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2024年06月06日 競争力CA ~選挙におけるインターネット投票の是非~


記事

朝日新聞「『投票しにくい』社会」
指定難病により自力での移動が難しくなり、1日の大半をベッドで過ごすようになった水野さんは、要介護4で移動機能障害の等級が3である。現在郵便投票ができる条件は要介護5、移動機能障害1または2級であるため、2022年の参院選以降投票をあきらめている。水野さんは「郵便投票の条件緩和やネットによる電子投票など環境を整えてほしい」と述べている。このような投票に行きたくても行けない人が、高齢化に伴って増えている可能性が指摘されている。
国内の選挙は公職選挙法により、選挙当日に自ら投票所に行くことが原則となっている。一方海外では多様な工夫がされている。例えば東欧のエストニアでは国政選挙で全有権者がネットを通じて電子投票できる。アメリカ、カナダでも一部地域でネット投票が実施されている。オーストラリアでは視覚障害者は電話で投票することができる。

そこで今回は、インターネット投票の是非について議論したいと思います。
私は「インターネット投票に反対である」という立場で議論するので、皆さんは「インターネット投票に賛成である」という立場で議論してください。

前提

投票所の端末を使って投票する電子投票ではなく、自宅のパソコンやスマホを利用してどこでも投票できるインターネット投票について議論します。
特定の人だけではなく、全有権者を対象とするインターネット投票について議論することとします。
Q.インターネットでの投票のみとするのか、あくまで手段の一つとするのか。
A.オンラインへの完全移行はしない。あくまでオンライン投票は手段の一つにすぎない。
Q.マイナンバーカードを持っていない人にとっては手段となりえないのでは。
A.カードの取得が任意であれば強制ではない。
Q.タイムゾーンによる時差はどうするのか。
A.それぞれのタイムゾーンに合わせて締め切る。

意見・論点

1.買収などの不正行為が起こる可能性が高まる

現在の選挙では投票所の投票立会人が監視している。インターネット投票になると監視することができず、買収行為が行われる可能性がある。期間中は何度もやり直せるようにして不正を防ぐエストニアのような仕組みも考えられてはいるが、期間ぎりぎりに集められて投票させることも可能なので完全に防げるとは言えない。また、買収がなくても周りに流されてなんとなく投票してしまうということも起きるのではないか。(それほど投票が簡単)
Q.たとえ買収がなかったとしても、義務投票ではない限り投票者が周りの意見に流されてしまう(投票に行かない)のではないか。この問題はインターネット投票だけで起こる問題ではないのでは。
A.データがあるわけではないが、投票者が所属するコミュニティのリーダーたる者に流されることは有り得る。また、オンライン投票の第一の魅力は投票に係る時間的コストの低下である。

2.通信障害などシステムトラブルの懸念

大規模な国政選挙を行うとなると、選挙のやり直しなどには大きなコストがかかるため、システムトラブルが起こらないようにする必要があるが、難しいのではないか。例えばスイスでは、2003年在外スイス人のインターネット投票に向けた法改正を行っており、2019年は任期満了に伴う国政選挙の年で、インターネット投票の実施が計画されていた。しかしメルボルン大学とスイスのベルン応用化学大学のセキュリティ研究者が、システムのソースコードの欠陥を指摘し、実施は見送られることになった。
Q.投票がデータ化されることによる投票結果の正確性向上につながるのでは。
A.投票結果をデータ化すると、サイバー攻撃などによる個人情報の流出などが起こる可能性が捨てきれない。
Q.システムの設計欠陥があったとあるが、これは5年前の話であり、すでにアップデートなどがされているのでは。
A.現段階ではオンライン投票が全国的に行われている国が少なく、開発が盛んではない。

3.海外でも全有権者対象のインターネット投票を行っているのはエストニアだけ

→例えばカナダでは、2016年にオンライン投票を含む選挙制度改革に関する諮問がなされた。しかし特別委員会は「インターネット投票の導入に反対することを推奨」するという調査結果を発表した。2020年にコロナのパンデミックが起こった際も、慎重に試験を重ねる必要があるとして、時期尚早との声明を出した。現在は一部地方選挙のみオンラインでの投票が行われている。
Q.実際エストニアでは、通信障害が発生した際はオンライン投票を無効としたりシステム更新を定期的に行っている。日本でも納税はオンライン上でできるようになっていることからも、日本でも不可能ではないのでは。
A 現状の日本ではそこまで柔軟な運用ができない。

