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千年の旅路:第一章(3)

牢獄内の広い部屋で、ふたつの影がぶつかり合う。

ひとつは、獣人ラルク。
もうひとつは、ラルクのかつての呪われし姿……鉄巨人ラルク。
ラルクの歪んだ心根が生み落とした、忌まわしき怪物である。

まるで馬のような力強い四脚を持つその怪物は
巨体に似合わない速度で、縦横無尽に部屋の中を飛び回る。
さらに禍々しい鎧に包まれた剛腕から繰り出される攻撃は
下手な受け方をすれば、肉と骨が砕け散るほどの破壊力を持っていた。

大昔の戦争にて、いくつもの砦を唯ひとりで陥落させ
「砦落とし」との異名をとるほどの戦士であったラルクが
どう対応していいか分からず、防戦一方となっている。

ラルク
「ちっ……
 こんなに強かったか? コイツ……
 もっと見掛け倒しだと思っていたが。

ある種の自虐を呟くラルク。
気を取り直して攻撃を仕掛けるが、簡単に背後に回られてしまう。
そこから飛んでくる拳撃をかろうじて受け流すも
身体には少しずつダメージが蓄積されていく。

ラルク、いったん間合いを広く取り、様子を窺う。
悠然とした立ち姿でこちらを見つめる鉄巨人。
ふと、その何でもない姿態にラルクは違和感を感じる。

ラルク
「なんだ?
 この妙な感じは……

愛用の斧の構えを微妙に切り替えていき
鉄巨人を揺さぶろうとするラルク。
しかし、鉄巨人の佇まいは全く変わらない。

ラルク
「ずいぶんな余裕かと思ったが。
 そういうわけでもなさそうだ。

ラルク、不意に戦闘の構えを解き、斧をしまう。
鉄巨人、それに対して何の反応も見せず。
ラルクは眼を閉じ、心を落ち着かせていく。

心眼発動。
はたして、鉄巨人がいるはずの場所には、何の気も感じられなかった。

ラルク
「やられたな。

ラルク、眼を開く。
いつの間にか、鉄巨人の姿は消えていた。

ラルク
「幻と闘わされていたとはな。
 どうりで歯が立たんわけだ。

辺りを見回すラルク。
冷たく、暗い空気が部屋を満たしている。

ラルク
「やはりヒトの気配はないか。
 何者かに術を掛けられた……
 というわけでもなさそうだ。

ラルク、部屋の中をぐるっと回る。
特に目を引くものはない。
が、先ほどから感じる暗い空気が
身体と精神をジワジワと侵食していくような気がする。

ラルク
「性質が悪い連中を閉じ込める牢獄、か。
 ふん。
 ここを作った奴も相当なもんだ。

ラルク、頭上を仰ぎ見る。

ラルク
「さて、急ぐとするか。
 恐らく、クロエにも同じことが
 起きているはずだ。

部屋の出口を探し、廊下へと出るラルク。
移動中、扉の大きさや形により、大小様々な部屋があることが分かる。

ラルク、途中で立ち止まり、耳を澄ます。
微かに何かが飛び交う音が聞こえる。
音の方へと向かう。

そして、とある扉の前に立つラルク。
先ほど自分が入っていた部屋と同じ大きさと形の扉。

ラルク
「ここか……
 巻き添えを食わんよう、気をつけねばな。
 
扉をそっと開き、気配を消して部屋の中に入るラルク。
目を凝らすと、暗闇の中を白い影が飛び交っているのが見える。
それは、この牢獄に入る前に目の当たりにした、白き竜だった。

白き竜=クロエは、何事かを呻きながら部屋の中を飛び続けていた。
時々攻撃を仕掛けるが、その先には何もおらず、虚しく宙を切る。
叫ぶクロエ。
今度はラルクにもハッキリ聞こえる。

クロエ
「おのれ……灰色の獣人め!
 何故、私をつけ狙う!?
 いい加減に目の前から消えろ!
 消えろ!!

ラルク、訝しげな表情でクロエを見る。

ラルク
「灰色の獣人?
 何者だ?

白竜クロエの攻撃の一部がラルクに向かって流れてくる。
慌てて避けるラルク。

ラルク
「く……
 恐らくヴァディスの記憶と
 関係があるのだろうが……

白竜クロエの咆哮が一帯に響く。
ラルク、舌打ちしてかぶりを振る。

ラルク
「ちっ、今はそれどころではない。
 クロエの正気を取り戻すのが先だ!

ラルク、白竜クロエに向かって叫ぶ。

ラルク
「クロエ! こっちだ!

白竜クロエ、ラルクに気付く。
その眼は怒りで燃えているのか、紅く輝いている。
ラルクに突進してくる白竜クロエ。
ラルク、ギリギリまで待ち、間一髪で白竜クロエの背中に飛び乗る。

ラルク
「クロエ! 俺だ、ラルクだ!
 目を覚ませ!

白竜クロエ、ラルクを振り落とそうときりもみ飛行。
たまらず地面に叩きつけられるラルク。衝撃で起き上がれない。

ラルク
「くそ……しくじった……

再度ラルクに向かって突進してくる白竜クロエ。
万事休す。

ラルクが覚悟を決めた刹那、背後から巨大な槍が白竜に向かって飛ぶ。
まるで蔓草が絡みあったような不思議な形状の槍が
躊躇なく白竜クロエの翼の一枚を突き破る。
失速し、地面に叩きつけられるクロエ。
その衝撃で舞い上がる砂煙。

ラルク、何とか動けるようになり、砂煙の中に駆け込む。
少女の姿に戻ったクロエが地面に横たわっているのを見つけ
彼女を抱き抱えて呼びかける。

ラルク
「おい、クロエ!
 大丈夫か、しっかりしろ!

ラルクの背後…槍が飛んできた方向から男の声がする。


「やれやれ……この牢獄の罠に
 キッチリハマっちゃったか……
 クロエもまだまだだね。

ラルク、怒りの表情をその男に向ける。
肩をすくめる男。


「ほら、獣人くんが心配してるよ。
 とっとと目を覚ましな、クロエ。

ラルクの腕の中のクロエ、ぴくっと動く。

ラルク
「クロエ!?

ゆっくり目を開けるクロエ。
男を見てハッとする。

クロエ
「ナ、ナキリ様…

ラルク、驚いて男を睨む。
ナキリと呼ばれた男、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

ナキリ
「やあ、久しぶりだね、クロエ。

(続く)

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