ と 2¹ で16分音符の連鎖を奏する。

42番最初のアコード(H₆)は長く引き伸ばされる。その後「愛のテーマ」に沿って進行していくが、2回目の爆発よりさらに多く展開されていく。
44番1拍前より新しい楽節が始まるが、45番2小節前に来る次のクライマックスを準備するものとなる。その骨格を以下に楽譜を示そう。

ここまで全てのフレーズがMTL2で和声付けされていたが、ここでMTL3-1とMTL6-5が登場する。それぞれのフレーズの和声と旋法を確認してみよう。

フレーズ1:MTL2-1と2-2 で進むこれまで見てきた進行。機能は T → D

フレーズ2:ホルンとファゴットのⅣ₆(h d# f# g#  コードネームだとH₆ )のコードに支えられるサブドミナント(S)。使用MTLは2-3。

フレーズ3:支えるコードはⅠ(F#)であるので機能は T、しかしここで使われるモードはMTL2-1ではなくMTL3-1だ(メロディーに付けられた他の音や和音の房は省略してある)。コードにあるc#音(2nd  Hornが演奏する)はMTL3-1には属さない音であり、ここに軋みが発生する。これまで「愛のテーマ」の和声付けに於いてこのような「軋み」はなかったことだ。メロディーラインはMTL2-1,3-1 どちらにも属する音である。

フレーズ4 前半:支えるコードはⅡ₇ (g# h d# f# コードネームだと G#m₇)機能は S 、これまでならMTL2-3で和声付けされるところだが、ここではMTL6-5だ。第5楽章10番や38番の直前にこの旋法が使用されていたことを思い出してみよう。コードのh音は旋法外音なので、ここでも軋みが生じる。

フレーズ4 後半:支えるコードにはトロンボーンが加わりG#₉(g# h# d# f# a#)を形成、つまりFis-durのドッペルドミナントである。機能としては変わらず S である。使用旋法はフレーズ4前半と同じくMTL6-5、直前のh音(旋法外音)がh#に進むことにより全ての音がこの旋法に含まれるため、軋みが解消される!

フレーズ4の持続時間はフレーズ3までの(2 2 2 1 2)から(3 2 2 1 2 5)に変化する。特に最後の音価5は「溜め」の効果を発揮するのに十分だ。

再び迎えたクライマックスはモティーフA'の拡大形、ハーモニーはMTL2-1と2-2が交代で現れる基本形に戻っている。モティーフA'がそれまで速いテンポで執拗に繰り返されてきたので、この進行は嫌でも耳に残っている。音域を下げ楽器を減らしながらモティーフA'を5回繰り返すが、持続時間は若干の変化を伴う。8分音符単位で以下のように変化。
(6 1 2)(6 1 2)(6 1 2)(3 3 3)(5 5 9)
4回目の繰り返しよりピアノソロのみが16分音符を刻んでいく。最後の和音にチューバのh音(和音の第7音)が加わっているのが印象的だ。愛の楽器であるオンドマルトノだけは常にメロディーを奏で続ける。

このモティーフA'は T → D 進行であるが、最初の音がⅠの46(第2転回形)であるので、藝大和声の機能和声理論に基づくとモティーフ全体がD機能である、と見ることもできる。そうするならばクライマックス直前のドッペルドミナントから S → D と進んだのみで、真の解決たるT和音は現れないことになる。実はこの真の解決は第10楽章の最後までとっておかれるのだ!開かれた和声のまま大展開部を終わりコーダに引き継がれていく。

C) コーダ

・46番


序奏の要素が再び聞こえてくるが、畳み掛けるように各要素が登場する。
チューブラーベル等による「不可逆行リズム」は冒頭同様音価を1ずつ減らしながら続けられる。

5 7 10 7 5
4 6 9 6 4
3 5 8 5 3
2 4 7 4 2
1 3 6 3 1

この「不可逆行リズム」は「彫像のテーマ」の上下の動きを仄めかしていたが、47番で真正の「彫像のテーマ」が聞こえてくる。まずトロンボーンがテーマの最初の5音をチューブラーベルの入りの8分音符1個分早く開始する。音価はチューブラーベルに倣って
4 6 9 6 4
である。その3小節後、トランペットとホルンがトロンボーンよりさらに8分音符1個分早い入りでテーマを演奏するが、音高はオリジナルの全音下になっている(実音はトロンボーンより増6度高い)。音価は
3 5 8 5 3
ここにチューブラーベルのグループとトロンボーン、トランペットとホルンでの「不可逆行リズムの3重カノン」が形成される。このカノンは音価を
2 4 7 4 2 
1 3 6 3 1
と減らしていく。

47番トロンボーン、その3小節後トランペットとホルンが「彫像のテーマ」を演奏。チューブラーベルのグループと3重カノンを形成する。

その他の要素は序奏と同じシステムで動く。3重カノンはそれ以上音価を減らせないところで突然停止する。

続く49番2小節前で「恒星の呼び声」再び!序奏にあった「滝」はなく、すぐにピアノソロに突入する。8-z29 と 8-14の音響であるが、5番で聞かれたソロの上下動を逆さまにしている。3拍分下降にかかる時間が延長され低音のe音に達する。最後は超高音域のa音に向かうが、最低音aで終わった序奏部とは見事な対照をなす。

50番で サスペンドシンバルとソロピアノの黒鍵白鍵を手を交差させて弾くパッセージが衝撃を与えたのち、「彫像のテーマ」の第4、5、6音のみが聞こえてくる。低弦のアタックで補強されている。 テーマの第7音となるべき音は恐怖を与えるに十分なタムタム、大太鼓、ソロピアノの最低音域、コントラバスの音塊にとって変わられる。

「彫像のテーマ」は4〜6番目の音、7番目にくるはずの音は最後の「恐怖の音響」にとって変わられる。

以上第8楽章では交響曲の4つの主要テーマ「彫像のテーマ」「花のテーマ」「愛のテーマ」「和音のテーマ」が一堂に会し、全てのイデーを表出し尽くすのである。「彫像のテーマ」「花のテーマ」はこれ以後の出現はない。


第9楽章へ↓

第7楽章は↓


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