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第93回アカデミー賞ノミネーション最終予想

小学生のとき以来洋画(外国映画)はずっと大好きですが、ではなぜ自分は賞レースマニアになったのか。今でも覚えていますが、初めて賞レースに興味をもったのは中学生の時で、第86回アカデミー賞の予想(ノミネーション&受賞予想)が一番最初の自力でのオスカー予想でした。作品賞の受賞予想は何と、『アメリカン・ハッスル』!遊び心のある予想と捉えるか、アマチュアの精度の低い予想と捉えるかはお任せします。まあ、デヴィッド・O・ラッセル監督作品の中では上位にランクインするお気に入りの作品ですし、役者の「演技の解放」に成功しているという点でもっと評価されてしかるべき作品だと思うのですが…(負け惜しみ)。話を戻しましょう。では、賞レースが好きな理由は何でしょうか。小さな理由としては、賞レースを追うこと=アメリカ・イギリス映画界を追うことでもあるので、様々な最新情報に精通することができるという点。しかしそれよりも、賞レースは映画が好きだからこそ楽しめるスリル満点のエンターテイメントなのです。賞レースは様々な要素が複雑に絡まりあい、単純に作品評価・演技評価が高いからといってレース展開を優勢に進められるわけではありません。今フロントランナーでも気を緩めると2番手・3番手になってしまうかもしれない、そのハラハラドキドキ感が賞レースの醍醐味のひとつと言えます。しかし、それゆえノミネーション発表の夜は生きた心地がしません(昨年は予想こそしなかったもののジェニファー・ロペスの落選がショックすぎてなかなか寝付けず…)。また、長年地道に頑張ってきた役者や監督が渾身の一打を繰り出し、大々的にその実力を認められ、ついに賞レースに参戦するときの喜びは計り知れません。各授賞式のスターたちのドレスアアップも楽しみのひとつ。あの人センスいいなあなどとほざきながら授賞式を楽しむのがこの上なく幸せなのです(ブリー・ラーソン、エマ・ストーン、マーゴット・ロビー、シャーリーズ・セロン、ジャネール・モネイあたりは毎回安定のセンス)。また、賞レース期間中、コンテンダーである役者や監督は通常よりもメディアへの露出が増えますが、そこで彼らの素顔が垣間見えるのも嬉しいのです。授賞式での立ち居振る舞いで意外とその役者・監督のことが分かったり?!(ジュディ・デンチはなぜか授賞式の時は仏頂面だなあ、とか、キャシー・ベイツは昔よりも雰囲気が柔らかくなったなあ!とか)。
 というわけで(?)、長い前置きとなりましたが、以下が第93回アカデミー賞ノミネーションの最終予想です。昨年度は受験生のため予想できなかったので、2年ぶりの本気予想となっています。また、今年からnoteに投稿するようにしたいと思います。予想的中率は80%以上を目指していますが、賞レースウォッチャーたるもの、無難な予想はしたくないので所々私情や遊び心のある予想をぶっ込んでいる場合があります。悪しからず。
【用語説明】
BAFTA=英国アカデミー賞
PGA=全米製作者組合賞
SAG=全米映画俳優組合賞
DGA=全米監督組合賞
GGA=ゴールデングローブ賞
BFCA=ブロードキャスト映画批評家協会賞
BUZZ=各メディアで囁かれる賞レースに関する憶測
フロントランナー=その部門の一番手
コンテンダー=オスカー候補の可能性のある作品・監督・役者

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作品賞 Best Picture(9作品)

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・『ノマドランド』“Nomadland”
・『シカゴ7裁判』“The Trial of the Chicago 7”
・『Mank マンク』“Mank”
・『プロミシング・ヤング・ウーマン』“Promising Young Woman”
・『マ・レイニーのブラックボトム』“Ma Rainey's Black Bottom”
・『ミナリ』“Minari”
・『あの夜、マイアミで。』“One Night in Miami”
・『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』“Sound of Metal”
・“Judas and the Black Messiah”

Watch out for: 『ファーザー』

 まず、作品賞受賞を期待される『ノマドランド』の候補落ちはありえない。『シカゴ7裁判』『Mank マンク』の落選も現実的ではない。『Mank マンク』の勢いは下降気味であるが、流石にこの部門での候補落ちはないだろう。前哨戦で予想以上の強さを見せ作品賞レースを快走した『プロミシング・ヤング・ウーマン』もLockとは言えないが、相当強力なコンテンダー。『あの夜、マイアミで』『マ・レイニーのブラックボトム』も余程のことがない限り候補までは安泰か。『ミナリ』はゴールデングローブ賞での待遇に反論が高まったばかりだが、それゆえオスカーはこの作品を無視することはできないはず。もちろん、前哨戦での戦績も申し分ない。これで7枠埋まった。今年は何作品になるかわからないが、一応9枠ということで予想しよう。とすると残りは2枠。急激に勢いをつけている『Judas and the Black Messiah』はPGAで見事候補入りを果たし、『サウンド・オブ・メタル』もPGA・BFCAで候補入りし、しかも前哨戦で予想以上の強さを見せている。この2作を予想するのが無難ではないか。
 他に『ザ・ファイブ・ブラッズ』の線も考えられる。公開時期の関係で賞レースの時期までのBuzzの持続が難しいと言われていたが、前哨戦序盤は監督のスパイク・リーを含め快調だった。それはGGAでのシャットアウトが大きく報じられたことからもわかるだろう。そう、『ザ・ファイブ・ブラッズ』はGGAでシャットアウトされて以降明らかに雲行きが怪しくなった。BFCAこそ候補入りしているものの、厳しい立ち位置にいることは間違いない。インディーズ作品では、『Never Rarely Sometimes Always』『First Cow』が強さを見せた。特にケリー・ライカートが手掛けた『First Cow』は気持ちのいい快走を見せており、ライカート作品の中では最も批評家に愛されたそれではないだろうか。ただ、オスカーで愛されるには流石に規模が小さすぎる。オスカーが全てではないし、きっと多くの映画ファンにエリザ・ヒットマンやケリー・ライカートの作品は届くはずだ。その他『ファーザー』『この茫漠たる荒野で』が1枠を狙う。この2作品ならばGGAで『あの夜、マイアミで』『マ・レイニーのブラックボトム』を押しのけて候補入りを果たした『ファーザー』だろう。後者はポール・グリーングラスの新作という点で一定の票は集めるだろうが、作品パワーは依然として弱め。『ザ・ファイブ・ブラッズ』以上にギリギリの攻防になるはずだ。無論、落選の可能性の方が高い。


監督賞 Best Director

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・クロエ・ジャオ-『ノマドランド』
・エメラルド・フェネル-『プロミシング・ヤング・ウーマン』
・アーロン・ソーキン-『シカゴ7裁判』
・デヴィッド・フィンチャー-『Mank マンク』
・リー・アイザック・チョン-『ミナリ』

Watch out for: トマス・ヴィンターベア(Another Round)、レジーナ・キング(あの夜、マイアミで)、フローリアン・ゼレール(ファーザー)

