雨中をさまよう男の唄、ふたたび

 傘もなく
 男はひとり雨中をさまよう。

 死んだ魚が打ち上げられる埠頭から埠頭へ
 男はひとり雨中をさまよう。

 傘もなく
 帰る家もなく黒い雨に打たれ

 煙立つ瓦礫の畝から畝をひとり
 さまよい歩いていたあの日から十年――

 くぅーん、くぅーん、

 主人をなくして鼻を鳴らし
 泣き濡れてちぎれたリードをひきずり
 あの日出会った
 泥まみれのラブラドール・レトリバーは――

 もう五年前のこと
 うららかな春の陽ざしに抱かれ
 チョコレート色の美しい毛をきらめかせ
 男の腕のなか主人の元へと旅立って行った。

 放射能に汚染された事故処理の水は十年経っても
 行く宛てもなく増え続けているが――

 あの大津波に呑み込まれ突然いなくなった人々は
 十年経っても未だ帰る気配はない。

 まるで核の傘の下での冷戦
 かつてのアメリカとソビエトのようだ……

 大きな地震が性懲りもなく爪を立てる
 この海に囲まれた小さな島国――

 国家という怪物と
 差別と風評にさらされた孤独な群衆のあいだで
 すでに冷戦は始まっている。

 すべてがつなぎようのない
 断片となってしまったFukushimaの空に

 くぅーん、くぅーん、

 泣き濡れた犬の遠吠えがいつまでもひびく。

 Hiroshima、Nagasaki、
 Fukushima……

 黒い雨は降り止まず――

 傘もなく
 男はひとり雨中をさまよう。


(2021年4月13日:福島第一原発処理水海洋放出が閣議決定された日に)

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