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Age is just a number. 年齢なんてただの数字にすぎないんだ

先日こういうツイートをしました。


日本では(韓国もそうですが)相手との年齢差によって言葉遣いが変わる、ということもあって、生活の中で年齢が否応なしに意識に上りますよね。

海外を旅していて、すっかり年齢が関係がない世界に慣れてしまっている時にたまに日本人に会うと、「失礼ですけど今おいくつですか?」と聞かれ、

あぁそうだった、自分は年齢重視世界の住人だったのだ、と現実に引き戻される経験を何度もしました。

何年生まれですか?あ、同い歳?あぁ、学年では一つ違いか。。。。

ほんっとにどーでもええわ

さらに「いい年こいて」という言葉で、年齢が行動を縛ることすらあります。

でもそこまで年齢に重きが置かれるのは世界でも少数派、そんな考えに縛られてしまい、やりたいことをしないのはもったいないですよね。

さぁ予防線は張った。

新たなる挑戦

最近になって新しい挑戦を始めました。

本当はサーフィンやりたいんですが、冬の海の冷たさには耐えられなくなり、夏は夏で人が多すぎて危険だということもあって、

それと謎の肩痛(「〜十肩」ってあの名前のシリーズ、誰がつけたんでしょうか。30でも40でも50でもなるんなら数字の意味ないやんけ、アホですねぇ。)のためパドリングもできなくなり、海からは遠ざかっていたんですね。

で、最近はずっとウォーキングをやっていたんですが、やっぱり運動としては物足りない(それ自体は面白くない)、

そこで何かないかと思って始めたのが、スケボーでした。

あーあー

はい今言ったでしょ?いい年こいてって。耳押さえていたので大丈夫。

もうね、そういうしょうもないこと言ってはダメですよ。その言葉が頭を過ぎりそうになったら、Age is just a number.と呟くようにしてください。

恐怖との戦い

で、まぁサーフィンもやっていたのでね、スケボーもいけるだろうと。

ところがその初日に二回こけてしまった

こんな「こけた」などという可愛い表現ではあの恐怖は伝わらないと思います。

「アスファルトに激突した」が正しい。

これがサーフィンとの一番の違い。サーフィンはコケても下は水ですが、スケボーはコケるとアスファルトなんですね、当たり前ですが。

だってもう生きてて、ここ三十年ぐらい道路で転んだ経験すらなかったんですから。

膝から出血し、しかも関節も痛めてしまって、二回目の転倒では頭を打ち

それでもめげずに次の日も練習に行ったら、今度はボードに乗りかけてバランスを失って踏ん張ったところ、内もものスジを痛めてしまい、もう痛みで歩くのも困難な状態に。

こういうことがあって、ボードに体重を乗せること自体が怖くなってしまいました。サーフィンやスノボをやったことがある方はお分かりでしょうが、そうやって腰が引けてしまうと、かえって転倒しやすくなるんですよね、もうその恐怖との戦い。しかも下は地獄のアスファルト。

最初にガチること

でもせっかく始めたこと、そんなんでは諦めたくない。

これまでの経験、サーフィンや英語、そしてスペイン語、中国語もそうですけど、スキルの上達はどれだけ時間を捧げたかで決まる、

そして初心者ゾーンが一番つまらない、そこを抜けるには一気に時間を捧げるしかない、ということを知っているので、

「最初にガチる」のが自分の流儀。休みを作らず「毎日」「できるだけ長時間」練習を。

家の中ですらボードに立ってバランス感覚を養うなど、一日の中でボードに乗っている時間を出来るだけ増やす。

学生時代、クラスに一人休み時間にずっとギター鳴らしてるスナフキンみたいなやつがいたでしょう?上達するのはあんな奴なんです。

そして暇さえあればYouTubeでスケボーの動画を観て、目でも学ぶ。

ある(恐らくスポーツもあまりやってこなかったであろう)女性が、スケボーを購入してから少しずつ上達する様子を記録・配信しているんですが、そのペースが自分よりも明らかに速くて