 上記の予想、実はDGA(全米監督組合賞)のラインナップと完全に同じ。一番無難で安全な予想と言える。この部門の注目すべきポイントはもちろん、史上初めて女性監督の2名以上の候補入りが達成されうるかどうか。今年は特に女性監督の勢いが感じられた年でもあった。予想に挙げた「ノマドランド」のクロエ・ジャオ、「プロミシング・ヤング・ウーマン」のエメラルド・フェネルがDGA・GGA・BFCAのコンプリート候補を達成した他、「あの夜、マイアミで」のレジーナ・キングはGGAとBFCAで指名を受けた。インディーズ映画からは「First Cow」のケリー・ライカートが前哨戦で愛されたし、「Never Rarely Sometimes Always」のエリザ・ヒットマンもいる。候補の可能性は低いが「オン・ザ・ロック」のソフィア・コッポラや「Emma.」のオータム・デ・ワイルド、「Kajillionaire」のミランダ・ジュライ…なども注目の映画人たち。
 この中で、監督賞レースで他のコンテンダーの追随を許さない圧倒的な強さを見せたのがクロエ・ジャオ。「ザ・ライダー」で注目され、「 The Eternals」の監督も任されたことで一躍ハリウッドが最も期待する監督のひとりに。候補落ちは天地がひっくり帰ってもありえない。また、エメラルド・フェネルもLockと言っていいのではないか。女性監督の2名同時候補入りが大々的に期待される中、フェネルが落選すればそれは大きな反響を呼ぶはずで、そうすると5枠には確実に入ると見るのが自然な気がする。ここにレジーナ・キングを入れた3名同時候補の実現はどうだろう。ゴールデングローブ賞ではそれが実現し大きな話題を呼んだが、確かに可能性はなくはない。しかし、キングはDGAを落としてしまっている点、「あの夜、マイアミで」にいまいちパワーがない点を考慮すると現実的ではないかもしれない。それよりも「多様性時代」の後押しを受けるのは「ミナリ」のリー・アイザック・チョンだろう。
 波乱がなければ、「Mank マンク」のデヴィッド・フィンチャー、「シカゴ7裁判」のアーロン・ソーキンの名匠ふたりも問題なく指名を受けるだろう。フィンチャーのハリウッド黄金期への憧憬に結局会員は感じるものがあるはずだし、ソーキンのこれぞ映画と言わんばかりの最高級の映画術の数々に舌を巻く会員は多いだろう。しかし、このまま何も起こらず以上5名が指名を受けるだろうか。先ほど「波乱がなければ」と断ったが、実は、波乱が起きそうなのがフィンチャーとソーキンの席ではないかと感じている。なんとなくフィンチャーに「オデッセイ」の時のリドリー・スコットを感じてしまうのは意地悪だろうか。ではその席に滑り込むコンテンダーは誰だろうか。キング?いや、それよりもヨーロッパの映画人たちが匂う。あまりに匂う。「Another Round」のトマス・ヴィンターベアと「ファーザー」のフローリアン・ゼレールだ。オスカーの監督賞は時々ヨーロッパ映画からの候補入りが見受けられる。最近で言えば「COLD WAR/あの歌、2つの心」のパヴェウ・パヴリコフスキが記憶に新しいし、それ以前にもミヒャエル・ハネケ(愛、アムール)、ジュリアン・シュナーベル(潜水服は蝶の夢を見る)がいる。ヴィンターベアに関しては、パヴリコフスキと同じ匂いがする。パヴリコフスキの急浮上は(特にブラッドリー・クーパーを押しのけての候補入りに)驚きをもって迎えられたが、前兆がないわけではなかった。BAFTAで指名を受けていたのだ。そして、今回のヴィンターベアもBAFTAで指名を受けている。BAFTAに関しては演技部門と監督賞の投票ルールが変わったため、これを前兆と捉えられるのかは疑問が残るが、「Another Round」自体BUZZをじわじわ拡大させているし、ヴィンターベアぐらいの名匠ならば(余程「外」に無関心でない限り)ハリウッドで知る者も多いだろう。さらにフローリアン・ゼレールも若干匂う。対象作「ファーザー」は何となく前哨戦でくすぶっている感じが否めなかったのだが、本戦で突如爆発的威力をみせるケースが考えられる。そもそも対象作の公開時期はギリギリで、もしかしたら作品が完全に浸透しきっていなかったのも原因なのかもしれない。「ファントム・スレッド」のポール・トーマス・アンダーソンのような立ち位置にいそうというのが僕の読みだ。
 もちろん、その他にも上位陣の牙城を崩しそうなコンテンダーはいる。「ザ・ファイブ・ブラッズ」のスパイク・リー、「サウンド・オブ・メタル」のダリウス・マーダー、「Judas and the Black Messiah」のシャカ・キングらがその人たちだ。この中だと作品パワーの強いマーダーと対象作が急激に勢いを伸ばしているキングに分がありそう。


主演男優賞 Best Actor

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・チャドウィック・ボーズマン-『マ・レイニーのブラックボトム』
・リズ・アーメッド-『サウンド・オブ・メタル』
・アンソニー・ホプキンス-『ファーザー』
・スティーヴン・ユァン-『ミナリ』
・デルロイ・リンドー-『ザ・ファイブ・ブラッズ』

Watch out for: マッツ・ミケルセン(Another Round)、ゲイリー・オールドマン(Mank マンク)

 今年の主演男優賞は実にタイトなレース展開。主要なコンテンダーはたった6名(以下、BIG6)。焦点は、その中から誰が落選するか、だ。
 注目コンテンダーはもちろん、昨年急逝したチャドウィック・ボーズマン(マ・レイニーのブラックボトム)だ。彼の訃報はあまりに急だった。「ブラックパンサー」として輝いていたのがついこの前のことのよう。彼の晩期の作品がほとんど闘病しながらの撮影だったというから、本当に驚きを隠せない。そんな彼の遺作が「マ・レイニーのブラックボトム」。そしてこれが彼のキャリアベストと言える名演なのだ。彼が細身の身体全部で体現するのは黒人の負の歴史。独白場面の哀しみ、怒り、したたかな野望…豊かな感情のグラデーションはそれだけでオスカーに値する最上級のパフォーマンスだ。ヴィオラ・デイヴィスとのヒリヒリする演技合戦も素晴らしい。もちろん、候補落ちはありえない。
 残りの5名は、アンソニー・ホプキンス(ファーザー)、リズ・アーメッド(サウンド・オブ・メタル)、スティーヴン・ユァン(ミナリ)、デルロイ・リンドー(ザ・ファイブ・ブラッズ)、ゲイリー・オールドマン(Mank マンク)だ。まず、ホプキンスとアーメッドは候補確実と見ていい。ホプキンスが演じるのは認知症により記憶が薄らぎ始める老齢の男。神がかった演技だという評が後を絶たない。アーメッドもこれまでのイメージを痛快に打破する演技。突如聴力を失うドラマーに扮し、ボーズマンと互角の強さを見せた。突如「当たり前」が奪われた男の心に広がる小宇宙を丁寧に紡いでいく。
 結局のところ、この部門で難しいのは残り2枠を巡る3者の争い。ユァン、オールドマン、リンドーのうち誰が落選するかどうかに焦点がある。実のところ、リンドーの落選が最も無難な予想だ。前哨戦序盤は、リンドーは3番手の立ち位置で快走していた。しかし、衝撃が走る。まさかのGGAで候補落ち。リンドーの席を奪ったのがタハール・ラヒム(The Mauritanian)だったのが余計に衝撃だった。それだけではなく最重要のSAGまでも落としてしまった。これで一気にリンドーは窮地に立たされる。普通ならば、これはリンドーの落選を予想する完璧すぎる根拠。
 しかし、だ。僕はリンドーを信じたい。スパイク・リーがリンドーに託した叫びを確かに受け取った者として、信じたいと思ってしまうのだ。デルロイ・リンドーの映画俳優としてのキャリアはスパイク・リー作品に出演することで充実なものになっていった。「マルコムX」「クルックリン」「クロッカーズ」…そして対象作「ザ・ファイブ・ブラッズ」。リンドーのキャリアはスパイク・リーなしに語れない。そのリーがリンドーに自身の声の代弁者、もしくはベトナムを闘った者の代弁者を任せ、「怒り」と「希望」を託したことは、あまりに感慨深い。監督と役者のこれ以上ない強固な信頼関係。そしてリンドーはリーの期待に見事応える。深い森で何かに取り憑かれたように叫びながら先をすすむリンドーを、ボーズマン演じるノーマンに「赦し」を乞い子どものように叫ぶリンドーを見た以上、僕は彼を5人から除外することは到底できない。もう冷静な状態で予想はできないのだ。外れたって構わないから、リンドーがこの役で初のオスカー候補となる瞬間をこの目に焼き付けたい。
 ユァンは近年「バーニング 劇場版」で賞レースを沸かせたばかりだが、いまだに「TVスター」のイメージは拭えないかもしれない。しかし、「多様性」が過度に意識される時代、候補漏れした際にはかなりバッシングを受けるのではないないかと思われる。作品パワーの強さを考えてもユァンを予想したい。オールドマンはもちろん会員、特に同業者からの信頼は絶大だ。それゆえ迷ったらオールドマンに投票を、という流れがあってもおかしくはない。ただ、対象作「Mank マンク」の勢いが下降気味である点や、前哨戦で思うより伸びきらなかった点を踏まえると、もしかしたら落選するのはオールドマンなのではないかという見方もできるのだ。
 ではBIG6を打ち崩すコンテンダーはいないのか。実はいるにはいる。今最も匂うのが「Another Round」のマッツ・ミケルセンだ。ハリウッドでもすでに知名度抜群のデンマーク スター。作品のBUZZがじわじわと上昇しており、外国語映画とはいえミケルセンならば候補入りしてもおかしくはない。サプライズを演じるならば彼なのではないか。GGAでリンドーの席についたタハール・ラヒムにも若干のチャンスはあるが、彼が指名を受けるのは助演でジョディ・フォスターが指名を受けるときに限られるはずだ。一応、「あの夜、マイアミで」のキングズリー・ベン=アディル、「この茫漠たる荒野で」のトム・ハンクス、「Judas and the Black Messiah」のラキース・スタンフィールドの名前も挙げておきたい。