予想される反論・再反論

1.若者の投票率が上がる。

確かに住民票を移しておらず投票したくてもできなかったという層の投票率は上がることが予想できる。しかし、それ以外の若者の投票率が本当に上がるのかということについては疑問が残る。
NPO法人「あなたのいばしょ」理事長はTOKYO MX朝の報道・情報生番組「堀潤モーニングFLAG」で、「ただ投票率を上げたいのであれば、投票を義務化すればいい」と主張し、「義務化すれば投票するし、必然的に教育の場で主権者教育が行われる。だから、本当はそうしたところまで踏み込んだ議論をしなくてはいけない」としている。
また、公益財団法人明るい選挙推進協会による18歳以上29歳以下を対象にした意識調査によると、「自分には政府のすることに対して、それを左右する力はない」という問に、「そう思う」、「どちらかといえばそう思う」と答えた人の割合が67%であった。この意識が変わらない限りインターネットで気軽に投票できるようになっても積極的な選挙参加は見込めないのではないか。
Q.内閣の支持率から鑑みるに、政府はオンライン投票によって投票率が上がることに恐怖しているのでは。既存の勢力図が変化するのでは。
A.オンライン投票によって若者の支持層を増大させることもできるのでは。ただ、オンライン投票となったとしても投票に行かない人は行かない。
Q. 通信速度向上暗号化などで通信の安全性は上がっているため、サイバー攻撃などが起こったとしても情報が漏れにくいのでは。
A.リサーチ不足。

2.投票所や開票所の運営コストの軽減につながる。

確かに、特に投票数が多い投票所、開票所ではたくさんの人を雇う必要があり、インターネット投票によってそれらのコストを削減することができる。しかし、なりすまし対策や投票結果改ざんに対する対策や安定したシステム整備など、全面的なインターネット投票にも大幅なコストがかかると考えられる。特に本人確認は厳しく行う必要があり、現在マイナンバーカードを利用した制度が想定されているが、現在の普及率は約75%で上昇しているものの、全員が持つという段階には至っていない。
Q.マイナンバーカードの普及率が決して高くない現在で、どのようにして本人確認を行うのか。
A.オンライン投票では、マイナンバーカードをNFCで読み取ることで本人確認することを想定している。取得率を上げるしかない。

3.在外日本人や投票所に行くことが困難な人の選挙権を守ることにつながる

確かに現在の選挙制度では完全に平等な選挙が行えない側面がある。しかしこのような人に対するインターネット投票を認めること以外に、郵便投票制度の改善も考えられる。公職選挙法を改正し、郵便投票の到着の猶予期間を儲けるなどである。
Q.郵便投票の手続きが煩雑でハードルが高く、それを低くできるという意味でオンライン投票はありなのでは。
A.たしかにそうだが、オンライン投票の導入よりもそもそも郵便投票の制度自体の見直しが必要となるだろう。

参考文献・URL

  1. 大坪実佳子「『投票しにくい』社会」朝日新聞、2024年2月12日、朝刊、9頁

  2. TOKYO MX +「“インターネット投票”は行うべきか?政治心理学の有識者とZ世代が議論」https://s.mxtv.jp/tokyomxplus/mx/article/202111010650/detail/

  3. 公益財団法人明るい選挙推進協会「若い有権者の政治・選挙に関する意識調査(第4回)―意識調査の概要―」令和4年2月https://www.akaruisenkyo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2011/01/wakamono4th.pdf

  4. InfoComニューズレター「2023年、インターネット投票のいま~コロナ以降のエストニアにおけるインターネット投票~」2023年6月29日https://www.icr.co.jp/newsletter/wtr411-20230629-mizuno-shikato.html

  5. NHK政治マガジン「インターネット投票の最前線 実現できるか 山積する課題」2023年6月8日https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/99847.html

  6. デジタル庁「マイナンバーカードの普及に関するダッシュボード」https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/mynumber_penetration_rate/

  7. 吉原裕樹「選挙権の事実的障害―国際郵便の途絶・大幅遅滞による在外選挙権の行使不能―」『情報法制研究』第11号、2022年、121-132頁

(全て最終閲覧日2024年6月2日)

先生のコメント

まず、日本は法制度などによって「超アナログ社会」を完成させていることを忘れてはならない。ただ、導入に向けてできることはするようには社会は動いていくだろう。ただし、その際に議員一人ひとりにおけるIT知識の欠如が問題となってくる。日本は組織票が多いが、これを打破する一個の手段となるのではないかと考えている。

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