俺はなにをやっとるんだと落ち込み。人と比べたってしょうがないのに。

翼を手にした日

でもそれでもめげず、地道に3週間続けたところ、すっかり安定して乗れるようになり、そうなると楽しくてしょうがないんです、これが。なんでもっと早くやらなかったのだろうと後悔するレベル。

というのは、サーフィンの時って、ボードの上に乗れてる時間なんて一つの波につき、まぁ15秒が限度です。ですから二時間海に入っていたって、波に乗っている時間をぎゅっとしたら五分ぐらいということだってザラ

スノボは雪がある所に行くこと自体が大仕事ですしね。

でもスケボーなら舗装されてる道路(もちろん車通り人通りが少ないところを探さなくてはいけませんが)があればどこででもできますし、風を感じながらスーッと滑るあの感覚をずっと感じていられる。

なんでアレはあんなに気持ちいいんでしょうか、自転車だって同じ事は出来るはずなのに、得られる気持ちよさは比べものになりません。

しかも自分が買ったのはミニクルーザーと呼ばれる、とても小さいボードなので(だからバランスを取るのが難しいのですが)、これならどこにでも、旅先にでも持っていける ← これが狙いなのです

まあ、ここまでやってこなかったのには、僕もどこかで、スケボーはキッズのやるものだっていう偏見があったんでしょうね、大反省です。

翼を手にした僕の行く手を阻むものは、もうない。(いやある、転倒。あれは怖い。)

「手続き記憶」の鍛え方

それにしても今回の挑戦でつくづく感じたのが、スポーツの上達の難しさです。

記憶には、頭で覚える「陳述(ちんじゅつ)的記憶)」と、体で覚える「手続き記憶」の二種類があって、

自転車の乗り方や泳ぎ方を覚える、つまり体の動きに関係しているのが後者の手続き記憶。

で、この手続き記憶の特徴として、一度しっかり記憶されれば失われない(何十年と乗っていなくても、自転車に乗れるように)けれど、定着するまでは長持ちしない、ということがあります。

だから間を空けてしまうと忘れちゃうんです。

これは以前サーフィンを始めた時に思い知りました。 最初は週一で海に通っていましたが、練習を重ねて「何かをつかんだ」と思っても、次に入れるのは最短で翌週(波がなければまた次の週に)。

そうなると、体が忘れてしまうのでまたゼロからやり直し。そして長時間練習して、「あぁ、この感覚だった」と思い出す頃にはもう暗くなっており、次の機会に持ち越し → また記憶消える

の繰り返しで、半年経っても全く上達しなかったんです。

それで業を煮やして海のそばに引っ越し、毎日入った。そうすると、忘れることがないので、「ボードの上に安定して立つ」という、半年やってもできなかったことが3日で出来るようになったと。