主演女優賞 Best Actress

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・キャリー・マリガン-『プロミシング・ヤング・ウーマン』
・ヴィオラ・デイヴィス-『マ・レイニーのブラックボトム』
・フランシス・マクドーマンド-『ノマドランド』
・ヴァネッサ・カービー-『私というパズル』
・アンドラ・デイ-『The United States vs. Billie Holiday』

Watch out for: シドニー・フラニガン(Never Rarely Sometimes Always)、ソフィア・ローレン(これからの人生)、ロザムンド・パイク(I Care a Lot)

 まず、この部門は3人が候補を確実なものにしている。一気に紹介しよう。キャリー・マリガン(プロミシング・ヤング・ウーマン)、フランシス・マクドーマンド(ノマドランド)、ヴィオラ・デイヴィス(マ・レイニーのブラックボトム)だ。とりわけ受賞はマリガン対マクドーマンドの様相を呈している。受賞歴のない分、マリガンが若干優勢か。
 マリガンはこれまでのイメージを一新しダークな役どころを手掛ける。マリガンは常に安定したキャリアを歩んできたイメージからか数度の候補経験があると思われがちだが、実はこれで候補入りすれば2度目のオスカーノミネーションとなる。初候補は「17歳の肖像」。その後「ドライヴ」「SHAME-シェイム-」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」「未来を花束にして」「ワイルドライフ」などに出演、いずれも高評価を獲得しているが、候補には届いていない。マクドーマンドはもはや説明不要の大女優。彼女の凄いところは何をやらせても賞レヴェルの演技になるところ。「スリー・ビルボード」で2度目のオスカーを獲得したのはつい最近のことだが、「ノマドランド」の演技の対しても絶賛評の嵐が吹き荒れ、3度目の受賞を推す声まであるくらいだ。ハリウッドの彼女に対する信頼は厚い。ヴィオラ・デイヴィスは同年代のアフリカ系女優の中では頭一つ飛び抜けた活躍。「マ・レイニーのブラックボトム」ではブルースの母であるタイトルロール、マ・レイニーに扮する。演技巧者の流石の迫力に魅せられる。
 また、ヴァネッサ・カービー(私というパズル)も候補までは問題ないだろう。SAG・GGA・BFCAの重要3賞も手堅くおさえている。何より、対象作はさながらカービー ショーで、彼女の演技こそが見ものだとする評も多い。ただ、作品評価が弱めなのが気がかり。気を抜くと伏兵に一発逆転を許してしまうかもしれない。
 残るは1枠。ここは無難にアンドラ・デイ(The United States vs. Billie Holiday)を予想した。もちろんデイの本業はシンガー。リー・ダニエルズの新作でジャズ歌手ビリー・ホリデイに扮して絶賛評を勝ち取る。そして何とマリガンやマクドーマンド、デイヴィスを差し置いてGGAを制してしまうのだから驚く。そのインパクトは相当だったはずで、オスカー投票期間前のBUZZ作りとしては最高である。ただ、肝心の作品評価が伸び悩んでおり、そこに足を取られる可能性はある。するとそれ以外の伏兵たちにもチャンスが出てくる。
 批評家に愛されたのは新星シドニー・フラニガン(Never Rarely Sometimes)。批評家賞ではニューヨーク、ボストンという大都市を制しており、BFCAでも候補入りを果たしている。作品評価は伸び悩んだが「マルコム&マリー」の賛辞の中心にいたゼンデイヤの線もなくはない。GGAでマリア・バカローヴァを撃ち落としたロザムンド・パイク(I Care a Lot)は非常に匂う。「ゴーン・ガール」以降手堅い演技が続いたがそろそろ2度目の候補入りを果たしたい頃。SAGで候補入りしたエイミー・アダムス(ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌)も会員の大のお気に入りであることを考えれば大いにあり得る。「これからの人生」のソフィア・ローレンは超ダークホース。生ける伝説に票を投じたい会員は多いはずだ。


助演男優賞 Best Supporting Actor

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・ダニエル・カルーヤ-『Judas and the Black Messiah』
・サシャ・バロン・コーエン-『シカゴ7裁判』
・レスリー・オドム・ジュニア-『あの夜、マイアミで』
・ポール・レイシー-『サウンド・オブ・メタル』
・ビル・マーレイ-『オン・ザ・ロック』

Watch out for: チャドウィック・ボーズマン(ザ・ファイブ・ブラッズ)、ジャレッド・レト(The Little Thins)、デヴィッド・ストラザーン(ノマドランド)、アラン・キム(ミナリ)

 この部門で最も強かったのは誰か。それは、当初ほとんどの賞レースウォッチャーが予想すらしていなかったコンテンダーだ。『サウンド・オブ・メタル』のポール・レイシーがその人だ。しかも地方の批評家賞でちまちま勝利を重ねるタイプのコンテンダーではなく、ボストンやシカゴの大都市を抑えているし、ナショナル・ボード・オブ・レヴュー賞も制している。では、候補は確実なのか。答えは、否。スターが優遇されるGGAでの落選は仕方がないが、肝心のSAGで候補漏れを喫してしまった。確かに知名度不足はネックとして挙げられる。しかし、この賞レースシーズンを通し、最も批評家に愛されたコンテンダーとして十分に名前は浸透したはずだ。そして、主演のリズ・アーメッドにも勢いがある。対象作も作品賞候補の可能性を十分に秘めている。これまでの「批評家に愛されて終わり」だったコンテンダーとは決定的な違いがいくつかあるのだ。そして、レイシーの演技は、批評家賞の快走も納得の妙演。人生の酸いも甘いも知る者にしか出せない「ゆとり」を湛え、達観した佇まいで主人公を導く姿はそれだけでも痺れるが、後半にある見せ場があり、そこでのレイシーの演技はまさに助演演技の鑑!優しさと厳しさを円滑に行き来しながらの台詞回しとそれに伴う微妙な表情変化は絶品。作品を見たが最後、完全にレイシーに肩入れしてしまっているのだ。
 レイシーほどの戦績ではないものの、レイシーよりも候補の可能性が高いコンテンダーが3人にる。ダニエル・カルーヤ(Judas and the Black Messiah)、サシャ・バロン・コーエン(シカゴ7裁判)、レスリー・オドム・ジュニア(あの夜、マイアミで)だ。ダニエル・カルーヤが演じるのはブラックパンサー党の指導者のひとりであるフレッド・ハンプトン。賞レースの出足は遅れたが、その遅れを凄まじい勢いで取り戻している。まず、GGA・SAG・BFCAをコンプリート。さらにGGAとBFCAでは受賞も果たし、現在この部門のフロントランナーとなっている。「ゲット・アウト」ですでに会員に名前は浸透しているはずで、このまま何事もなければ戴冠の可能性が高い。サシャ・バロン・コーエンはシカゴ7のひとり、アビー・ホフマンに扮する。持ち前のコメディの間をドラマティックな演技に持ち込んで、見事な存在感。コーエン特有の「軽快さ」と内に秘める熱い正義感を密着させる技が巧い。もちろん、マーク・ライランス、フランク・ランジェラ、ヤーヤ・アブドゥル=マーティン2世らアンサンブルを代表するノミネーションとしての意味合いもあるだろう。近年は「ハリエット」などで注目されたレスリー・オドム・ジュニアは歌手サム・クックに扮して高評価を獲得する。なお、コーエンもオドム・ジュニアもSAG・GGA・BFCAのコンプリートを達成している。
 通常ならば、残り1枠はチャドウィック・ボーズマン(ザ・ファイブ・ブラッズ)にするのが安全な予想だろう。確かに最重要のSAGとBFCAで候補入りを果たしているし、主演とのW候補という話題性もある。しかし、どうしても腑に落ちない点がある。それは、「ザ・ファイブ・ブラッズ」での演技がここまで持ち上げられるのは過大評価なのではないか、という点だ。「遺作だから」(正式には違うが)という色眼鏡で彼の演技を見てしまってはいないか、と思ってしまう自分がいる。もちろん、主演で候補入りを確実視されている「マ・レイニーのブラックボトム」でのパフォーマンスは凄まじく、受賞に値する名演なのだが、「ザ・ファイブ・ブラッズ」での演技は通常時なら賞レースには絡んでこなかったのではないか。優れていないわけではもちろんない、子供ように泣き叫ぶデルロイ・リンドーに「赦し」を与える場面での演技は流石である。ただ、いくら助演でもあまりに出演時間が短かすぎる。それならば、残りの1枠は他のコンテンダーに譲ってほしいと思ってしまう。意地悪い見方だろうか。そこで僕はビル・マーレイ(オン・ザ・ロック)を選んだ。クールをキメてもどこかお茶目で、「洒落ている」けれどお高くとまらず、いつもの仏頂面は健在だけれど、決して不機嫌には見えずむしろ「ユーモア」を忍び込ませている。このバランス感覚が見事。マーレイ史上1・2位を争うほど魅力的な役柄に仕上がっている。
 伏兵はいるだろうか。実は、この部門では大がつく波乱が起きた。「The Little Things」のジャレッド・レトがGGAで候補入りして「しまった」のだ。賞レースウォッチャーは口に含んでいたご飯を吹き出したに違いない。一体、どうしたらそんなチョイスになるのかと。下馬評ではジャレッド・レトのジャの字も出てこなかったため、おそらく各メディアもびっくり仰天しただろう。でも、GGAだけならいつものよくわからないサプライズをぶち込んできたと笑い飛ばせたかもしれない。しかし、SAGまでも彼を選ぶものだから、その強さが本物なのか思わず不安になってくる。作品評価が高ければ文句はさほど出なかっただろうが、批評は酷評優勢に終わっている。まあ、いずれにせよ候補入りの可能性はさほど高くはないだろう。
 その他、作品人気に後押しされてデヴィッド・ストラザーン(ミナリ)やアラン・キム(ミナリ)、ボー・バーナム(プロミシング・ヤング・ウーマン)が来る可能性も無きにしも非ず。ストラザーンはやや匂う。主演での候補歴があるヴェテランだが、基本はこの部門向きの人であると思う。


助演女優賞 Best Supporting Actress

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・ユン・ヨジョン-『ミナリ』
・オリヴィア・コールマン-『ファーザー』
・グレン・クローズ-『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』
・アマンダ・セイフライド-『Mank マンク』
・ドミニク・フィッシュバック-『Judas and the Black Messiah』

Watch out for: マリア・バカローヴァ(続・ボラット)、ジョディ・フォスター(The Mauritanian)、エレン・バースティン(私というパズル)、ヘレナ・ゼンゲル(この茫漠たる荒野で)

 今年のノミネーション予想で一番難しいのは助演女優賞だと思っている。本命なきレース。今フロントランナーでも1週間後には2番手・3番手に後退しているかもしれない。今5枠に入れるか否かの当落線上でも2週間後には下克上を果たしフロントランナーとして君臨しているかもしれない。それぐらいに不安定で、でもだからこそ面白い部門とも言える。
 まず、僕の予想を見て驚いた方が多いかもしれない。そう、マリア・バカローヴァ(続・ボラット)を除外しているのだ。これは苦渋の決断だった。この判断に至ったのはいくつか理由がある。まず、近年批評家賞で快走を見せたコンテンダーがオスカーで落選する事例が多い点。また、対象作「続・ボラット」に拒否反応を示す会員が一定数いそうだという点、さらに、バカローヴァのパフォーマンスは果たして「演技」と言えるのかという点。前哨戦の戦績での観点からいえばGGAでダークホースすぎるロザムンド・パイクに敗れた点(もちろん、SAGでの候補入り、BFCAでの受賞などプラスポイントも多い)。昨年度のこの部門はジェニファー・ロペスのまさかの落選に戦慄が走ったが、前述のような要因からバカローヴァはその二の舞になる気がしてならない、というのが僕の結論。まあ、攻めた予想であることには変わりないだろう。
 今年、SAG・GGA・BFCAのコンプリートを達成したのは3人。バカローヴァ(GGAは主演での候補)、オリヴィア・コールマン(ファーザー)、グレン・クローズ(ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌)だ。このうち、コールマンは当確ランプをつけていい気がする。コールマンは役者としても非常に優れているが、その人となりもとても魅力的。アカデミー会員も所詮は人間、今年のコンテンダーの中では気さくでウィットに富んだコールマンならば票を投じ易いのではないか。そしてコールマンとクローズといえば、そう、ついにグレン・クローズが悲願の初受賞を…と映画ファンが期待絶頂の中迎えた第91回アカデミー賞授賞式を思い出すのが必然。しかし、選ばれたのはコールマンでした(綾鷹)。会員もクローズの戴冠のチャンスがこんな早く回ってくるとは思わなかっただろう。受賞はまだ未知数でも、作品がコテンパンに叩かれていても、候補入りまでは安泰と見ていいのではないだろうか。
 今年の助演女優賞レースで最も強かったのは2人。バカローヴァとユン・ヨジョンだ。ほとんどの批評家賞をこの2人で分け合った格好だ。2人がこれほどの強さを見せるとは多くの賞レースウォッチャーが予想していなかったはずで、とりわけバカローヴァの快走は当初驚きをもって迎えられていた。ユン・ヨジョンは韓国の大ヴェテラン。ハリウッドでの知名度という点で不安要素は残るものの、SAGでしっかり候補入りしているのが心強いし、作品パワーも当てにできるため5枠に入る可能性は非常に高い。残りは2枠。
 2人がフロントランナーだとすると2番手にいたのはアマンダ・セイフライド(Mank マンク)だ。セイフライドはこれまで全く賞レースに縁がなかった。いわゆる「ハリウッド映画」で知名度を上げてきたスター女優だからだ。しかしもう若手とはいえない年齢に差し掛かり、今後のキャリアも本格的に考えなければいけない時期である。それを示すかのようにセイフライドの近年の作品選びには若干の変化が見られるようになる。『レ・ミゼラブル』で高い評価を受けて以降、『ラヴレース』『あなたの旅立ち、綴ります』『魂のゆくえ』など、「スター」から「女優」への変遷期にいることがわかる。ふとレイチェル ・マクアダムスを思い出す。そしてついにデヴィッド・フィンチャー作品でマリオン・デイヴィス役を手掛けるまでになる。『Mank マンク』でアマンダ・セイフライドが創り出したマリオン・デイヴィスの何と魅力的なこと。クラシカルな美しさで魅了するのはもちろん、聡明さと純粋さを同居させ、ゲイリー・オールドマンとの掛け合いには確かに「真心」がこもっている。しかし、だ。セイフライドはSAGで候補漏れをしてしまう。これは相当な痛手だ。会員の多くがオスカーと被るSAGでの候補漏れは命取り。しかし、まだチャンスはあると見るのが妥当だろう(あのレジーナ・キングも実はSAGを落としているよと本人に声をかけたら安心してもらえるだろうか。余計なお世話だろうか)。
 僕の予想で空いているのは残り1席。ジョディ・フォスター(The Mauritanian)、エレン・バースティン(私というパズル)、ヘレナ・ゼンゲル(この茫漠たる荒野で)あたりから選ぶのが無難な選択。特にフォスターはGGAでサプライズ受賞を果たしてから急激にBUZZが上昇し、2021年のキャシー・ベイツだなどと言われているが、なぜ誰も2021年のアーロン・テイラー=ジョンソンだとは思わないのだろうか。ジョディ・フォスターはもちろん優れた役者であるし会員からの信頼も絶大だろう。しかも久しく候補入りを果たしていない。久々にフォスターの候補を見たい!というのもわからなくはない。ただ対象作の作品評価がいまいちパッとしないのが気がかりだし、個人的にそれだとあまり面白くないなあと思ってしまっているのも事実。それよりも僕はエレン・バースティン大先生の久々の候補を見たいと思ってしまう(しかも候補入りすれば最高齢)。ただ、バースティンは作品パワーがほとんど感じられず、積極的に予想するのは難しい状況。では、ヘレナ・ゼンゲルはどうか。うん、確かにオスカーの助演女優賞は少女スターに優しい。何もテータム・オニール(第46回)まで遡らなくとも、ヘイリー・スタインフェルド(第83回)、シアーシャ・ローナン(第80回)、アビゲイル・ブレスリン(第79回)などの例がある。では、これらを根拠にゼンゲルを積極的に予想できるだろうか。実は上で挙げた3人はいずれも対象作が作品賞候補であるという点が重要だ。一方ゼンゲルは対象作のパワーが弱く、作品賞候補はギリギリ、落選の可能性の方が高い状況だ。それを考えるといくらSAG・GGAで候補入りしていたとしても積極的には推しにくい現状がある。
 僕はここはあえて攻めた予想をしたい。ドミニク・フィッシュバック(Judas and the Black Messiah)が匂うのだ。対象作は公開時期の関係で賞レースでは出遅れてしまったが、その超高評価に後押しされように急激に勢いをつけている。それは共演のダニエル・カルーヤの快走という形にも現れていて(そう、フィッシュバックはカルーヤの妻を演じる)、その勢いに乗じてフィッシュバックが1席に滑り込むのではないか、という読み。BAFTAでの候補入りも僕の勘を後押しする。ふとレスリー・マンヴィル(第90回)のサプライズを思い出す。あの時もマンヴィルは前哨戦でほとんど目立たなかったがBAFTAでの候補入りを果たしていた。うん、危ない賭けだけれどこれで行ってみたい。
*ただし、BAFTAは演技部門・監督賞の投票ルールを大幅に変更したため、BAFTAでの候補入りが予兆たりうるかは断言できない。