だから間を開けずに「毎日」できるだけ長時間練習するのが上達のコツ

だからこそ「最初にガチる」のです。

そして前回もお話したように、英語の上達にもこれは通じます。

英語の習得には勉強の面とスポーツ面があって、そのスポーツ面を鍛えるには、この「体で覚える」ことをしなくちゃいけなくて、

発音をものにすることなんてまさにそうですし、あるいは単語や文法事項を一瞬で使える武器にまで高めるのにも、このスポーツ的な取り組みが必要

ゴリゴリ反復して、量を積んで「体で覚える」

まあ、そもそもリスニングやスピーキング自体が、時間的な余裕がない状況で瞬時にさまざまな作業を行わなきゃいけない、スポーツに近い作業です。

だからそれらを鍛えるためには、「毎日」「出来るだけ長い時間」取り組むことが必要になると。

スケボーで上達するために、1日の中で板の上に乗ってる時間をできるだけ増やさなきゃいけないように

英語の場合は当然、1日の中で英語に触れている時間をできるだけ増やさなくちゃいけないのです。英語のスナフキン状態にならなくては。

アドバイスで上達はできない

で、もう一つの気づきは、まぁ今はYouTubeで沢山の動画が見られて、その中で初心者に向けてポイントを解説してくださってる方が結構いらっしゃるんですが

でも思ったのは、どんなアドバイスも、自分ができるようになって初めて分かるんです。あ、このこと言ってたのかと。

例えばある方が「クロールのように手を動かす」と言っていて、一応それを真似してみたんですが、全く意味がわからない。動画で見てもクロールの動きのようには見えないし。

でも数日間練習を積んだ時、「あっこれ確かに上半身とか半身の連動の仕方がクロールに似てる」と気づいた瞬間がありました。

つまりアドバイスを元に上達するんじゃなくて、練習を積んで上達すると、アドバイスで言ってることの意味が分かるようになるんです。

結局、練習の「量」を積むことで、自分で「体得」しなきゃいけない。

このように、色んな方がアドバイスをしているけれど、それを元に上達することってまぁ無理です。

これに関しては、僕はコーチに教わってあるスポーツの技術を高いレベルに高めた、という経験がないのでわかりませんが、

どうなんでしょうか。 

子供にどう自転車の乗り方を教えるか

例えばあなたにお子さんがいて、その子が自転車に乗ろうと練習しているとします。

ところが全く上手くいかずに何度も転けて泣いて、「もう嫌だ怖い、もうやめる」と言っている。→ 僕もこの前実際にこけてみてその恐怖を体感しました。ありゃやめるわ

その子になんとアドバイスしますか?

おそらくは自分が乗っている時のことを思い出して、その時注意すべきことについてアドバイスするでしょう。

あるいは客観的にフォームを見てどこに問題があるかっていうことをいろいろ指摘することはできる

だけど一番の問題は、すでに自転車に乗れるあなたには、自転車に乗れなかった時のことが思い出せないということ。これが手続き記憶。

手続き記憶は言葉で説明できないんです。

だから出来ない人を出来るようにするための橋渡しのアドバイスは、現実的にはできないのです。想像でものを言うしかない。

結局、そのアドバイスでその子が問題を解決して乗れるようになるというより、

その子が自分で掴まなきゃいけないんですよね。ひたすら量を積むことで、その練習した量が、上達に必要なラインに達したら急に乗れるようになる、そういうもんなんですから。

だからコーチが出来ることといえば、その練習量を積ませるところを応援してあげることだけじゃないかと思うんですね。

例えば自分が英語を教える時でも、生徒さんの音読を聞かせてもらって、問題点と、どうすればいいかという改善のアドバイスを客観的に伝えるわけですが、

それでその場では出来ても、本当の意味で上達するためには、何十回と読み込むことで、いちいち意識しなくとも勝手に口がそういうふうに動く、というところまで持っていかなくてはならなくて、

それにはやはり生徒さんがご自身で練習量を積むことで、「体得」しなくてはいけないんです。


スケボーの場合はどうしているかというと、(またいつもの独学なので)YouTubeでうまい人のフォームを見て、それを脳裏に焼き付け、自分で再現しようとする、そうして繰り返して練習するうちに、あぁこれだと気づく、

こういうプロセスで上達していっている状態です。


そもそもこうしてスケボーに挑戦しようと思ったのも、自分でこういう記事を書いているくせに

そういえば最近新しいことに挑戦してないなぁ、と思ったためです。

新しいことを始めるということは、今までの人生で使ってきていない脳の部分を使うことになり、

ある動作を出来るようにすることとは、脳の中に新たに電線を張る作業

その動作を繰り返すことで、少しずつ脳からの電流の伝達のスピードが速くなってスムーズになる、これが上達

そしてその電流の速度を早めてくれるのが、絶縁体の役割をするミエリンという物質、これが練習量に応じて増えるんでした(詳しくは上の記事をお読みください)。

上の記事を書いていて、この上達のプロセスを自分でももう一度味わいたくなったのです。

今頃ぼくの頭の中は電線引きまくり、ミエリン増えまくりで大忙しのはずですよ。

挑戦している限り人間は成長できるのです。でも同じことの繰り返しでは、同じところに留まる。

Age is just a number.

あなたは最近何に挑戦しましたか?

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