脚本賞 Best Original Screenplay

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・『プロミシング・ヤング・ウーマン』
・『シカゴ7裁判』
・『ミナリ』
・『Mank マンク』
・『Judas and the Black Messiah』

Watch out for:『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』、『パーム・スプリングス』、『Never Rarely  Sometimes Always』

 まず、普通に考えれば組合賞(WGA)・BFCA・GGA・BAFTAをコンプリートした『プロミシング・ヤング・ウーマン』『シカゴ7裁判』の候補漏れは考えにくい。受賞も2作品のうちのどちらかになる可能性が高い。ここに『Mank  マンク』(BFCA・GGA・BAFTA)と『ミナリ』(BFCA)を加えるのは前哨戦の成績と作品の勢いを考えれば自然な流れだろう。どちらもWGAからは漏れているが、これは未エントリーだったためであるから、全く参考にならない。すると残り1枠となる。『Judas and the Black Messiah』『サウンド・オブ・メタル』の対決だ。この戦い、両者一歩も譲らぬ接戦。新進勢力としての勢いを武器にできるのが『Judas and the Black Messiah』、ダリウス・マーダーの支持票が流れそうなのが『サウンド・オブ・メタル』。これはもう決定的な決め手がない。戦績としては『サウンド・オブ・メタル』が上だが、これは『Judas and the Black Messiah』の公開時期が遅れた関係で賞レース参戦も出遅れたためであるから、比較ができない。ここは賭け。『Judas and the Black Messiah』を信じよう。
 ちなみに『パーム・スプリングス』(WGA)や『Never Rarely  Sometimes Always』(BFCA)が来ても素敵なラインナップになること間違いなし。いや、むしろそちらの方が遊び心のある選出で賞レースウォッチャーとしては嬉しいかもしれない。


脚色賞 Best Adapted Screenplay

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・『ノマドランド』
・『マ・レイニーのブラックボトム』
・『あの夜、マイアミで』
・『ファーザー』
・『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』

Watch out for: 『この茫漠たる荒野で』、『First Cow』、『ザ・ホワイトタイガー』

 まず、作品賞のトップに手が届きかかっている『ノマドランド』の落選は現世ではありえない。さらに、『マ・レイニーのブラックボトム』『あの夜、マイアミで』の落選を考えるのも現実的ではない。作品賞候補入りのパワーをもつ作品は素直に5枠に入れるべきなのだ。残りは2枠。『ファーザー』『この茫漠たる荒野で』『続・ボラット』『First Cow』らがその席を狙っている。まず、『ファーザー』は候補までは問題ないのではないだろうか。フローリアン・ゼレールは監督賞での候補入りが容易ではないないだろうから、代わりにこの部門に票が流れるのが自然な流れではないか。『この茫漠たる荒野で』は作品のパワーが弱いため、ギリギリの攻防になるはず。それよりも『続・ボラット』が予想以上に強いと見ている。GGAでの受賞・PGAでの候補入りが根拠だ。作品への拒否反応を示す者は確かに一定数いるだろう。しかし、意外と知られていないが前作は脚色賞候補を達成しているのだ。作品パワーの上昇を考えれば、5枠に滑り込むのは決して絵空事ではないのだ。インディーズ作品からは『First Cow』の健闘も嬉しい。USCスクリプター賞とBFCAで指名を受けたのも大きな強みだろう。ただ、その作品規模ゆえ果たして作品が会員に浸透しているのか未知数。ただ、可能性は決して低くなく、最後の1席を掴み取っても不思議ではない。あともう1作品、批評家に愛された作品がある。『もう終わりにしよう。』だ。オスカーのテイストからは大きく外れる作品ゆえ、候補入りするならこの部門だけが大きな狙い目だったのだが、厳しいという見方が支配的だ。重要どころではボストンなどを制しているものの、重要賞で軒並み無視されてしまった。何よりも組合賞(WGA)での候補漏れがその立ち位置を象徴している。トホホ…


撮影賞 Best Cinematography

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・『ノマドランド』
・『Mank マンク』
・『この茫漠たる荒野で』
・『シカゴ7裁判』
・『TENET テネット』

Watch out for: 『Judas and the Black Messiah』、『チェリー』、『ザ・ファイブ・ブラッズ』、『First Cow』、『Two of Us』、『親愛なる同志たちへ』

 撮影賞レースは『ノマドランド』が他の追随を許さない圧勝ぶり。もちろん、候補落ちはありない。また、「市民ケーン」へのオマージュも多く見受けられた『Mank マンク』のモノクロ撮影も撮影賞レースを快走し(およそ2番手)、候補落ちはまずないだろう。
 ところで、組合賞(ASC)のノミネーションはどうだったのだろうか。この部門は組合賞との一致率が高く、5作品全てが一致しなくとも、組合賞で指名を受けて候補漏れするのはせいぜい1作品だ。ASCでは、上記2作品に加え、『この茫漠たる荒野で』『チェリー』『シカゴ7裁判』が指名を受けた。『この茫漠たる荒野で』は組合賞の他に、BFCA・BAFTAでも候補入りを果たしているので5枠に入れていいだろう。残りの2作にはいささか驚いた。『チェリー』は作品が酷評優勢であるし、『シカゴ7裁判』は前哨戦で全く目立たなかったからだ。だからと言って、統計的にASCにノミネートされた作品のうち、2作もオスカーで候補漏れをするのは滅多にないことだ。この2作品ならば『シカゴ7裁判』を予想するのが当然安全だろう。
 他に批評家賞で強かったのは『First Cow』、『TENET テネット』、『ザ・ファイブ・ブラッズ』だ。『ミナリ』は前哨戦ではさほど目立たなかったが、先の3作品と共にBFCAで指名を受けている。この中であれば『ミナリ』が匂うが、『TENET テネット』も侮れない。撮影監督はノーランとは「ダンケルク」に続くタッグとなるホイテ・ヴァン・ホイテマだ。前哨戦の戦績と、他作品と迷ったときの票の投じ易さを考慮して、『TENET テネット』を予想したい。う〜ん、でも『TENET テネット』のオスカーでの冷遇(つまりシャットアウト)、わりとあり得る気がするのだ。
 また、この部門はヨーロッパ作品・外国語映画からの候補も比較的多く、特に第91回は5作中3作が外国語作品だった(「ROMA/ローマ」「COLD WAR/あの歌、2つの心」「ある画家の数奇な運命」)。今年、これらの作品のポジションを獲得する作品はあるのか。それはASCのスポットライト賞をチェックすればいい。ノミネートされた外国語作品はロシアから『親愛なる同志たちへ』、フランスから『Two of Us』だ。どちらも国際長編映画賞での候補入りも有力視される。もし番狂わせを演じるなら、最右翼はこの2作品のうちどちらかだろう。


編集賞 Best Film Editing

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・『ノマドランド』
・『シカゴ7裁判』
・『Mank マンク』
・『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』
・『プロミシング・ヤング・ウーマン』

Watch out for: 『ミナリ』、『ファーザー』、『TENET テネット』

 編集賞は作品賞の行方を占う上で監督賞と共に重要な部門。もちろん、それは編集は作品の出来を左右する最重要の作業だからだ。語りのペースを決めるのも、役者の演技の「流れ」を魅せるのも、呼吸が合うことで初めて撮影が機能するのも、全て「編集」の役割だ。というわけで、作品賞受賞のチャンスのある作品を予想から外すべきではない。ということで、まず『ノマドランド』の候補落ちはありえないだろう。普通に考えれば『シカゴ7裁判』『Mank マンク』も安泰なはずだ。とりわけ『シカゴ7裁判』は2020年を代表する最高級の編集術に興奮が止まらなかった。勢いが落ちている『Mank マンク』はひょっとしたら落選の憂き目にあうかもしれない(BAFTAで候補漏れしているのは不吉な予兆)。
 また、組合賞(ACE)、BFCA、BAFTAでコンプリートを達成し、BFCAでは『シカゴ7裁判』とタイ受賞も果たしている『サウンド・オブ・メタル』も5枠に入れて問題ないだろう。残りは1枠だ。ACEの結果を反映させるなら『ミナリ』、BFCAとBAFTAで候補入りした『ファーザー』、編集が評価されやすいクリストファー・ノーラン作品『TENET テネット』…コンテンダーは多数いる。さらに、この部門は作品の勢いに左右される傾向にある。今右肩上がりに勢いをつけているのが『プロミシング・ヤング・ウーマン』だ。完全に第90回の時の「アイ, トーニャ」と同じポジションにいる。ということで僕の最後の1枠の予想は、『プロミシング・ヤング・ウーマン』だ。勢いという点では『Judas and the Black Messiah』も十分にあり得る。


作曲賞 Best Original Score 

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・『ソウルフル・ワールド』
・『Mank マンク』
・『ミナリ』
・『この茫漠たる荒野で』
・『TENET テネット』

Watch out for: 『ミッドナイト・スカイ』、『ザ・ファイブ・ブラッズ』

 作曲賞はノミネーション発表の前にほぼ受賞を手中に収めている作品がある。『ソウルフル・ワールド』がその作品で、スコアを手掛けたのはご贔屓トレント・レズナー&アティカス・ロスのコンビ。また、ジャズ楽曲はジョン・バティステが手掛けている。もちろん、候補落ちは天地がひっくり返ってもありえない。
 また、トレント・レズナー&アティカス・ロスはもう1作品で候補入りを狙う。『Mank マンク』だ(彼らはデヴィッド・フィンチャー作品の常連)。前哨戦の結果を信じるなら、W候補は現実的だ。蛇足だが、当時存在した楽器のみが使われた『Mank マンク』のスコア、初っ端から「市民ケーン」にオマージュを捧げまくりで思わず興奮してしまう。
 BFCA・GGA・BAFTAのコンプリートを達成した『この茫漠たる荒野で』も予想に入れるべきだろう。手掛けたのは8度の候補歴を誇る無冠の帝王ジェームズ・ニュートン・ハワード。任せて安心だ。『ミナリ』(BFCA・BAFTA)も入れていいだろう。スコアを手掛けるエミール・モッセリは「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」で一躍虜になった作曲家だ。
 そして、残りは1枠。『ミッドナイト・スカイ』のアレクサンドル・デスプラと『TENET テネット』のルドウィグ・ゴランソンがこの1席をめぐり凌ぎを削っている。前哨戦の成績はほぼ互角。となると、オスカーご贔屓のアレクサンドル・デスプラに軍配が上がりそうだ。デスプラは今ハリウッドが最も信頼するコンポーザーと言っても過言ではないし、実際僕のお気に入りの作曲家でもある。しかし、僕は『ミッドナイト・スカイ』のスコアにどうも乗れなかった。作曲賞は、スコア単体を取り出して曲の良し悪しを評価するものではもちろんない。それならば「テッド」のバックに(オリジナルではないが)バッハのイタリア協奏曲でも流しておけば一人勝ちだろう。そうではなくて、作品の適切な箇所に適切なスコアが挿入されていて初めて評価の対象になりうるものだ。そういう意味で、『ミッドナイト・スカイ』のスコアには疑問を感じてしまった。デスプラのスコアにこの言葉を使う日がくるとは思わなかったが、ときに仰々しすぎるし、うるさく感じられる部分もあったくらいだ。もちろん、デスプラのことだからさすがと言える旋律ももちろんあった(相変わらずフルートの音色が美しいこと!)。とすると私情を挟んで『TENET テネット』のルドウィグ・ゴランソンを応援したくなる。ゴランソンは「ブラックパンサー」で受賞を果たしたばかりで、今後ますます引く手数多になることが予想される最注目のコンポーザーだ。『TENET テネット』のスコアも最高にクール!


衣装デザイン賞 Best Costume Design

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・『Mank マンク』
・『マ・レイニーのブラックボトム』
・『Emma.』
・『ムーラン』
・『時の面影』


Watch out for: 『どん底作家の人生に幸あれ!』『プロミシング・ヤング・ウーマン』『Judas and the Black Messiah』『あの夜、マイアミで』『アンモナイトの目覚め』

 まず、作品パワーの強い『Mank マンク』『マ・レイニーのブラックボトム』の候補入りは堅いだろう。尤も、『Mank マンク』はモノクロなので、衣装を細部まで楽しむには物足りないところがネックだろうか。『マ・レイニーのブラックボトム』の衣装を手掛けたのは大ヴェテラン、アン・ロス(すでに4度の候補歴があり、「イングリッシュ・ペイシェント」で受賞済だ)。授賞式当日はなんと89才!綿密なリサーチのもとヴィオラ・デイヴィスをマ・レイニーに大変身させた。これからも現役でのご活躍を願うばかりだ。
 また、組合賞(CDG)・BFCA・BAFTAのコンプリートを果たした『Emma.』も候補までは問題ないだろう。BAFTAは逃したが、『ムーラン』も衣装が評価され易い作品であることは間違いない。となると、残りは1枠だ。もうこの1枠はどの作品が来てもおかしくはない。無難なのは、『どん底作家の人生に幸あれ!』だ。しかし、当該作はイギリスの賞レースでは昨年度が対象で、英国会員の多いオスカーでは票が集まりにくいのではないかと見られていることから予想に入れるのを渋った。個人的に応援しているのは『プロミシング・ヤング・ウーマン』だ。しかし…だ。この部門はコンテンポラリー作品が候補入りするのが稀だ。過去20回を見ても、コンテンポラリー作品に該当するのは「ラ・ラ・ランド」(第89回)や「プラダを着た悪魔」「クィーン」(第79回)くらい。いや、コスチューム劇やファンタジーが認められやすいのはわかる。しかし、豪華絢爛であるから凄い衣装というわけではなく、コンテンポラリー作品の中にも画全体の色遣いと調和したものや登場人物の心情や性格を象徴するものなど優れた衣装が出てくる作品は多い。そういう意味で『プロミシング・ヤング・ウーマン』を応援しているが、可能性は高いとは言えないだろう(作品の鰻上りの勢いはプラスだが)。作品の勢いという点では、『Judas and the Black Messiah』の可能性もあるし、「ヴィクトリア女王 最期の秘密」(第90回)的なサプライズを期待するなら『アンモナイトの目覚め』がある。
 では、何をチョイスしようか。ここは完全に僕の好みで、上記のいずれでもない『時の面影』を入れてみた。キャリー・マリガンが纏うエレガントでどこかルーラルな雰囲気が漂う衣装にとても惹かれた。一応、BAFTAで候補入りを果たしているが、英国作品ご贔屓のBAFTAでイギリス映画である『時の面影』がインしてもさほどプラスにはならないのだ。


美術賞 Best Production Design

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・『Mank マンク』
・『マ・レイニーのブラックボトム』
・『この茫漠たる荒野で』
・『TENET テネット』
・『Emma.』

Watch out for:『どん底作家の人生に幸あれ!』『ムーラン』『シカゴ7裁判』『あの夜、マイアミで』

 今年のこの部門は『Mank マンク』の圧勝だった。まず、『Mank マンク』の候補落ちはありえないだろう。最多ノミネーションを記録しながら無冠に終わりそうな気配が漂っている当該作が唯一受賞するチャンスのある部門だ。また、組合賞(ADG)・BFCA・BAFTAでコンプリートを達成した『この茫漠たる荒野で』も予想して問題ないだろう。『マ・レイニーのブラックボトム』(ADG・BFCA)も作品パワーからして予想するのが妥当だろう。作品のメッセージにも直結する美術装置は評価されて然るべきだ。
 前哨戦の結果を信じるなら、『TENET テネット』(ADG・BFCA)がくる。とすると残り1枠なのだが、僕は『Emma.』『どん底作家の人生に幸あれ!』『ムーラン』で迷った。『Emma.』はまさかのADGで候補漏れしてしまったのが大いに痛い。そのADGで候補入りを果たしたのは『ムーラン』で、『ムーラン』のような作品は美術装置の貢献度が「分かり易い」のが強み。そして『どん底作家の人生に幸あれ!』もこの部門では強いコスチューム劇。しかし、当該作はイギリスの賞レースでは昨年度が対象で、英国会員の多いオスカーでは票が集まりにくいのではないかという見方がある。どの作品も一長一短で、となるとこれはもう個人的な希望をぶち込むしかない。ということで『Emma.』をチョイス。日本公開、頼みます。
 蛇足だが、可能性云々を抜きにすれば個人的なイチオシは『もう終わりにしよう。』。現実と虚構の境界を溶かす美術装置は大いに評価されて然るべき。実はADGにもコンテンポラリー部門で指名を受けている。しかし、オスカーのこの部門はADGで言うところのピリオド部門やファンタジー部門に該当する作品が強いのだ。無念…


メイキャップ&ヘアスタイリング賞 Best Makeup & Hairstyling

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・『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』
・『マ・レイニーのブラックボトム』
・『Mank マンク』
・『Pinocchio』
・『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒/BIRDS OF PREY』

Watch out for: 『Emma.』『あの夜、マイアミで』

 この部門の筆頭は『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』『マ・レイニーのブラックボトム』。前者に関していえば、グレン・クローズを大化けさせ、かつその細やかな演技を殺さないメイキャップは(たとえ作品がコテンパンに叩かれていたとしても)称えられるべきだ。また、メイキャップにより創り上げられたマ・レイニー像は強烈。作品のパワーも相まって、ノミネートまでは問題ないだろう。
 残り3枠は流動的。まず、技術部門ではこの作品に投票しておけば大丈夫だろうポジションにいる『Mank マンク』をチョイス。もちろん、マリオン・デイヴィスに扮するアマンダ・セイフライドに施されたメイクやヘアスタイルは(モノクロとはいえ)クラシカルな美しさに魅了される。かつてこの部門で『スーサイド・スクワッド』が評価されたことを考えれば、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒/BIRDS OF PREY』も予想に入れていいだろう。あとはBAFTAを信じて『Pinocchio』をチョイス。


音響賞 Best Sound

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・『Mank マンク』
・『この茫漠たる荒野で』
・『サウンド・オブ・メタル』
・『シカゴ7裁判』
・『TENET テネット』

Watch out for: 『グレイハウンド』『ノマドランド』『ソウルフル・ワールド』『マ・レイニーのブラックボトム』

 この部門は昨年度より録音賞と音響編集賞が合併して誕生した。予想は組合賞(CAS awards及びGolden Reel awards)とBAFTAのノミネーションを参考に考えていく。
 まず、すでに鑑賞済みの『サウンド・オブ・メタル』は綿密な音響設計が主人公の内面世界を展開させていく上で重要なファクターになっていたことを考えれば、積極的に予想したい。あとは、技術部門ならお任せの『Mank  マンク』、組合賞で健闘した『シカゴ7裁判』『この茫漠たる荒野で』(この2作はCASとBAFTAで候補入りしているのが強み)をチョイス。あとは1枠だが、実はこの1枠は『TENET テネット』にするよりも、『グレイハウンド』を選ぶ方が現実的。CASとBAFTAで候補入りを果たしているからだ。確かに、いかにもこの部門好みの作品…なのだが、僕は『グレイハウンド』がオスカー会員にあまり浸透していない、もしくは人気がないのではと睨んでいるのだ。視覚効果賞のショートリストから当該作が漏れたあたりからそう感じている。それよりも、監督のネームバリューのもと、『TENET テネット』の方が票を投じ易いという読み。もちろん、当該作の音響設計は高いレヴェルにあるからなんの不満も出ないだろう。断っておくが、その他のコンテンダーにも可能性は十分残されている。BAFTAでインした『ノマドランド』あたりが匂うか。


視覚効果賞 Best Visual Effects

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・『TENET テネット』
・『ミッドナイト・スカイ』
・『ムーラン』
・『Mank マンク』
・『Welcome to Chechnya』

Watch out for: 『ゴリラのアイヴァン』

 昨年は視覚効果に支えられたSF映画・アクション映画が軒並み公開延期となり、この部門はウィークイヤーになることが予想された。確かに、ノミネーションに先んじて発表されたショートリストは頑張って捻り出したようなラインナップ。また、ショートリストの段階でいくつかサプライズがあり、前哨戦で存在感を見せた『透明人間』『グレイハウンド』や大作と言える『ワンダーウーマン1984』が漏れてしまったのだ。無念。
 前哨戦のフロントランナーは『TENET テネット』。昨年を代表するビッグバジェットの作品。クリストファー・ノーランは徹底した現実主義者なので、この部門での候補入りは本人からしたら不服なのかもしれない。しかしそうは言っても『TENET』の候補漏れは考えにくいし、事実組合賞(視覚効果協会賞:VES)でもしっかり候補入り。加えて、ジョージ・クルーニーによる『ミッドナイト・スカイ』も候補までは問題ない。
 残り3枠だが、ここからの予想が難しい。オスカーの視覚効果賞の特徴は全面的に視覚効果に支えらた作品でなくても、高評価作品であればサポートで視覚効果が用いられている作品も積極的に選出されるという点。今年でいえば、そう、『Mank マンク』だ。昨年でいえば「アイリッシュマン」のポジションだ。今年の技術部門は迷ったらとりあえず『Mank マンク』に入れとけという流れが出来ていそうなので、予想には入れておくべきだろう。それから、組合賞で候補漏れしたのは痛いが(他部門では計3部門候補になっている)、BFCAとBAFTAで指名を受けた『ムーラン』をチョイス。さて、残り1枠だ。もう、ここはどの作品がきてもおかしくはないので、組合賞でサポート視覚効果賞にノミネートされたドキュメンタリー『Welcome to Chechnya 』を。ドキュメンタリー作品からの候補入りって過去にあったかな…。記憶は定かではないが、候補入りしたら個性豊かなラインナップになりそうだ。


主題歌賞 Best Original Song

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・「Speak Now」-『あの夜、マイアミで』
・「Hear My Voice」-『シカゴ7裁判』
・「lo sì(Seen)」-『これからの人生』
・「Turntables」-『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』
・「Fight for You」-『Judas and the Black Messiah』

Watch out for: 「My Home Town」(ユーロビジョン歌合戦 ファイア・サーガ物語)、「Wuhan Flu」(続・ボラット)、「Rain Song」(ミナリ)

 主題歌賞(部門名の日本語訳としてはオリジナル歌曲賞が適切)はもちろん、楽曲単体がいくら素晴らしくても、それが作品の中に適切に組み込まれているかが重要である。『TENET テネット』の主題歌(挿入歌)が「アンパンマンのマーチ」だとして、「アンパンマンのマーチ」がいくら丁寧に作り込まれた素晴らしい楽曲だとしても、『TENET テネット』に組み込まれる楽曲としては不適切だろう。というわけで、主題歌賞の意義を確認したところで、予想に移りたい。
 まず、「Speak Now」(あの夜、マイアミで)「lo sì(Seen)」(これからの人生」の候補は安泰と見ていいだろう。前者はBFCA、後者はGGAで受賞も果たしている。ここだけの話、僕は『これからの人生』をあまり評価できない。理由は多々あるが、泣かせ要素があからさまなこと以上に、物語の運びが拙い部分が見受けられることが大きい。それでもソフィア・ローレンの魅力で画がもってしまうことが多いから凄いのだけれど、エンディングで流れる「lo sì(Seen)」はそうした作品の疵を言いくるめてしまう迫力がある。あなたが感じた作品の欠点はこれで忘れなさいと言わんばかりの「エモーショナルな」歌だ。作品の批評をする場ではないので、これくらいに。まあ、この楽曲にはあのダイアン・ウォーレンが一枚噛んでいるし、実は当該作は国際長編映画賞のイタリア代表を勝ち取れていないので、作品の支持票がこの部門に集まることも考えられる。予想から外すべきではないだろう。
 「Fight for You」(Judas and the Black Messiah)は作品の勢いが強みだし、「Turntables」(すべてをかけて:民主主義を守る戦い)は会員お気に入りのジャネール・モネイによるパフォーマンスであるから、予想に入れた。案外危ない位置にいるのは「Hear My Voice」(シカゴ7裁判)で、作品パワーが強いのは強みだが、楽曲自体は新鮮味に欠ける印象。及第点の出来、という評価が一番しっくりくる気がする。ちなみに、BFCAでは候補を逃している。以上の3曲は他の楽曲に席を奪われる可能性がある。その最右翼は「My Home Town」(ユーロビジョン歌合戦 ファイア・サーガ物語)か。作品自体の批評は伸びなかったが、作中でこの楽曲がもつ力はかなりのもの。この部門はさほど作品自体の評価には影響されないので、候補の可能性は十二分にある。「Wuhan Flu」(続・ボラット)は…オスカーでこれが歌われるのはあまりにシュール。


長編アニメーション映画賞 Best Animated Feature

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・『ソウルフル・ワールド』
・『ウルフウォーカー』
・『フェイフェイと月の冒険』
・『2分の1の魔法』
・『The Croods: A New Age』

Watch out for: none

 今年のこの部門は予想が比較的簡単だ。面白いのはピクサー作品である『ソウルフル・ワールド』の独走にはならなかった点。そう、アイルランドの歴史や神話を題材にした作品を手がけてきた「カートゥーン・サルーン」から『ウルフウォーカー』が予想以上の強さを見せ、批評家賞を快走したからだ。もちろん、この2作品の候補落ちはありえない。また、前哨戦ではほとんどの批評家賞で前述の2作品に加え、『フェイフェイと月の冒険』『2分の1の魔法』の4作品が揃ってノミネートされた。最重要のPGAでも揃って候補入りしており、この2作品も予想から外すべきではないだろう。残りは1枠。この1枠をめぐって複数の作品が凌ぎを削っている…ということもなく、波乱がなければPGAのノミネーションを反映させ、『The Croods: A New Age』ということになる。もし他の作品が滑り込むのなら、『The Croods: A New Age』の席だが、有力候補はさほどなく、一応『ウィロビー家の子どもたち』を気に留めておくべき程度だろう。


国際長編映画賞 Best International Feature

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・『Another Round』(デンマーク)
・『ラ・ヨローナ 彷徨う女』(グアテマラ)
・『Collective』(ルーマニア)
・『Two of Us』(フランス)
・『Quo vadis, Aida?』(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)

Watch out for: 『Night of the Kings』(コートジボワール)、『そして俺は、ここにいない。』(メキシコ)、『親愛なる同志たちへ』(ロシア)、『皮膚を売った男』(チュニジア)

 この部門フロントランナーである『Another Round』の候補落ちはあり得ないだろう。(ショートリスト中)前哨戦2番手の立ち位置にいた『ラ・ヨローナ 彷徨う女』も予想に入れるべきだろうが、賞レースを追ってきた勘を信じると若干の引っ掛かりを覚えるのも事実。何となく落選しそうな気配がある。候補入りすればグアテマラ初のノミネートとなる。前哨戦3番手の『Collective』はドキュメンタリー。昨年度の「ハニーランド 永遠の谷」のようにこの部門と長編ドキュメンタリー賞のW候補が期待される。依然のような栄華はないとはいえ、やはり信頼感・安心感のあるフランス映画からは『Two of Us』がBFCA・GGAで候補入りし、他のコンテンダーをリードしている。最後の1枠は前評判などから『Quo vadis, Aida?』を選択。他に匂うのは、『Night of the Kings』もしくは『皮膚を売った男』。どちらかがアフリカを代表して候補入りするような気がするのだ。


長編ドキュメンタリー映画賞 Best Documentary Feature

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・『ディック・ジョンソンの死』
・『タイム』
・『Collective』
・『ボーイズ・ステイト』
・『The Truffle Hunters』

Watch out for:『ハンディキャップ・キャンプ:障がい者運動の夜明け』、『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』、『Welcome to Chechnya』、『Gunda』、『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』

 この部門はBFCA、BAFTA、PGA、DGA、CEH(Cinema Eye Honors)、IDA awards(International Documentary Association)の計6賞及び批評家賞の結果を参考にノミネーションを予想した。前哨戦の結果を信じるなら、『タイム』(PGA・CEH・IDA)の落選は現実的ではないか。『タイム』と同等の強さを見せた『ディック・ジョンソンの死』(PGA、CEH、BFCAwin)も5枠に入りそう…なのだが、Lockではない。CEHを制したのはルーマニアのドキュメンタリー映画『Collective』(CEH・IDA・BAFTA)。批評家賞でも強く、国際長編映画賞との相乗効果でノミネーションを勝ち取るのではないか。これと同等の強さだったのが『ボーイズ・ステイト』(CEH・DGA)だ。『The Truffle Hunters』(PGA・DGA・IDA)や『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』(DGA・PGA・BAFTA)、『ハンディキャップ・キャンプ:障がい者運動の夜明け』(IDAwin)、『Gunda』(CEH・IDA)なども候補枠を巡って凌ぎを削っている有力なコンテンダーだ。どの作品が来てもおかしくはない百花繚乱状態。さて、どうなる…?


最後に

 ここまで読んでいただきありがとうございました。心身尽き果てましたが、やっぱり賞レースの追っかけはやめられないなと心底感じました。映画が好きで良かったと感じる瞬間でもあります。ノミネーション発表の夜はきっと一人暮らしの部屋でめちゃくちゃ大きい声で喜んだりショックを受けたりしているヤバイ奴と化しているはずです。応援している作品・監督・役者・クルーが候補入りしてくれることを願い、結びとしたいと思います。


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